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第2話 本格ディナーとサンタクロース


 カウンターでのディナー提供が決まってから、3人はその組み立てをどうするか、テーブルセッティングはどうするか、など、主に張り切る夏樹がああだこうだ言い始めて、後の2人はそれに真摯に答えたり茶化したり。

 とりあえず、面白いことが好きな冬里ばかりでなく、今回はシュウもとても気分が乗っているようだった。

「新しいことに挑戦するのは、勉強になるから」

 と、どこまでも真面目なシュウらしく、今後の糧になればと思っているようだ。


 ここで、こういう事態に必ずと言って良いほど「ずるい、私も混ぜて!」と出てくるオーナーが、今回はやけにおとなしいのが気になるところだ。

 いつものように、うっかり椿に口を滑らせた夏樹から、今回のことが由利香の耳に入っているのは確実なのだが、なぜかその後も音沙汰なしだ。とは言え、別に隠し立てするつもりはないのだが。

「どうしたんすかね由利香さん。まさか当日になっていきなり現れるとか。後で恨んで出てくるとか」

「幽霊じゃないんだから化けて出てくるってことはないでしょ。由利香の性格上、どっちかって言うと、奇襲をかける方かな?」

「やっぱりそうっすか! あーどうしよう」

 そんな心配を夏樹がしていたその日、秋渡夫妻が実家にやってきた。


「あれ? 噂をすれば影、だね」

「なによ! どうせろくでもない噂してたんでしょ」

「まあまあ」

 冬里と由利香が、お互いの顔を見た途端に始まるやり取りをなだめに入る椿。そこへいつもの元気はどこへやら、思い詰めたような顔の夏樹が口を開いた。

「……あの、由利香さん」

「どうしたの夏樹、青い顔して。なんか悪い物でも食べたの?」

「違うよ、由利香のせいだよ」

「私の?」

「そ」

 訳がわからない由利香が夏樹を問い詰めると。

「カウンターディナーのこと、椿に聞いて知ってますよね」

「え? ええ、まあ……」

 言いよどむ由利香に夏樹は確信した! 

 由利香は奇襲作戦を決行するつもりだ!

「だめっすよ由利香さん! 当日、私にもディナーを出せ! とか言って邪魔しに来ちゃ!」

「はあ?」

「だって由利香さんがこんな話を聞いて、何も言ってこないのは変じゃないっすか。それとも後で恨んで出てくるつもりっすか?」

「なにそれ。あんたねえ、私をなんだと思ってるの」

「由利香さんです」

 夏樹の、あまりにも素直な答えに、がっくりと肩を落とした由利香だったが、そこは立ち直りの早い彼女のこと、おもむろに顔をつん! と上げて話し始める。

「あのねえ。私は仮にもオーナーよ。そのオーナーたるもの、あんたたちの仕事の邪魔するわけがないでしょ?」

「あ……」

「ねえ、よーく思い出してみて。今まで私がお店にのこのこやってきて、仕事の邪魔したこと、ある?」

 言われてみれば、由利香が彼らのところへお邪魔しにくるのは、決まって2階リビングだ。仕事中にあーだこーだ言ってきたことは一度もない。

「あの、……すんません! 俺、由利香さんのこと誤解してたみたいっす」

 そこは素直な夏樹のこと。自分の過ちに気がつくなりすぐにこうやって謝るのが彼の良いところだ。

「うぬ、わかればよろしい。……あーでもね、本音は奇襲したい気分なのよお。カウンターでディナーってちょっと素敵な感じだし、どんなになるのか興味もあるし」

 その言葉を聞いて、今まで黙っていたシュウが由利香に言った。

「由利香さん。私は今まで何度か由利香さんにカウンターディナーをお出ししたことがありますよ」

「ええっ?」

「本当っすか? ずるいっすよー、由利香さん、シュウさん」

「そうなの? そんな話聞いたことないけど」

 すね始める夏樹と、少しばかり驚く椿に、由利香は訳がわからないように言い出す。

「知らないわよ! 鞍馬くん、いい加減なこと言わないで!」

「本当のことですよ。残業されて遅い時間に、いつも腹ぺこでいらっしゃいますから」

「あ! 」

 由利香は何かに気づいたようだ。

「あれは、残業でヘトヘトになって、夕飯作る気力もなく帰ってきたときに、たまたま鞍馬くんがまだお店に残ってたからでしょ! それにあれはディナーじゃなくて、まかないよ、まかない」

