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ローザは緊張をほぐす為に鉄製の扉の前で何度か息を吸い込んだ。
この扉の中の部屋にアンブローが居る。
レオナルドに抱えられたままのローザは何度か息を吸い込むと、レオナルドに目配せをした。
「行きましょう」
ローザが言うとレオナルドは頷いてドアの前で見張りをしている騎士に合図を送る。
騎士は頷くと鉄製の扉を開けた。
コンラートが居た部屋と同じ造りの狭い部屋は木製の机と椅子が置かれているだけだ。
椅子の背に寄りかかったままアンブローは視線だけをレオナルドに向ける。
「やぁ、元気そうだね二人とも」
「お前もな……」
顔を顰めながらレオナルドが言うとアンブローは苦笑する。
「元気に見える?レオナルドに剣で刺されたんだから。それも何か所も!処置をしてもらったけれど、痛くて早く休みたいよ」
無駄口を叩く元気はあるのかとローザは緊張しながらアンブローを見つめた。
確かに足と肩に包帯を巻いていて、動く元気は無さそうだ。
ぐったりと椅子に寄りかかっている。
「レオナルドは僕を見ると吐き気がするんだっけ?どう?今の調子は」
不敵な笑みを浮かべているアンブローの椅子をレオナルドは蹴り飛ばした。
大きな音と共に、アンブローが床に転がる。
「レオナルド様!今はダメです!」
騎士達が慌ててレオナルドの前に立ってこれ以上暴力を加えないように静止をする。
アンブローは不敵な笑みを浮かべたまま、騎士に抱えられて椅子に座らせられた。
「で、何の用かな?」
レオナルドがローザを連れてやってくることは予想外だったというようにアンブローは眉を上げる。
「私と少しお話をしてください」
緊張しながらローザが言うと、アンブローは大げさに目を見開いて驚いた様子を見せる。
「ローザ嬢と?怪我させたことを謝ってほしいとか?」
「違います。ヘレンさんがどこに居るか教えてください」
ローザが言うと、アンブローはとぼけた声を出す。
「知らないよ。ほら、部屋に死んでいた女がいるじゃないあの子でしょ」
「あれは別人でした」
ローザが言うとアンブローはにやりと笑った。
「そうなんだ」
話にならないとレオナルドはもう一度椅子を蹴ろうとするが、騎士が慌てて止めに入る。
後ろに立っていた隊長が呆れたように腕を組んだままアンブローを睨みつけた。
「何を聞いてもこんな調子だ。それでもやってみるか?」
「やります。準備をお願いします」
ローザが頷くと、後ろに控えてた騎士が机の上に城の地図を置いた。
地図には均等に線が格子状に引かれている。
アンブローと机を挟んでおかれた椅子にローザを座らせるとすぐ横に立った。
母親を殺したアンブローを直接見ているレオナルドは明らかに体調が悪そうだ。
ローザは気持ちを切り替えてアンブローを見つめた。
「ゲームをしましょう」
「はぁ?」
さすがのアンブローもローザの言葉が以外だったようで、とぼけた声を出す。
「ヘレンさんがどこに居るか知りたいので、いる場所に〇印を付けてください」
「僕は知らないよ。ヘレン嬢が居る場所なんて」
肩をすくめるアンブローにローザは頷いた。
「わかりました。では、ヘレンさんが居る場所がどこか知りたいので四角く囲っている枠にバツ印を付けて行ってください」
腕の拘束を解かれたアンブローは刺された肩を庇いながらペンを手に取った。
両脇と後ろに騎士が立ち、少しでも異様な行動をしたら拘束できるように待機している。
「何の遊びか知らないけれど、面白そうだから乗ってあげるよ」
アンブローはそう言うと城の敷地の地図に引かれたマス目にバツ印を付けて行く。
ドキドキする胸を押さえながらローザはじっと引かれた×印を眺めた。
(大丈夫。わかるわ。アンブローが引いた×のところにはヘレンさんは居ない)
署名された字を見た時と同じように、アンブローが付けた印の場所にヘレンが居ないことがわかる。
大きな地図は城の裏庭から始まり、中心に城が描かれている。
また庭を挟んで倉庫や寮が点在している。
地図の半分まで印をつけ終わり、城の端へ来たところでローザは声を上げた。
「ここだわ!ヘレンさんが居るところ」
アンブローがバツ印を引いたところは明らかに嘘だとローザには判った。
書かれた記号から嘘がわかるのだ。
ローザが声を上げると、アンブローは声を上げて笑った。
「君すごいねー。超能力?」
思わず声を上げたアンブローに部屋の中に居た騎士達が驚きの目でローザを見つめる。
「おい、さっさとこの場所を調べろ」
隊長が命令をすると、控えていた騎士が慌てて部屋を飛び出していく。
その後ろをロベールも走って追いかけていく。
「たしかにこの部屋の辺は今閉鎖されているアンリトス様の生前使っていた部屋だ。誰も立ち寄らない」
隊長が言うと、レオナルドは拳を振り上げアンブローを殴り飛ばした。
「母の部屋へ勝手に入るな」
もう一度殴りそうなレオナルドを騎士達が後ろから羽交い絞めにする。
殴り飛ばされたアンブローはヘラヘラと笑いながらレオナルドを見上げた。
「レオナルドが怒ると思ってさ。勝手に大好きな母親の部屋を使ったら。大正解だったね。大切な思い出を壊すのは楽しいよ。僕はレオナルドが大好きだから、苦痛に歪んだ顔を何度も見たいんだ」
笑いながら言うアンブローにレオナルドは怒りながら怒鳴りつけた。
「貴様、殺してやる!」
「俺を殺すのか?そうするとレオナルドも犯罪者になるぞ」
揶揄うように言われて怒りを抑えられないレオナルドは殴りかかろうとするが騎士に抑えられてできない。
「レオナルド様!」
興奮しているレオナルドにローザは声をかけた。
「帰りましよう。もうここには用事が無いです」
今にも泣きだしそうなローザの声にレオナルドは大きく息を吐くと力を緩めた。
「俺はお前を絶対に許さない」
吐き捨ているように言うとレオナルドはローザを抱え上げた。
辛そうな顔をしているレオナルドの頬をローザはそっと撫でる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫なものか」
レオナルドはそう言うと、隊長を振り返った。
「後は頼む」
「了解しております」
敬礼をする隊長に頷いてレオナルドはローザを抱えて尋問室をあとにした。




