フリージアの似合う少女
ルディリアは気絶寸前だったが、仲の良さそうに話しているオシリスとカンヘルが目に入り、独り言のように呟く。
「姉弟で仲がいいんだ、珍しい⋯⋯」
「いや、まぁ、仲は良いが、実際は仲がいいっていうより共依存なんだよな〜あれ」
ルディリアが一人ボソッと呟いた言葉に反応したのはフェンリルだ。気づかないうちに隣に立っていたフェンリルにびっくりし若干飛び跳ねたルディリアを見て、フェンリルは一歩近づきフッと笑みを零した。
「そんなびっくりするか?安心しろ、取って食いはしねーよ」
(あ、この人こんな笑い方するんだ⋯⋯)
やんちゃそうな見た目に反し、柔らかい笑い方をするフェンリルに、少しだけ警戒度が下がった。
そんなフェンリルとルディリアの会話を横で聞いていたフィリエルは、腕を組み口元を触った後、口を開いた。
「フェンリル、ルディリアに近ずきすぎよ。離れなさい」
「⋯⋯へいへい。てか、先輩には敬語使えよな!」
ルディリアから離れ少々不貞腐れていると、フィリエルと目が合う。フィリエルは鋭い眼差しでフェンリルをジッと見た後ほんの少し、顔を顰めた。その後フィリエルは視線をルディリアへと移す。
ほんの数秒の出来事だったが、フェンリルはフィリエルの行動に対して思考を巡らしていた。
(腕組み 口元を触る ジッと見つめた後、顔を顰める⋯⋯人間が不機嫌な際にする仕草だな。口調もいつもより少々荒い。編入生を見るこいつの目は、オシリス会長を見つめてるカンヘルの目に似ている⋯⋯独占欲、ってところか。それを踏まえて考えると、不機嫌になった原因は俺が編入生に近づいたから⋯⋯?いや、それだけじゃないな。俺が笑った時、編入生の強ばった顔がほんの少しだけ緩んだ、となると不機嫌になった大きな原因は多分これだな。皆揃いも揃って誰かに依存しちゃって⋯⋯依存なんてすればするほど辛くなるはずなのにな。)
* * *
ハルモニア学園は様々な種族の子らが通うだけあって、校舎も寮も立派であった。
かつてルディリアは魔道士教育科の最高峰アルテミスに通っていたことがある。アルテミスの校舎も、街外れの小屋に住んでいるルディリアの目から見れば立派な物であったが、ハルモニア学園はそれ以上であった。
生徒に与えられる部屋は基本二人一部屋であり、成績優秀な者、テミスの会員には一人部屋が与えられている。加えて、同室の種族が天敵だった場合も特別に一人部屋が与えられる。
例えば、兎の獣人と狼の獣人が同室になってしまった場合。狼は兎の天敵なので、両者共に一人部屋が与えられるという訳だ。
当然ルディリアは人間で天敵も居ないため二人部屋があてがわれることになっており、これにルディリアは顔を真っ青にしながら、アルマロスに「無理ですぅ⋯⋯死んじゃう⋯⋯」とすがりついたが「任務ですので文句言わないでください」と一蹴りされた。
誰かと同じ部屋で暮らすなんて絶対嫌だったが、これ以上駄々を捏ねてどうにかなるとも思えなかったし、何よりアルマロスに軽蔑される想像をしてしまい、結局は絶望の表情で一人部屋を諦めたのだ。
今日は休日で本来なら学園に生徒は居ないはずだが、テミスの会員とルディリアと同室の生徒のみ学園へ出向いてくれている。
(ただでさえ迷惑かけてるんだし、せめて聞き取れる声量で、話さないと⋯⋯)
そう思いながら自室を探し歩いていると、前方で声が聞こえた。
「おーい、編入生さーん⋯⋯!」
「ピョッ!!⋯は、はい!」
ルディリアに声をかけたのは綺麗な若緑色の髪をした可憐な女の子であった。おそらくはルディリアと同室の子だろう。ルディリアは小走りでその女の子の所へ行くとハキハキ、とは違うが吃らないよう意識して自己紹介をする。
「ルディリア・ルーカス、です⋯⋯!今日はわざわざありがとうございます、!」
「ルディリアちゃんやね〜、合ってて良かったわぁ。うちはヒスイ・ヴェーエル、これからよろしくなぁ」
ルディリアがお辞儀をすればヒスイは微笑み、お辞儀を返してくれた。
「あっ、ちゃん付けで呼んでしもたけど良かったやろか⋯⋯?」
ヒスイは眉を下げながらそう言う。
「だっ、大丈夫、です⋯⋯!ヒスイちゃんって呼んでも、いいっ、ですか⋯⋯」
ルディリアがそう言えば、ヒスイは嬉しそうにしながら話を続ける。
「もちろん大歓迎やで⋯⋯!ふふっ、久しぶりに人と話したって感じするわぁ。あっ、とりあえず部屋入ろか!紹介するわ、!」
「あ、ありがとう⋯⋯!」
なんてほわほわした空気感だろうか。ルディリアはココ最近で一番の心の落ち着きを感じていた。
* * *
現在、白と黒を基調としたハルモニア学園の制服を身につけたルディリアは、昨日のほわほわした雰囲気とは打って変わり、緊張で声は震え、目を泳がせ、指を合わせながら心臓を素早く鼓動させていた。
ルディリアがこのようになってしまった原因はただ1つ。
「こちら、編入生のルディリア・ルーカス嬢だ」
そう、教壇の前に立たされ自己紹介をするよう催促されているからである。
「ルディリア嬢、挨拶を」
その言葉にルディリアは体をビクッと震わせ、合わせていた手を祈るようにギュッと握り直す。
(何か言わなきゃ何か言わなきゃ何か言わなきゃ───!)
