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継母は二十年、私を「荷物」と呼びました。遺言状にも、そう書いてありました

作者: _mon_mon_
掲載日:2026/10/03

継母は私を、名前で呼ばなかった。


「ミルカ」


それが、あの人が私を呼ぶときの言葉だった。


ミルカ、起きなさい。ミルカ、食べなさい。ミルカ、早く。


北の国から嫁いできた人で、こちらの言葉はいつまでも下手だった。口数は少なく、笑わず、いつもかまどの前で背中を向けていた。


八つのとき、私は学校の先生に頼んで、北の言葉の辞書を見せてもらった。


ミルカ。


――荷。運ぶもの。


その日から私は、あの人に返事をするのをやめた。


父が川で死んだのは、その翌年だ。


血のつながらない子どもを、あの人は放り出さなかった。かわりに、それまでどおり「荷物」と呼び続けた。


十六で私は家を出た。


町で写字の仕事を見つけ、十年、一度も帰らなかった。


帰ったのは、葬式のためだ。


   ◇


「では、遺言状を読み上げます」


村の集会所で、公証人が眼鏡を押し上げた。


継母の遺言は、北の言葉で書かれていた。あの人は最後まで、こちらの文字を覚えなかったらしい。


公証人の隣には、県庁から来た通訳が座っていた。都仕込みの、きれいな北の言葉を話す若い男だ。


「原文は一行だけです。訳を読みます」


通訳は咳払いをした。


「『家と畑とかまどは、わたしの荷物に』」


集会所がざわついた。


「荷物に、とは」


「故人の所持品に含める、という意味でしょう」と通訳は言った。「家も畑も身の回りの品と同じ扱いにせよ、と」


公証人は頷いた。


「相続人の名がありません。異国の方が名指しなく亡くなった場合、遺品は法の定めにより、嫁ぎ先の家長へ渡ります」


家も畑も、父が死んだあと借金のかたに取られかけたのを、あの人が機を織って買い戻したものだ。あの人の持ち物で、私のものではない。


そして父が死んでからの家長は、父の弟のドルフ叔父だった。


叔父は、いちばん前の席で膝を叩いた。


父が死んだとき、麦の一袋も寄こさなかった人だ。


「まあ、そうなるわな。よそ者の女に身寄りはねえし、そっちの娘は血がつながっとらん」


叔父は私を振り返って、気の毒そうな顔を作ってみせた。


「エマ、お前も悪く思うなよ。法だ」


「思いません」


本当に、思わなかった。


荷物に、家は要らない。


あの人は最後まで、私の名前を書かなかった。それだけのことだ。


「異議がなければ、七日後に名義を移します。それまでに家の片付けを」


公証人が帳面を閉じた。


   ◇


十年ぶりの家は、かまどの匂いがした。


片付けは私がやることになった。叔父は「金目のものだけ分けておけ」と言って帰っていった。


金目のものなど、何もなかった。


嫁入りのときに持ってきたという木箱が一つ。中は空だ。あれは、私が七つの冬に空になった。


隣の家から火が出た夜のことだ。


父は川に出ていて留守だった。あの人は寝ていた私を毛布ごと抱えて、裸足で雪の中へ飛び出した。木箱も、銀の匙も、何ひとつ持たずに。


「ミルカ、ミルカ」


と、耳元で繰り返しながら。


火は隣で止まったけれど、開け放した戸口から泥棒が入って、木箱の中身は消えていた。


私はそれを、長いこと、こう覚えていた。


荷物みたいに抱えられて、荷物、荷物と呼ばれた夜、と。


かまどの上の棚に、帳面が一冊あった。


家計簿だと思って開いた。


違った。


こちらの文字だった。


子どもが書いたような、ひどく下手な字で、同じ文が何度も何度も書いてあった。


『おかえり』

『おかえり』

『おかえりなさい』


横に、北の文字で小さく書き込みがある。読み方の覚え書きらしい。


次の頁。


『さむくないか』

『さむく、ないか』


次の頁。


『きょう、がっこうは、どうだった』


これは二十回書いてあった。


二十回書いて、あの人は一度もそれを言わなかった。


言わなかったのではない。


私は帳面を持ったまま、土間に座り込んだ。


思い出したからだ。


六つの秋。あの人が嫁いできて間もないころ。あの人は門口で、帰ってきた私に言ったのだ。


「イェマ、おかえり」


エマ、と言えなかった。北の人の舌では、どうしてもそうなるらしい。


一緒にいた子どもたちが、腹を抱えて笑った。


イェマ、イェマ。お前のかあちゃん、変な言葉。


次の日から、私は学校で「イェマ」と呼ばれた。


泣いて帰って、私はあの人に言った。


――もう、しゃべらないで。


あの人は、それを守ったのだ。


二十年。


   ◇


「おい、ユーリャさんはいるかい。塩を持ってきたよ」


戸口で声がして、私は顔を上げた。


背負い箱を担いだ、ひげの男が立っていた。


毎年秋になると北から来る塩売りだ。子どものころから知っている。継母が、こちらで唯一、故郷の言葉で話していた相手だった。


「……死にました。五日前に」


塩売りのグリゴは、背負い箱を下ろして、長いこと黙っていた。


それから土間に上がって、かまどに向かって北の言葉で何か言った。祈りだと思う。


「あんた、エマちゃんか。大きくなった」


「遺言の片付けをしています。家は叔父のものになるので」


「は?」


グリゴは眉を寄せた。


「あの人が、あんたに遺さなかった? そんなはずがあるか」


「遺言状にそう書いてあったんです。家と畑とかまどは、わたしの荷物に、と」


