月の名を持つ者
十五になる少女は、よくいじめられた。
原因は大層な名である。
「朧月 神流」
おぼろづき かんな。
神社の娘ではないし、実家が由緒ある名家、というわけでもない。けれど本人はその名を自覚した頃から名前負けと自分で悟っていた。
いじめっ子からは悪意を持って「神さま」と呼ばれそれを聞いた周りも便乗して「お月さま」と呼んだ。
「お月さま、いつ月に帰るの〜?」
「ねえ、神さまならお願い叶えてよ〜」
きゃははは、と子供特有の高い声は微笑ましさなど皆無であった。
月には帰らないし、わたしは人間だよ。
本来ならひねくれ者まっしぐらな環境も、少女が素直な性格でいれたのはひとえに母親のおかげともとれる。
少女の母は、とても優しかった。優しく、笑顔を絶やさず、少女と接してくれた。
悪いことをすれば叱ってくれ、良いことをすれば全力で褒める。子供にとってなんと素晴らしいことか。
「お母さん、みんなにお月さまとか神さまとかからかわれるの」
思い切ってそう悩みを打ち明けたとき、少女の母は言った。
「お母さんは神流を天使だと思っているわ」と。
斜め上の返事に数秒固まったのは仕方ない。
「神社で神さまにお願いごとするでしょう?でもそれって神さまが直接叶えてくれるんじゃないの、気持ちの問題なのよ。願いごとをしたから叶うんじゃなく、願いごとをした上で頑張るから叶うのよ。何もしないで叶えようなんて、恥知らずもいいとこだわ。そういう子の言うことなんか気にしちゃダメ。月にだって帰すものですか。神流はお母さんのところにきてくれた天使なの。幸せを運んできてくれた天使なのに、なぜ月なんかに帰さないといけないの。その子に言ってやりなさい、私はお母さんに幸せを届ける天使だから、月には行きませんって。きっと度肝を抜くわよ」
いじめっ子達の存在をまるごと忘れてしまう程には、母の存在は偉大であった。
少女の家は、母子家庭であった。
父は、少女が幼いうちにその生涯を終えてしまい、母は少女を文字通り女手一つで育てた。
母が金銭面においても苦労したのを知っているから、本来なら子供らしく駄々をこねる年齢であっても、そういう意味で少女は非常に大人であった。
だから同世代の子たちから「違う」存在の彼女はいじめの対象に選ばれてしまった。
けれど、それ自体彼女にはどうということもなかった。
なにせ彼女の世界は「母」だから。それ以外には興味がないとも言える。