「けど、タダ飯だよねー」

 冬里の一撃に、うぐ、と、詰まる由利香。確かにタダ飯だが、それにしてもあれがデイナーとは言わせないわよ、と反論すべく息を吸い込んだところで。

「へえー、いいなあ由利香、そんなことしてたんだ」

 椿のダメ押しの一言に、またグッと詰まる。

「ううー、だからそれは結婚前よ」

「この間、椿くんが出張されていたときにも、無料ディナーをご利用なさいましたが」

「もう! わかったわよ! はいはい、私は鞍馬くんのカウンターディナーを頂いたことが、ありまーす」

 少しやけくそ気味に言う由利香が、また違う方向のため息をつく。


「でも、……考えてみれば『はるぶすと』のきちんとしたクリスマスディナー、食べたことないわよね。カウンター云々はともかく、私も食べたかったなあ今回のディナー」

「それなら次のお休みに作りますよ」

 勢い込んで言う夏樹に、チッチッと人差し指を振りながら言う由利香。

「ノンノン! クリスマスディナーはクリスマスに食べてこそクリスマスディナーなのよ。他の日じゃそれはクリスマスディナーではないの」

「変な理屈っすね。内容は変わりませんよ」

「雰囲気よ、雰囲気」

 いかにも女性らしい(由利香らしい?)言い方に、肩をすくめつつ夏樹が椿と目を見交わしていると、

シャンシャン…シャンシャン…

 涼やかな鈴の音とともに、

「ホーッホッホッホ」

 と、どこかで聞いたような笑い声が聞こえてきた。

「え?」

 驚く由利香や椿の脳内に、なんとも優しげな声が聞こえる。

「それなら私に任せてくれれば、良いのではないかね」

「え? 誰? また神さま?」

「OH、違うよ、サンディだよ~」

「サンディ?」

 訳がわからずキョロキョロと周りに目をやると、夏樹が嬉しそうにその呼びかけに答えている。

「サンディ! 今年はうちで休憩してくれるんすよね?」

「もちろん、そのつもりさ」

「ねえ、サンディって、誰?」

 業を煮やした由利香が、誰彼かまわず聞くと、冬里が面白そうに答える。

「ん? サンディって言うのはね」

「サンデイって言うのは?」

「サンタクロースだよ」

………

 しばしの沈黙のあと、由利香の叫びがリビングに轟いたのだった。

「サンタクロースですってぇーーー?!」



「まだイヴじゃないから、そっちへは行けないけど、君はクリスマスディナーを食べたいんだよね。それはイヴでなくても良いのかい?」

 これは彼らの脳内に話しかけるサンディの声。今は由利香に語りかけているようだ。

 はじめは、「なんで? お友達なのあんたたち。サンタさんよサンタさん!」と騒いでいた由利香だが、ようやく落ち着きを取り戻したところだ。

「ええ、だってイヴは貴方がここに来るんでしょ? いくら何でもそんな日に本格ディナー作れって言わないわ」

「ほほう、聞いた話と違って、なかなか常識的じゃないかね。ホーッホッホッホ」

 聞いた話? 誰から聞いたのかは大体わかるけど、と由利香が不思議系の彼を睨んでいると、サンディがある提案を持ちかけてきた。

「それなら、私は帰りを一日遅らせることにしよう。でね、彼らには手をかけさせるけれど、ふたつ余分にディナーを作ってもらって、私が君たちの家に、宅配してあげよう」

「た、宅配っすか?」

「サンタクロースに宅配頼むの?」

 驚いて言う夏樹と、さすがの由利香もこれにはびっくり。

 するとサンディは不思議そうな声で2人に答える。

「なにかおかしいかね? ケータリングはサンタクロースの得意技だよ」

「それはそうだけど、でも、なぜそこまでしてくださるの?」

 これはもっともな疑問だろう。由利香が聞くとサンディは楽しそうに答える。

「OH! 君とそして椿のためだよ。椿とは少なからぬ縁があるからね」

「椿、貴方サンタクロースの知り合いだったの?」

「いやまさか、俺にも訳がわからないよ」

 慌てて言う椿。けれど彼にも訳がわからなくてあたりまえだ。

 まだ椿と由利香が付き合いもしていない頃、初めて2人で行ったフェアリーワールド。

 そこで緊張しながらも頑張る椿に、サンタクロースが落としたささやかなプレゼント。由利香のこころをほんの少し後押ししてくれたのだ。

 そのときに日本を担当していたのが、サンディだ。

「椿は頑張り屋さんで真摯だからね。真面目に生きている者は誰でも応援したくなるんだよ、ホーッホッホッホ」


 すると、今まで面白そうにやり取りを聞いていた冬里が、ここで口を挟んできた。

「良いんじゃない? サンタクロースが請け負うんだからお願いすれば? けどサンディ、だったらイヴはうちで泊まるの?」

「え、そうなんすか? いやったあ! サンデイ、歓迎しますよ」

 休憩だけでなく、お泊まりまでしてくれると聞いて夏樹は絶好調だ。

「OH~夏樹~、ごめんねえ、実はお泊まりするって言ったそばから、日本の神さま方がうちへ来い、うちへ来いって、引く手あまたなんだよお~」

「へ?」

 突き上げていた右手もそのままに、夏樹がぽかんとする。

「でね、あんまり遠いと移動が大変だし、どうしようかなあって思ってたら、とっても魅力的なお誘いが来てね。だから、君たちの町の神社にお世話になることに決めたんだ」

「俺たちの町の神社って言ったら……」

「★神社ですね」

 シュウが答えたのを聞いて、また嬉しそうに笑うサンディ。

「ホーッホッホッホ、《あまてらすおおみのかみ》に会うのも久しぶりだよ、楽しみだねえ」

 ★神社はサンディが言ったとおり、《あまてらす》が預かっている神社の一つだ。

 さすがに《あまてらす》が名乗りを上げたとあっては、他の神々は遠慮なさるだろう。


 その話に、由利香がぽつりとつぶやく。

「サンタクロースが神社に泊まるなんて、聞いたこともないわ……」

「俺もだよ」

 すると、冬里がくるくると指を回しながら言う。

「本当のことはね、あまり信じられないようにできてるんだよ」

 そして綺麗に2人にウインクして見せたのだった。


 なんと、またまた前代未聞。

 今年は、サンタクロースが神社にお泊まりするようです。





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