1.遭難
数時間前、ここには大きな豪華客船が航路を旅していた。少女と母親もその中に含まれる。
満月の輝く夜である。
二人はとあるキャンペーンで豪華客船のペアチケットが当たったので休日を取って旅行に来ていた。
生まれて初めての豪華客船。プールに飲食店、映画館、スポーツジム。クルージングの醍醐味とも言える代表的なアクティビティがこれでもかと詰め込まれた夢のような空間。
二人は、数ヶ月前からワクワクドキドキして、宿泊中に着るお洋服を悩んではキャリーケースに詰め込んで、いっぱいめかしこむ為にアクセサリーで悩み、たっぷり楽しむ為にたくさん貯金した。
全てはこの数日の為だ。
それが、ものの数時間で全て無くなった。
かろうじて生還した母も体力の限界を感じ、「神流は、生き延びてね」そう言って、しがみ付いていた木材から手を離した。
少女は咄嗟に手を伸ばしたが、沈む方が速くあっという間に母の姿が見えなくなる。
助けを呼ぼうにもここは大海原のど真ん中。そして周囲には船の残骸である木片だらけ。少女のようにかろうじて生きながらえた乗客も見当たらない。
少女は、広大な海の中、たった一人になってしまった。
いくら若いと言えど数時間しがみ付いていれば体力は底をつく。朦朧とする中、少女もとうとう生存を諦めてしまう。
「……お…かーさん……いま、いくね…」
か細い声を残し、少女は手を離した。
とぷん、と体がどんどん海中に沈んでいく。
口から空気がコポコポと抜けていく。
死ぬのは怖いけれど。
その瞬間は苦しいはずだけれど。
きっと肺の中の酸素を全て吐き出したら、母と同じところにいけるのだと。
そう思えば少女の心はとても軽く感じた。
(お母さん…。一人で生きれなくて、ごめんね……)
段々と息が苦しくなるのを感じて、少女は命の終わりを自覚し始める。
もうすぐだと、目を閉じて。
ふと、気付くと。
少女は海中で呼吸が出来ていた。
苦しくないのだ。
(なんで、息出来るの…?)
少女の疑問はただただそれだけだ。
そして同時に、少女の体は引力で引かれるようにどんどん海中を進んでいく。
まるで、海底に重力が存在しているみたいに。
どのくらい、沈んだのかは分からない。もう何時間進み続けているのか。
光はとうの昔に途絶えているので今海底何メートルなのかも不明だ。
だが、唯一分かることは。
この先の「何か」に少女が招かれている。もしくは。
“呼ばれている”ということだ。
それが理解出来たので、少女も身を任せることにした。
もしかしたら、先に母が行っているかもしれないと淡い期待を寄せて。




