貝殻
貝殻を捨てちゃったん。富子がそのように言って、わたしの元につぶれた貝殻を持ってきたのは、もう薄闇が広がる時刻だった。ふくふくとした小さな手のひらの上で、粉々の石灰のようになってしまった貝殻であったはずの残骸たちが、無残に散らされている。
……すこし向こうの堤防の方で、誰かがなにかを探しているのか、ちかちかと懐中電灯の強い光が海に向かって真っすぐな光の線を作り出している。
わたしは、すこし首をかたげて、富子のふくっとした頬をぼんやりと見つめる。かわいらしい瞳がわたしを見つめている。
「富子……」
ん?と、富子は、麦藁帽を傾けて、わたしを斜め下から見つめる。
「富子、あれは、なんだろうね」
富子は、目を大きく見開いて、それから昔のままの笑みを浮かべた。まるいかわいらしい瞳が、くるりとやわらかくたわみ、なんともやわらかい笑みをつくる目元になる。まるい小さな鼻の上にちらっと光が当たって、えくぼのある口元がこらえきれずにむにっと上がった。
「むふふ。富子、にぃちゃんが、じーちゃんのこと忘れて、富子のそばにいてくれるのうれしいから、言いたくないけれど、でも、あれは、じーちゃんよ。にぃちゃんをさがしてるの。はよ、行ってあげないとかわいそうよ」
まるで、いたずらが成功したように、むにっと小さな指で、わたしの服のすそを掴み、ただただ、何がそんなに楽しいのか、ころころと笑う。あの、大好きなかわいらしい笑みで。
「……ほうか、……富子、」
ん?と、今度は、富子も顔を上げない。じっとりと下を向いて、ただただ癇癪を我慢するように。小さな指は知らず力を込めているようで、ぎゅっと痛そうに赤くなるまで掴んでいる富子の手。地面に落ちる富子の涙。
「……にぃちゃんな、かえりたないな。富子のそばにおりたいな」
ん。と、富子は言ったっきり何も言わない。ただただ、掴んでいた小さな指を少しずつはなして、ぱーを作り、わたしを押し戻そうとする。
「にぃちゃ、またね、」
そういって、消えてしまう。わたしは、ただただ、懐中電灯の光の筋を見ている。道を見ている。そのまま答えた。
「ああ。またくるな」
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静かに目を開けた時、そこにはわたしの顔を覗き込む祖父の顔があった。ゆらゆらゆれる漁船の上で、静かにちかちか光が灯る。
「……かえってこんかと思ったよ」
祖父はそういい、わたしは、顔を横にそむけた。10も離れた妹の富子が、海に沈んだのは、もう3年も前の話だ。わたしは、富子を助けられずに、……それでもこうしてお盆になると、富子に会いに来る。……今年も会いに来た。来年も会いに来れるだろうか。
空は掴めそうなほどの星が嘘みたいに散らばっている。




