第五話
次の日、昨日の今日で私がライオスに会いに行くかどうかを迷っていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「何をそんなに迷ってんだ?」
驚き振り返るとそこには見慣れた姿があった。
私と同じ赤色の髪をオールバックにしている、私の父であるリトマン公爵と似た顔立ちの凛々しいその男は……。
「お兄様!!!」
私は嬉しくて嬉しくて、つい人目も憚らず1週間ぶりに顔を合わせた兄に飛び付くようにピョンッと抱きついた。
なんと今世の私の兄であるカリゴ・リトマンが皇宮まで私を尋ねてくれたのだ。
「何だか久しぶりだな、ロゼリア。」
「久しぶりね!お兄様!」
いつもだったらすぐ私の抱擁を振り解くのに、今日は全く振り解かないどころか、私の背中に腕を回して抱きしめ返してくれた。
(まさかお兄様が私を抱きしめ返してくださるなんて、夢にも思わなかったわ!)
何故私がこんなに兄に懐いているかというと、一つはロゼリアの兄、カリゴがヒロインの攻略対象者ではないこと。そしてもう一つが、前世の私は一人っ子で兄弟姉妹が居なかったことだ。
今世でできた私の初めてのお兄様。
意地悪で冷たくてたまに喧嘩する、だけど本当はめちゃくちゃ私の事が大好きで、大切に思ってくれていると私は知っている。
その証拠に、1週間も家に帰らず皇宮で暮らしている妹を心配して単身でここまで様子を見に来たのだ。
そういうところがあるから、私はお兄様の事が大好きなのを辞められないのだ。
そんな私に絆されたのか、大きくなってからのお兄様は私の甘えには割と寛容だ。
そうして暫く抱き締め合っていたのだが、兄は「ん…?」と何かに気づき、訝しげに顔を顰めた後、何かを確認するように私の身体を服の上から触って来た。私はそのくすぐったさに耐えきれず声を出して笑った。
「あははっ!くすぐったい!!ちょっと、やめてください!お兄様…!」
「…お前、ちゃんと食ってんのか?」
「食べてますよ?」
「......なんか細いぞ。」
「え?そうかしら…?」
確かにストレスとか環境の変化で多少、食は細くなってはいるだろうが、1週間会っていないだけの兄に言われるほど、私はそんなに細くなっていたんだろうか?
「大丈夫なのか…?」
「大丈夫です!確かに環境に慣れてなくて食は細くなったかもしれませんが、見ての通り全然元気100倍ですわ!!」
「……そうか。皇宮での暮らしはどうだ?ルーカスとは上手くやっているのか?」
「……ええ!上手くいきまくりです!」
「…ロゼリア。もしここが嫌なら正直に言え、家に帰らせてもらえるよう、俺がルーカスに……皇太子殿下に言ってやるから。」
そういえば私は皇宮で過ごす事に関して、家族にどういう風に伝えられているんだろう?
ルーカスのことだから、怪しまれないようにちゃんと手を回しているはずだ。だけど逆にそれで良かったのかもしれない。だって私はあの優しい両親と、この心配性な兄に迷惑をかけたくないから。
「大丈夫ですって。嫌になったらちゃんと言いますわ。ですからそんなに心配しないで下さい!今生の別れでもあるまい、し……...。」
その時、私はふと思った。
もしこのままここを逃げ出したりして、その後、ルーカスにまた捕まりでもしたらそのまま"一生監禁ルート"に入るかもしれない。
そして御家断絶なんかもありえるし、爵位剥奪なんかも全然ありえる。
私は隠しルートの内容や分岐ルートを知らないので、可能性はないとは言い切れない。
もしそうなったら、こうして大好きなお兄様にも一生会えなくなるかもしれない。
(……そんなの絶対嫌だ。)
私は何だか悲しくなって、お兄様にもう一度抱きついた。
さっきよりずっと強い私の抱擁に何事かを感じ取った兄はまたもや珍しい事に、私の腕を振り解いたりしなかった。そんな兄の些細な優しさがとても胸に沁みた。
「お兄様……。」
思わず出た言葉は自分でも思った以上に弱々しくて、感情まかせに震えていた。そんな私の呟きを聞いた兄はとても驚いていたが、それでもちゃんと私が弱っていることを感じ取っていて、私の抱えている不安を全て振り払うかのように、先程よりも強く、護るように、そして安心させるかのように優しく抱き返してくれた。
「ロゼリア、お前……..。」
「そこで何をしてるの?」
どうやらこの皇宮(檻)にいる限り、この安らぎの時間にさえも、狂気の警鐘は鳴り止まないようだ。