私は笑ってみせた。うまく笑えなかった。


「最後まで荷物でした。ミルカ、ミルカって、二十年」


グリゴの顔色が変わった。


「……誰が訳した」


「県庁の通訳です。都で学んだ人で」


「都の言葉じゃ、そりゃあ荷だ」


塩売りは、土間に唾でも吐きそうな顔をした。


「あの人は北の、海っぺりの村の出だ。おれと同じ。あっちじゃミルカは荷物じゃねえ」


「じゃあ、何です」


「火事のときに」


グリゴは、空の木箱を見た。


「家が燃えたら、ほかは全部置いていけ。ミルカだけ抱いて逃げろ。おれたちは母親にそう教わる。ミルカってのは、そのときに抱えるもんのことだ」


「…………」


「鍋でも金でもねえ。たいていは、子どものことだ」


私は木箱を見た。


七つの冬に、空になった箱を。


あの夜、あの人は、ほかを全部置いてきたのだ。


教わったとおりに。


「じゃあ、どうして」


声が掠れた。


「どうして名前で呼んでくれなかったんですか。あれきり、一度も」


グリゴは答えるかわりに、私の手の帳面を取って、最後の頁を開いた。


そこには、一語だけが、頁いっぱいに書いてあった。


『エマ』

『エマ』

『エマ』


百はあったと思う。


余白に、北の文字で書き込みがあった。


グリゴが読んだ。


「『言えない。どうしてもイェになる。また笑われる。あの子が恥をかく』」


塩売りの声が、少し震えた。


「『ミルカでいい。ミルカなら、まちがえずに言える』」


   ◇


七日目の朝、私は集会所の扉を開けた。


「異議があります」


公証人が顔を上げた。叔父が舌打ちをした。


「エマ、往生際が悪いぞ。法だと言ったろう」


「法のとおりで結構です。遺言の訳が違います」


私は遺言状の写しを机に置いた。


「『わたしのミルカに』。これは物ではありません。人です」


通訳がむっとした顔をした。


「辞書にはっきり、荷、とあります」


「都の辞書には」


グリゴが後ろから進み出て、北の海辺の言葉で何か言った。通訳は半分も聞き取れないようだった。


公証人は両方の顔を見比べて、ため息をついた。


「言葉の意味は、私には裁けません。ですが法は単純です。遺言の『ミルカ』が物を指すなら、家は家長へ。人を指すなら、その人へ。――人だと言うなら、それが誰なのか、示していただきたい」


叔父が鼻で笑った。


「そんな名前のやつは、この村におらんぞ」


集会所が静かになった。


私は、息を吸った。


八つの日から、一度も返事をしなかった名前だ。


呼ばれるたびに、聞こえないふりをした名前だ。


「私です」


声は、思ったより大きく出た。


「私が、ミルカです」


「証拠は」


「毎日、そう呼ばれていました」


「お前がそう言ってるだけだろうが」


「いいや」


後ろの席で、誰かが立った。


魚屋のおかみさんだった。子どものころ、私を「イェマ」と囃した子の、母親だ。


「あたしゃ聞いてたよ。毎日夕方、門口でさ。『ミルカ、ごはん』って。この子が家を出るまで、一日も欠かさずだ。荷物をごはんに呼ぶ人が、どこにいるんだい」


「うちもだ」鍛冶屋の親父が言った。「朝は『ミルカ、起きなさい』。あの人の声はよく通った」


「この子が町へ出たあともね」


向かいの婆さんが、ゆっくり立ち上がった。


「夕方になると門口に出て、街道のほうを見てたよ。呼びはしなかったけどね。口だけ動かしてた。ミルカ、って」


私は、知らなかった。


十年、あの人は、門口に立っていたのか。


公証人は三人の名を帳面に書き留めた。それから遺言状を取り上げて、今度は自分の声で読んだ。


「『家と畑とかまどは、わたしのミルカに』」


眼鏡の奥の目が、こちらを見た。


「相続人、エマ。――訳を、訂正します」


叔父は何か言いかけて、集会所じゅうの目に気づいて、やめた。


通訳は辞書を鞄にしまいながら、小さな声でグリゴに尋ねていた。


その言葉、綴りを教えてもらえますか、と。


   ◇


その晩、私はかまどに火を入れた。


十年ぶりだ。火のつけ方は手が覚えていた。


鍋は、あの人のやり方で煮た。塩はグリゴの置いていった北の塩だ。


帳面は棚に戻さなかった。卓の上に開いて置いた。


『きょう、がっこうは、どうだった』


二十回書かれた文の下に、私は返事を書いた。


『笑われました。でも、もういいです』


それから、明日発つというグリゴに頼んで、一つだけ北の言葉を教わった。


「母さん」は、海辺の村では「マーチ」と言うそうだ。


私の舌では、どうしても「マーツィ」になる。


グリゴは三度直して、四度目に笑って、あきらめた。


「下手だなあ。向こうで言ったら笑われるぞ」


「笑われてもいいです」


言えないからと黙るのは、もう、うちでは一人で十分だ。


門口に立って、暮れていく街道を見た。


二十年、あの人が見ていたのと同じ道だ。


私は荷物と呼ばれていたのではなかった。


家が燃えても置いていかないものの名で、毎日、朝と夕方に、呼ばれていた。


「ただいま、マーツィ」


発音は、たぶん笑われるくらい下手だった。


かまどの鍋が、ことりと鳴った。


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― 新着の感想 ―
とても悲しくて寂しくて、でも愛がたくさんあるお話でした。
ちょっと悲しいがええ話や。
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