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「お前に聞かせるようなことではないのだが」


 場所は厩舎のそばだった。


 多分、今のわたしでは青紅葉の君のお側においてはおけないと思われたからであったろう。


 菊の君が語られたことは、到底信じることができるようなものではなかった。


 そう。


 それを目の当たりにするまでは。


 その日もおふたりの紡ぐ音を耳にしながら庭の雑草を抜いていた。


 陽が中天にさしかかろうとするころだった。


 まるで地震ででもあるかのような揺れを感じたような気がした。何度も何度もつづくそれに、本当に揺れているのだと理解した。


 地面に這いつくばり恐る恐る顔を上げたわたしは、御簾を上げ上空を見上げる菊の君を見た。


 その青ざめた顔色の中険しく寄せられた眉根に、ただならぬことなのだと理解する。


 そうして、菊の君の視線を辿り、信じられないものを見出したのだ。


 なぜそんなものに気づかなかったのか。


 なぜ、この安全な隠れ家の上空にあんなものが。


 うねうねと長い胴体をくねらせる幾頭もの龍。


 黒や茶色のそれは背中にひとを乗せてなにか見えないものに体当たりしては離れてゆく。その繰り返しだった。彼らが何かに体当たりをする時に、ここが揺れるのだと気づいた。


 呆然と、信じられないものを見上げているわたしの耳に、「チッ」とばかりに舌打ちの音が届いたのは、その時だった。


 菊の君の常に穏やかで雅やかなようすとは程遠い下品な行為に、場合ではないというのに気を取られた。


「ここもこれまでか」


 呟けば、くるりと背後を振り返り、


「我が君。白銀に鞍を乗せますれば」


 返事を待つことなく庭へと出ようとする。


「待て、もう遅い」


 匂やかな白い手が闇から突然伸びて空の一点を指し示す。


 当然と向けられた菊の君とわたしの視線の先には、黒い龍によって見えない何かに罅が入ろうとしていた。


 パリンとその場に相応しからぬ乾いた軽い音がしたと思えば、ここを守ってきた何かが身をよじり悲鳴をあげた。そんな衝撃が襲いかかってきた。


 その次の瞬間にはすっと音もなく蝋燭が吹き消されたかのように視界が黒に閉ざされた。


 ざわざわとした肌が粒立つような不快な雰囲気が周囲に満ちる。


 崩壊したのだ。


 今までの穏やかな日々は壊れてしまったのだ−−−と。


 胸の中に虚しさや悲しみがこみ上げてくる。それは当然これからどうなるのかという不安を伴っていて、わたしは黒い闇の中ただ伏したままでいた。


 やがて視界は元に戻ったものの、目の前に姿を見せたものを見て、わたしはわたしの不安が現実になったのだったとただ声もなく涙をながしていた。




 そう。




 これまでここにあったものは、何もかもが姿を消していたのだ。


 赤い屋根の館も、四季折々の花々も。


 池も流れも、厩舎さえ。


 白い龍が青紅葉の君と菊の君を背に乗せようと健気に飛んでこようとしている。しかし、茶色の龍どもがそれを阻む。


 黒い龍が空から急降下し、滑り降りるようにして地面に降り立ったのは鎧兜を身につけた武者だった。


「このようなところにお隠れであられましたか。天子(みかど)さま」


 片膝を地に突き首を垂れる。しかし声から畏れは伺えなかった。


 わたしはただそれをびっくりして震えて見ているだけだ。


 だって。


 だってそうだろう?


 これまで一緒の部屋で食事を摂ったりしたひとが、まさか本当の本当に天子さまだったなんて。


 遠い都での政変の話。


 ならば。


 あの重狂おしかった菊の君さまの説明は真実であったのだと。


 遅ればせながら心に落ちてくる。


「天子? そのようなもの、ここにはおらぬ」


 青紅葉の君の静かな声が、武者に返された。


「そう。其方らがあの者とともに我を相応しからぬと殺そうとしたであろう。菊がおらねば、我は疾うに亡きものであったろうよ」



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