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「都へとお戻りいただきたく存じ奉ります」


 ほんの少し前まで濡れ縁のがあった場所に青紅葉の君はぞろりと並ぶ龍や武者らを気にする様子も見せずにすらりと佇んでいる。その黒曜石のような一対の瞳はぞわりと慄くような色を潜めて地に片膝をつく武者に据えられていた。


「要らぬ者なれば、戻る必要もあるまい」


 青紅葉の君の朱唇が、その整った口角が異様な角度に引き連れる。


「相応しからねば要らぬ。死ね−−−と、そなたらが言うたゆえに我は血を流すはならじと都を去ったと言うのに」


 今更なんの面目があって永の歳月存在した迷い家を節度を弁えもせず壊すのだ。この地ははるかに天子の隠れ家であったと言うのに。


 この山は禁足地であると言うのに。


 なぜ、汝等(うぬら)は天子と呼びつつも我の意を無視してこの地を荒らす。


 誰がそれを許したと言うのだ。


 我が許したとでも(うそぶ)きおるか。


 常の静かな青紅葉の君からは想像ができないほどの冷たく辛辣な言葉だった。


 言葉で鞭打つと言う表現を、わたしはこの時、初めて意識したのだ。


 言葉だけではない。


 青紅葉の君をわたしは内心、貧弱で頼りないと思っていた。それは、サンカの男たちが逞しさを男らしさの(よすが)とするためだ。しかし、この時の君は、姿形は変わらぬままに凜然として、まさしく遍くこの世を統べるに足る存在であるのだとわたしは感じ取っていたのである。


 証拠に、名も名乗っていないままの武者は地面に片膝ついたまま首を上げることもできてはいない。それまでのどこか青紅葉の君を侮るような嘲るような雰囲気は凍りついて砕けたかのようだった。


「し、しかしながら………」


 武者である。


 そう。彼は武者であるから、それでもようようのこと顔を上げ口を開いた。


 その時庇うかのように一歩前に出た菊の君が、


「名乗らぬか」


 竹鞭が撓ったかのような声だった。


「我が君に名乗らぬか」


 菊の君の激しい怒りが込められた炎のような言葉に、武者である男は一つ大きく身震いした後一層深く額付き、


「某は、上之章名(うえのあきな)と」


 堂々と名乗ろうとして抑えきれない震えがわたしの耳にまで届いた。


「我が君を(しい)し奉ろうとしておきながら今更どの面下げて帰都をせがむ」


 金茶色の一対が上之を見据える。


「それはっ」


 震えがより一層激しく小刻みになった。


 上之が何を考えているのかわたしにはわからない。ただ、菊の君が青紅葉の君を庇って出てきた刹那、男の瞳には明らかな蔑みの色があらわれていた。あの色は、わたしたち、”サンカ”、”河原者”と、呼ばれる者には見慣れたものであったからちらりと揺らぐ刹那のことであっても、見てとることができてしまったのだ。


「菊。よい。殊更に(わざと)聞くまでのこともない」


 全てを理解しているかのように、青紅葉の君が菊の君の肩に手を置いて囁くように述べられた。


 くつり−−−と、喉を鳴らして小さく嗤う。


「上之と申したか。そなたの主人は我ら(・・)ありよう(・・・・)を知ったのであろう」


 間違いなかろうか。


 わずかに上下に動いた頭を見下ろし、


「怖気たか!」


 懐から蝙蝠扇(かわほり)を取り出して口元を覆い、破裂するかのように笑いだす。


 いつも静かな青紅葉の君のいつにないご様子に、わたしはただ驚き目を瞠るばかりだった。



 

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