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レント・ヴェーレンのサガ ~追放鍛冶師は辺境で平穏を望む~  作者: 神条紫城


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第11話 連鎖する禍

 ――何故、この剣に、ガルドの刻印が刻まれているんだ?

 湧き上がる疑問、そして、言葉にはならない怒りを、レントは押し殺した。

 それは鍛冶師にとって許されることのない明確な禁忌(タブー)だった。

 剣を見つめ、押し黙っているレントの様子に、ヘルミーネはただ戸惑う。


「あの、この剣が何か?」


「……この剣、預からせてもらっていいか」  


 レントの声は低く、命令にも似た響きを帯びていた。

 ヘルミーネはスッと一歩身を引くと、警戒するように剣を握りしめる。


「いきなりどうゆうことでしょうか?貴方が噂とは違う方だとわかりましたけど、まだそこまで信用はできません。冒険者が命を預ける大事な剣です」


 もっともな言い分だった。プロの冒険者であれば、そう言うのが当然であり、そして、レントにはそれを覆すだけの言葉はなかった。

 レントは言葉で説得する代わりに、無言で自身の腰の剣を引き抜き、ヘルミーネの目前に差し出した。

 それはレントが私用で使う、何ら装飾のないただの鉄剣だった。


「いったん、これで我慢してくれ。帰ったらすぐ、アンタの新しい剣を作る」


「どういう、ことですか……?」


 ヘルミーネは困惑を隠す様子もなく答えた。


「安心しろ。どっちも俺が作ったもんだ」


「どっちも?」


「ああ、あんたがガルドから買ったこれは俺が造ったものだ。間違いない」


 レントは確信に満ちた目でヘルミーネを見つめる。


「これもそれもただの鉄剣だ。だが、品質は保証する」


 ヘルミーネは戸惑いながらも差し出された鉄剣を手に取った。

 その瞬間、彼女の指先が、柄から刃へと伝わる完璧な均衡を感じ取ったように見えた。

 見た目は並みの鍛冶師が打った鉄剣とほとんど変わらない。しかし持った時の心地よさ、感じる重みの丁度よさは格別だろう。


 それはレントが居眠りしながらでも作れるような量産剣だったが、それでも自身の技の結晶であったことに変わりはなく、他の追随を許すはずがない。

 ヘルミーネは何も言わず、じっとその剣を見つめている。


「何だ、中古じゃお貴族様は不満か?よく使うからしっかり磨いてあるんだけどな」


 レントはわざと、理性的とは言いがたい、挑発的な言葉で彼女に問いかけた。


「……!まぁ、石毒の鶏蛇(コカトリス)の爪をはじいた代物ですし、事情はよくわかりませんが信用するとしましょう」

 

 ヘルミーネは無表情を装っていたが、レントはその鍛冶で鍛えた洞察力から、彼女が一瞬ムッと顔をしかめたのを見逃さなかった。

 その仕草は貴族としてのプライドを飲み込み、交換に応じたように見える。

 思ったより、この女はわかりやすい性格かもしれない。

 レントはフッと鼻を鳴らした。


「その代わり約束です。必ず、私の新しい剣を作ってもらいます」


 言われなくてもわかっている、とレントはぶっきらぼうに静かにうなずいた。


「ん……?この剣には貴方の刻印はないんですね」


 ヘルミーネは剣の柄を見つめながら、疑問を口にした。

 その瞬間、レントはハッとし、口元をおさえた。そしてその裏に隠された決定的な事実を見落としていたことに気が付く。

 

 粗悪な偽物に打たれた『レントの刻印』、良質な本物に打たれた『ガルドの刻印』、そしてこの今渡した、何の主張もないこの剣には何も打たれていない。

 すべてがカチリと繋がり、金属片を集め修復したときのような感覚が、全身を巡った。

 

