第十話 新しい生活。
ラナは途方にくれていた。
教えられた家に行き、ノックをしたが誰も出てこない。
留守だろうかと思い、待っていたラナに通りすがりの人が「ここの爺さん、先週越していったよ」と教えてくれた。
怪我をして足が悪くなり、オニキスに住む娘夫婦に引き取られたとの事だった。
急な事だったらしく、また、この世界では通信事情が発達していないため、ラナが村を出る前に連絡が間に合わなかったようだ。
それ自体は致し方ない。
だが、紹介してくれるはずの人がいなくなり、ラナは自力で住むところを探さなければいけなくなった。
数日ならば安宿に泊まれるだけのお金はある。
しかし、そのような宿はあまり治安が良くなく、ラナのような幼い少女が一人で泊まるのはあまり好ましくない。
「ラナちゃんかい?」
どうしたものかと思案にくれていると、背後から声をかけられた。
振り返ると、ラナよりいくらか年嵩の、青みを帯びた黒髪の娘が窺うようにこちらを見ていた。
「ハライト村から来たラナちゃん?」
ラナの〈危険回避〉のスキルは何も反応していない。
この人は大丈夫だ。
そう判断して、ラナは頷いてみせた。
「はい、そうです」
「よかった」
娘はほっとしたように笑った。
「乗合馬車が来たから、様子を見に来たんだ」
ここに住んでいた老人と娘の父親が親しくしており、オニキスに移住する前にラナの事を頼んでいったという話だった。
「田舎の村から小さな女の子が一人ぼっちで来るから、どうか力を貸してやってほしい」と老人は何度も頭を下げてくれたらしい。
「私はカティだよ。よろしく」
そう言って娘は陽気に笑った。
白い頬にそばかすが浮いている。
「ラナです。よろしくお願いします」
カティに案内されたのは街のメインストリートから幾らか外れた場所だった。
広い庭に丸太が積んである。
ここはカティの家で、父親は家具職人をしているという話だった。
「父さんに声かけてから行こう」
カティが家の隣りの作業小屋と思われる建物の扉を開ける。
カンカンと少しくぐもった音が聞こえてきた。
「父さん、ラナちゃん来たよ!」
カティが大きな声で言うと、木槌を持った男性が振り返った。
やはり青みを帯びた黒髪の、カティによく似た面差しだった。
「おお、来たか! 旅は大丈夫だったか?」
「はい」
ラナが頷くと、男性は「そうか、そうか」と笑った。
「カティ、案内してやってくれ」
「あいよ」
「ほら、行こう」とカティがラナを案内してくれたのは庭の隅に建っている小さな小屋だった。
「ここ、昔うちのお弟子さんが住んでいたんだけど、今は誰も使ってないからさ」
「ラナちゃん、ここに住みなよ」と笑うカティに、ラナは目を丸くした。
「しばらくは家賃もいらないって、父さん達も言っているし」
「……いいんですか?」
「うん。井戸は好きに使ってくれていいし、あそこに廃材があるから薪にするといいよ」
あとでまた来るね、と言い、カティは父親の手伝いをするために作業小屋へと戻っていった。
ラナは目の前の小屋を見上げた。
小さいけれど造りはしっかりとしており、明かり取り用の窓もついている。
真鍮のドアノブを回して中に入ると、扉の内側には真新しい閂が付いていた。
おそらく、ラナの為に付けてくれたのだろう。
床は板張りで、部屋の真ん中にはテーブルと椅子があり、隅の土間には小さな竈もあった。
ベッドには綺麗に洗った敷布と毛布、それと枕が置いてある。
今は誰も使っていない、と言っていたからわざわざラナの為に用意してくれたものだ。
「ここが、今日から私の家……」
こんなに恵まれていていいのだろうか。
そう思うと同時にほっとしている自分もいた。
生まれ育った村を離れ、遠い街まで一人でやって来て、頼りにしていた相手がいないと知った時には本当は泣きそうになるくらい心細かった。
泣いている場合じゃない、どうするか考えなくちゃ、と必死で自分を奮い立たせていたのだ。
椅子に腰を下ろすと、ほっとして力が抜けた。
緊張が解けたせいか、急激な眠気が襲ってきてラナはテーブルにうつ伏せて少しだけ眠った。