自分の名前に「よろしくお願いします」などど一言添えてお辞儀をすればいいだけだと分かっている。
分かってはいるが、どうにも大勢の視線が自分に向いているこの状況下では、声を発するどころか視線を上げることすら出来ず、ルディリアは黙って手を握る力を強めるしかなかった。
「⋯⋯もう結構。座りなさい。あなたの席は彼女の隣です」
若手の男性教師は若干呆れたようにため息をつき、ルディリアに着席を促した。
ルディリアは視線をあげることも返事をすることもないまま、彼女の隣───ヒスイの隣へと向かう。ヒスイが心配そうな目で見ていた気がしたが、確認することもなくルディリアは俯いたまま、始まった授業を聞いていた。
* * *
「なぁ、ルディリアちゃん」
授業終了のチャイムと同時に話しかけてきたのは、心配そうな顔をしたヒスイだ。
ルディリアは、先程の教師の呆れたような声を未だ恐れているのか、口元をきゅと縛り、手は力強く握られていた。
「⋯⋯ルディリアちゃん大丈夫?教室入ってきた時からずっと顔色悪いで?」
自分の声が届いていないかのように微動だにしないルディリアを見て、ヒスイは徐にルディリアの手に自身の手を重ねる。
するとルディリアは驚いて口を開く。
「どっ、!⋯⋯どうしたん、ですか⋯⋯?」
「急に触れてごめんなぁ、うちがいくら声かけても反応せえへんから心配になってしもて⋯⋯ルディリアちゃんは、人と話すの怖い?」
ヒスイがルディリアを怖がらせないよう、眉を下げて優しい口調で話せば、そんなヒスイへ答えるようにルディリアは小さく頷いた後、頑張って声を発する。
「⋯⋯色んな人の前、だとっ、怖くて⋯⋯!声が⋯出なくて⋯⋯」
一通り話が終わったかと思うと、ルディリアは急に謝り始めた。
「嫌でしたよね、こんな話⋯⋯ごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい」
そんなルディリアの言葉を聞いたヒスイは、どこか悲しそうな、けれども優しい口調でルディリアに話しかける。
「嫌でもないし、迷惑ともちゃうよ。⋯⋯うち、実は入学式の次の日くらいに、同室の子に襲われかけてな、それから誰かと関わるのが怖くなってん。⋯⋯やから、編入生と同室になるって学園長から聞かされた時、ほんまは嫌やった。けど⋯⋯ルディリアちゃんを見た時に、この子はきっといい子やって思ったんよ。」
そう言いながらヒスイはルディリアと目を合わせる。
「えっと、つまりな⋯⋯ルディリアちゃんはうちに人と話す楽しさを思い出させてくれた、大魔法使いなんよ…!やから、あんま自分を責めんといて、?ルディリアちゃんのお陰で、喜んどる人はここにおる」
「⋯⋯結局なにが言いたいんか分からんなってしもたわぁ、」とヒスイは恥ずかしそうに頬をかいた後、笑顔でもう一度口を開く。
「昨日出会ったばっかりやし、ルディリアちゃんが良かったら、うちはこれからももっと仲良く話したいわぁ」
その言葉に嘘偽りはなく、ルディリアはヒスイの目をジッと見ながら「私も⋯⋯!」と暗い表情ではなく笑顔で返していた。




