大波小波
霊園の下水道は覚悟していたよりも臭くはなかった。
いや臭いには臭いが。
「ここより上流には家屋が少ないからな」
なるほど。
下水道に入ってから反応が薄いリゼットは、ご自慢のメガネを叩いている。
「魔力計ダメになったかもしれません」
「だろうな」
ウェルダムの視線の先には巨大な穴としか呼びようがないものが浮かんでいた。
ダメ元で払おうとしてみるがまったく動く気配がない。
「これどうするんです?」
「さて、どうするかな」
と、頼りにならなそうな返事をしながら、俺たちを追いかけてきたゾンビを焼き払う。
「リゼット・ベルンハルト=アークライト、魔力計でマナ溜まりを計測。わかることを全部報告」
「はい! まず穴に見える部分を中心にマナが流れてますね。流れは、えーと、入るのが1本出るのが3本くらいです。全部上の方に伸びてて――」
「もういい、試す」
ウェルダムが穴の上に火柱を上げる。
「流れ消え……ましたけど戻りました!」
「火力をあげればいけるか……いや、ダメだな。酸欠で全滅だ」
「火炎以外の魔法はダメなんですか?」
他の魔法で対応すればいいのでは、という浅い疑問は否定される。
「こうやって定期的にゾンビを焼きながら、他の魔法までは手が回らん。まったくこっちは酸欠に気を使って火力抑えてるというのに……」
ぶつぶつ呟き出した。
役立たずで申し訳ありません。
リゼットもあれこれ魔法を試しているが、明らかに狙った方向に発動できていない。
こいつ魔法に詳しいのに下手なのか。
そういえば何かと不器用だった。
先ほど試した俺の魔法でもマナ溜まりは動かなかったし――
「流れの方ならいけるか……?」
穴の上を払う。
すると明らかにサイズが縮んだ、と思いたい。
いや、縮んだはず。
しかしすぐに元の大きさに戻る。
「ほお……」
ウェルダムが感心したように俺を見る。
「今のやつもう一度やってみろ」
言われたとおりまた払う。
今度は変化がない。
「リゼット、何回か払うから見といてくれ」
変化なし、変化なし、縮んで戻る。
何が違うのか。
「入る方の流れに当たった時だけ縮んでますね! まあ当然といえば当然です」
「当たっただけでも縮むのか」
「ゾンビの維持費と俺の火炎がこいつのマナを消費しているんだろう。だから入ってくる方が途切れると縮み、また入ってくるようになると元に戻る。おそらく燃やすのをやめたら膨らむはずだ」
試してみるか?と聞かれるが、試した時には俺たちがゾンビになるんですけど。
「なら簡単ですね! 入る方を止めればいいんです!」
だからそれをどうするかで悩んでるんだが。
払ってもすぐ元に戻るのにどうしろと。
「小さい頃に物を浮かせたりできたなら、マナを固定もしくは移動させることができたはずです!」
マナを固定と言われても、どうイメージしろと。
ダメだ、わからん。
「継続的に流れを途切れさせることはできないか? さっきのやつを穴がなくなるまで繰り返すとか」
「さすがに連続はキツいですね」
「他は何かできることないのか?」
あとはできるかわからない爆発と盗み聞きだけ……。
「盗み聞きって逆はできないんですか?」
「逆ってなんだよ」
「ヴァンさん、まず音が振動なのはわかりますか?」
んん?
「いやそれくらいはわかるが、盗み聞き魔法となんの関係があるんだよ」
おい、ため息を吐くな。
お前いつもそれだな。
俺の理解力がないんじゃなくて、お前の説明が悪いんだと思うんだが。
え?俺、悪くないよな?
「盗み聞き魔法とやらが何かはわからんが、なんらかの波を受け取ることができるのだから逆にその波を送れるのではないかと言いたいのか?」
「そのとおりです、先生!」
なんであれで伝わるんだ。
まあいい、やらせたいことはわかった。
問題は――
「波を送るイメージってどうすればいいんだよ!?」
「わかりません!」
「送る必要はない、波を起こせればそれでいい」
継続して流れを断ち切らないといけないのでは?
「いいか、ここは下水道だぞ。声がよく響くだろ」
「あ、反射ですね!」
つまり最初だけ波を起こせれば、ある程度は勝手に続くということか。
イメージが問題なことに変わりはないのだが。
「うーん、波か……」
「私よくお風呂で波起こして遊ぶんですけど」
いい歳してなにしてるんだこいつは。
だが風呂か……。
小さい頃はよくやっていた気はする。
たしかこう、手で押すように。
ゆっくり押し出す。
水面に波を起こすように。
やがてマナ溜まりが収縮を繰り返し始める。
「なってます、波!」
しかし、しばらくするとまた戻る。
どうやら長くは続かないらしい。
もっとデカい波が必要か。
「おい、リゼット! 波大きくするにはどうする」
「そんなの簡単ですよ! こう……最初の波に逆らわないように押すんです」
「逆らわないようにと言われてもな」
その波が見えないんだが。
「ちょっとそのメガネ貸してくれ」
「どうぞ」
あっさり。
大事なものだから、と抵抗されるかと思ったが。
ありがたく使わせてもらおう。
さて、マナの動きを――
「うぇっ……うっぷ……」
吐きかけた、いや本当はちょっと吐いた。
情報量に身体が拒否反応を示す。
危うくメガネを叩きつけるところだった。
「……これは返す。波を大きくしたいから押し返すタイミングを教えてくれ」
「いいですけど、なんで借りたんですか?」
聞くな、なんか負けた気になるから。
他人のメガネは借りるべきじゃないと俺は学習した。
「2人とも遊んでないで早くしてくれ。ゾンビは焼けるといっても無限に時間稼げるわけじゃないんだぞ……ったく――」
先生、結構独り言多いタイプなんだな。
それはそれとして、タイミングをリゼットに任せて波を起こす。
「今、あっ違、今です」
「やりづらいわ! ちゃんと自信あるタイミングで教えろよ!」
「……」
黙りやがった。
まさかこいつ自信ないのか。
「お前、風呂で波起こして遊んでるんだよな?」
「そうです! 大きな波起こすのは得意なんですよ!」
なんて使えないスキルなんだ。
こっちが悲しくなってくる。
「ならタイミング伝えるのがド下手なだけで自分でやればできるわけだ」
「それはそうですけど……」
「やれ」
俺はリゼットに腕を差し出す。
叩かれた。
いやなんでだよ。
「いきなり腕突き出されても気持ち悪いので」
た、たしかに……。
「お……俺の腕使って波起こせよ!」
「最初からそう言ってくださいよ」
そう言うとリゼットは無言で俺の手を振る。
急に動かすので油断してると脱臼しそうだった。
非常に腹立たしいが、リゼットはたしかに波を起こすのが上手い。
なぜこれだけできるのかは謎だが。
波を起こして、大きくする。
小さくなってきたら、また波を起こして大きくする。
「地味すぎる……!」
しかし地味な作業のおかげで穴は縮小を繰り返す。
そして縮みに縮んだマナ溜まりは形を失って霧散した。
最後まで動いていたゾンビをウェルダムが焼き払う。
残されたのはひたすら腕を振らされ力尽きた俺と、腕を振り力尽きたリゼット。
そしてゾンビの焼け跡の処理について、ひたすら独り言を呟くウェルダムだけだった。




