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 昨日の情事を一が告白の答えだと勘違いしていたら、メールが来るだろうと思っていた。案の定、メールには今から家に来るらしい文章がうたれていた。

 返事は打った。待っている、と期待させるような文を。でもあたしが気を許したのは、一にもう一度あゆみさんと話をしてもらうよう説得するためだ。

 三十分程すると一がやってきた。手には熱々のあんまんがあった。なんとなく食べたくなったらしい。

 部屋にあがらせて、ソファーに座るように促すとお茶を用意した。座っている間一は、新聞を見たりしながらくつろいでいた。すでにあたしの部屋になじんでしまっているように見える。このまま手放すのも惜しい。でも、そういうわけにはいかない。あたしは首を振るとお茶を出した。

「あんまん、久しぶりだな」

 手に持つと既に冷えたあんまんは皮がパリパリしていた。

「でもおいしいよ。アユさん甘いの好きでしょ?」

 まぁ、嫌いじゃないかな。

「あたし一に大事な話があるんだ」

 一の動きが止まって、あたしの顔を真剣なまなざしで見つめた。それから、何? と首を傾げた。そんな顔をするので、少し笑った後あたしは一の手を握った。

「今日、あゆみさんに会ってきた」

 息をのむような緊張した音が伝わってきた。

「あゆみさんって、素敵な人ね。美人だし、とっても優しそうな人だし大人って感じがする。話したのよ。いろいろ、一のこともいっぱい聞いた。それで分かっちゃたんだよ。あんたは、亜由美さんのことが好きだよきっと。だから、会いにいってみて。そうすれば全部、わかるよ」

 唖然としてあたしの顔を見る一の手に、紙を無理矢理握らせた。そこにはあたしが書いたあゆみさんの店までの地図が載ってる。以前に居場所を知らないといっていたから、書いておいたのだ。一は戸惑うように紙を見つめて開いた。でもすぐにぎゅっと握った。

「無理だよ。もう終わってるんだ」

「終わってない。あゆみさんと話したら分かるよ。寂しいなら、彼女のところに行くべきなのよ。明日、バイト休みだっけ?」

「休みじゃないけど・・・昼まで空いてる」

「じゃぁ、十分よ。行ってきなさい。ね?」

 納得いかない顔をしている。そりゃそうか。心の中は今きっと、ぐちゃぐちゃになってるんだろう。でもそれは自業自得というやつだ。無意識にとは言え、いろんな女を傷つけて、今はあたしを巻き込んでる。そんなやつにはお仕置きが必要なんだ。

 一は鞄を持って玄関に向かいはじめた。せっかく入れたお茶には手を付けていない。

「とりあえず、帰ってから考える。アユさんにこんなこと言われるなんて思ってなかったから、ちょっとびっくりした。じゃぁ」

 笑って、手を振った。自然な行為。でもこれが最後になるような気がして、あたしは笑顔を作れなかった。扉が閉まると、あたしはなんだか離れていく一を止めなくて良かったのかという、後悔をしていた。

 それでもこれで良かったという、達成感に似た気持ちが湧いてきたので、なんだか気分が良かった。このままあゆみさんと上手くいけばいいのにな。本気の恋をしていたけど、一にとって幸せな気持ちになれる道を選んでほしい。


 それから、一には会わない日々が続いた。メールもしなかったし、電話もない。阿部さんと会うようなこともなくなってしまって、もう二度と会うことはないと思った。それはきっと一があゆみさんと上手くいったからだと思う。それなら、あたしは一との出会いを思い出に変えて、次の恋でもしよう。なんて楽天的に考えていたころ、あたしは再び一に出会ってしまうのだ。

 それは会わなくなってからすでに一年が過ぎていた。

 バレンタインデー。今まではこの時期に彼氏と別れていたあたしだったけど、今年はその彼氏すらおらず寂しいバレンタインデーになるなぁ、と思っていた。就職が決まってすぐに引っ越した場所は、以前とは全く違う町。窓からはビルからの光が、あたしを祝福しているようでロマンチック。バレンタインデーに祝福される様なことは何もないんだけどね。

 その夜に、玄関をたたく音が聞こえた。慌てて出ていくと、まずは大きなぬいぐるみを渡された。キャラ物のでっかいやつ。びっくりしながらも受け取ると、その後ろから一が顔を出した。まさかの登場に驚いたあたしは、何もいえず目を見開いたまま見つめていた。

「ハッピーバレンタインデー。知ってる? バレンタインデーって、外国では男の人が女の人にチョコを渡すことがあるんだって」

 知ってる。っていうかそんな話を聞いてる場合じゃないよ。

「なんで、ここ知ってんの?」

 髪の毛の色が明るくなって、二つほどピアスの数が増えてる。それから髪は短くなって、顔つきもかわった。一年見てないだけで、こんなに変わってしまうもんなんだ。

「アユさんの友達に聞いた。なつみさんだっけ? そこまで一緒だったんだけど、帰っちゃった」

 笑った顔は子供ぽい。あたしもつられて笑った。

「あたしなんかの所に来てていいの?」

「うん」

「本当に、いいの? 浮気ならごめんだからね」

「わかってる」

「ちゃんと分かってるの? ま、浮気ならいつか分かるか」

「そういうこと。それにアユさんが手を離さないでいてくれれば、大丈夫」

 人任せかよ。あたしはにっこり笑って、大きなぬいぐるみを玄関に投げて、一に飛びついた。それから家に入れて、ドアを閉め、ゆっくり抱擁しあった。

「あゆみさんとは、別れっちゃったんだ・・・よね?」

「うん。ちゃんとけじめつけて来た」

「なんであたしなんか選んだの?」

 これはちょっと恥ずかしい台詞だな。あたしは一の肩口に鼻先を押し付けた。

「アユさんは、甘えたいとおもうけど、あゆみとは違って弱いところを見せて俺に甘えようとするじゃん。だから、上手くいくと思ったんだ。お互いに求めあうことって、それを理解しあうのって難しいけど、恋人じゃなくてもそれができたんだから、アユさんとなら続けられると思った。だから、好きになったんだ」

 なるほど。あたしもそれに近いかな。

 ゆっくりと一から体をはなすと顔を上げて緩んだ顔のまま笑った。二人で小さく笑いあうと、額をぶつけあって、しばらくお互いの存在を感じていた。

「あ、そうだ。チョコレートケーキあるんだ。丁度いいし食べようよ」

「うん」

 部屋の中に招き入れる。

 こうした時間が好きだった。一緒にご飯を食べて、おいしそうに食べる姿とかを見るのが楽しい。また、そうやって一とつき合っていけるんだね。はっきりと言葉にはしなかったけど、あたしは心の中で何度も、一に気持ちを伝えていた。

 好きだよ。ってね。

 


本当はバレンタインデーまでに終わらせる一話完結の短編にしようと思っていましたが、力不足で話がどんどんふくれあがり、まとめることができずこんなに長くなってしまいました。しかも更新が遅いので、損で下さっている方には迷惑をおかけしました。

最後まで読んで下さってありがとうございました。

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