 これほどに単純な仕組みを、なぜ見落としていたんだ。

 レントは静かにこぶしを握った。


「――アニキ……!」


 ポンクルが、レントの只ならぬ様子を察したようにすり寄る。


「工房に帰ったら、もう一度確かめる。今は帰るとしよう」


 レントは静かにそう言って、胸の中のやるせなさを奥深くに押し込めた。

 気づけば、高い鉱山の後ろから顔を出すように、すでに夕方の橙色がかった光が差し込んでいた。


「報酬の相談だが、今日はもう遅い。後日、工房に来てくれないか」


 レントは静かに告げた。

 ヘルミーネは、預けた剣の代わりに手にした鉄剣を握りしめ、何か言いたげな表情でレントを見つめ返してきた。

 しかし、彼女も静かに頷き、メンバーに任務完了の合図を送った。



 デッカ山のふもとの鬱蒼とした森を抜け、街道へと出る。


「後日、楽しみにしています」  


 ヘルミーネたちは深く一礼し、石毒の鶏蛇(コカトリス)討伐の報告のためと、王都の方向へと向かっていった。


「久々に腕のある、ちゃんとした冒険者だったな」 


 背を見送るレント。その脳内では、彼女たちが持つにふさわしい『最高の武具』の設計図を既に描いていた。

 戦いを間近で見れたのは勉強になった。ひょっとしたら、鉱石よりも大きな収穫だ。

 この使い手の特徴を知るということは、イメージを高め、より優れた武具の鋳造に繋がる最上の情報に他ならない。

 今までただ鍛冶のみに向き合ってきたレントにとって、それは気付きようのない、しかし、確かなる成長だった。


 麻袋を見つめ、レントが物思いにふけっているとポンクルが催促するように袖を引っ張ってきた。


「アニキ……!早く帰るっす。その剣の事教えてほしいっす!」


「……そうだな」


 レントはポンクルの頭に手を置いた。

 こうして、危険を伴った鉱石採集は、大収穫をもって幕を閉じたのだった。





 ルヴシール湖の畔に戻ると、工房の外で湖畔を見つめ、夕陽にたそがれたルミナリアの姿があった。  


「帰ったぞ」


 声を掛けると、振り向いた彼女の蒼い瞳は薄っすらと涙を浮かべていた。


「……あん?」


 突然のことに、思わず眉をひそめる。


「アハハ……!ご、ごめん」


 ルミナリアは、「おかえりなさい」という言葉もなく、よそよそしい態度で工房の中へ引っ込んでいった。  


「なんだ、不機嫌か?」


「どうしたっすかね……アニキなんかしたっすか?」


 ポンクルは声を潜め尋ねた。


「……さあな」


 レントは軽くため息を吐いた。

 ルミナリアの様子が気にならないと言えば噓になるが、追って話を聞いてやれるほど器用でもない。

 レントはそのまま続いて工房のドアを開け、帰宅した。



 レントは早々に、作業台の上に預かった剣を置き、話始める。


「さて、整理するか」


 ポンクルは真剣な顔で頷いた。


「まず、この剣は俺が打った。王宮からギルド経由で依頼され、納めたなんてことない普通の鉄剣だ」  


 レントは鉄剣を指差した。


「それをなぜかガルドが持っていて、あいつの刻印が押されていた。つまり――」


「ガルドは王宮の剣をすり替えたっす」


 ポンクルが復唱する。


「ああ。そして、俺が収めた本物を横流しした。証拠品だというのに、馬鹿な奴だ。ばれないとでも思ったのか」


「実際、アニキ以外は絶対に見抜けないっすよ! 刻印もあるし、完璧な証拠隠滅だと思ったんすねきっと」


 ポンクルは悔しそうに拳を握る。


「でも、凄いっすアニキ!この証拠があれば剣が偽物ってわかるっす!名誉取り戻すっすよ!」


 ポンクルは握った手を震わせながら、希望に満ちた目を向けてくる。


「馬鹿。これじゃ証拠にならねえ」


「何でっすか!?」


 レントは指で剣を撫でた。


「この剣が俺の剣だとわかっているのは、俺の技術と感覚だけだ。他にどうやってこの剣が俺のだと証明する?」


「あ……!」


 ポンクルが息を飲む。


「作ったのは普通の鉄剣。型にはまった量産品だからあいつでも作れる。だから寸分たがわず同じ形をした粗悪品をあいつはすり替え、わざわざ俺の刻印をまねて掘ってまで王宮に収めたんだ」


 レントは視線を上げた。


「ギルド長に詰められたときは怒りで忘れていたが、俺は普段、量産品や仕事の剣には刻印を刻んでいない。刻印は、俺が本気で魂を込めた作品にしか打たない。それが鍛冶師レント・ヴェーレンの流儀だ」

 

 それは自身の剣への圧倒的な自信の表れだった。量産剣などに自身の名を高めてもらおうなどとは思わない。無論、その剣が最高品質でないとそれは成り立たないのだが。

 事実、レントはヴァッフェンに依頼された剣には刻印は刻んでいなかった。


「渋いっす!アニキ……!」


「つまり、俺が最初に提出した鉄剣には、そもそも刻印が無かった。王宮に提出した剣に俺の刻印があるのはおかしい。これこそが、ガルドがすり替えた動かぬ証拠だ」


 レントは拳を握りしめた。


「これも俺しか知りえないことだから、法廷じゃ証拠にはならないがな」


「じゃ、どうやって証明するんすか?」


 ポンクルの問いにレントはやれやれと頭を搔いた。


「……今のところは、直接王都に行って自白させるしかないだろうな」


「そ、そんなのむりっす……!」


 現状、問題なく鍛冶に没頭し、技術研鑽に努めている。

 この生活が気に入っているから、無理に暴いてやろうとも思わないが、やられっぱなしってのも癪に障る。

 レントが腕を組みうなっていると、ルミナリアが厨房の方から寄ってきた。


「はい!難しい話はそこまで。夕飯にしよ?あっちのテーブルに集合」


「はいっすー!」


「……おう」


 そう声をかけてきた様子は普段のルミナリアに戻っていた。

 なんだ、機嫌は治ったのか。

 レントがそう思ったその時だった。


 工房の入り口の扉が、風もないのにゆっくりと開いた。

 その音は、まるで誰かが背中に冷たい刃を突き立てたかのような、静かな恐怖を伴っている。


 王都から放たれた刃が今、レントの喉元まで迫っていた。


いつもご愛読ありがとうございます!

次話の更新ですが、11/28金曜日を予定しております。1週間ほど空きますが楽しみにお待ちいただけますと幸いです。詳しい情報はXと明日の活動報告にて!


【定型文】

ご愛読いただきありがとうございます。感想、レビュー、ブクマ、評価待ってます!


あまりにも過激な表現でない限りどんな寸評もOKです。自分の作品を読者はどう思うのか、とても気になります。誤字脱字、文法間違いなど報告してくださると助かります。

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