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15・恋心


「お前は馬鹿か! 関節ごとに指が飛んで行ったら回収がどれだけ面倒だと思ってやがる! 大体、鉄砲並みの火薬だ何だと詰め込んだらクッソあぶねぇだろうがっ!」


 そう怒鳴ると、やりすぎたサンタナさんにドクは脳天チョップをかましていた。


「ロケットフィンガーとか、ロケットパンチとか、ロケットアームとか、面白いと思ったのにぃ!」


 なんて、涙目になりながら頭を抑えるサンタナさんの言葉は、私にもちょっとなに言ってるかよくわかんないなぁ。と思っていると、久々に診療所に現れたユーデスさんも。


「面白いの感覚が俺にはいまいちわからんな」


 と呆れた顔でドクとサンタナさんのやり取りを見ていた。

 朝っぱらから元気な人たちである。

 グライブの友人たちはほぼ毎日のように交代でお見舞いに来ていた。

 この間もアーケイさんやファランスさんがグライブのところに来ていたし、イリヤエルさんも顔を見せに来ていた。他にも、巡り巡ってグライブの知り合いには話が回っているようで、半年がたつ頃には、グライブあての手紙も届くようになっていた。本当に、グライブって顔が広い。

 グライブの義手と義足、それと義眼を持ってきたのは1か月ほど前で、リハビリはまだ続いているし、新たに義手や義足にも慣れるために練習は欠かさない。

 ファランスさんみたいな現役のハンターや、モニカさんやジェリエルさんのような現役のレンジャーと組み手をしたり、ユーデスさんと剣の訓練をしたりと、本格的な体力づくりを頑張っているグライブを眺めながら、私は診療所の手伝いをして過ごす。

 これが今の私の毎日の過ごし方だ。





 朝食を済ませた後の時間、ユーデスさんがグライブの元に向かったのを確認しつつ、私は中庭で洗濯物を干していた。

 しばらくすると、診療所の裏手から中庭に出ることができる扉が開き、グライブとユーデスさんが現れて、二人はしばらく談笑してしていたかと思うと、体力づくりのためのグライブとそれに付き合うユーデスさんが何やら体を動かし始めたのが見える。

 だいぶ義手や義足にも慣れたようで、グライブの動きにはぎこちなさと言うのがなかった。少なくとも私には分からないくらい、スムーズに動かしているように見える。

 そして、すっかり両目が見開かれた彼の目は相変わらず太陽を思わせる。けど、義眼のほうの目は赤に変わっていた。サンタナさん曰く。

 義眼の核に使う宝石の色で目の色が変わってしまうのは仕方ないとのこと。グライブと相性の良い宝石がルビーかダイヤモンドだという話で、どうせ赤くなるならと、サンタナさんが一番良いダイヤモンドを用意したらしい。そもそもダイヤは無色透明だから、あの赤い色はグライブの血の色ということなのだろう。

 そして最後に、私はグライブのお尻あたりで視線が止まり、すっかり元通りになったグライブの真っ白い尻尾がふわりと揺れて、つい目で追ってしまう。


「もふもふ……」


 本当にふわっふわで、触ったら絶対に気持ちいやつだなぁ、なんて。じっと見ていれば、ユーデスさんと目が合ってしまい、私は慌てて洗濯物を干す作業に戻ったが、なんでこんなに恥ずかしいのか謎である。

 この世界に来て早数か月。最初のころの慌ただしさが嘘のように、毎日が平和で穏やかだ。

 この世界に慣れつつある私は、この穏やかな生活も悪くないなとは思っていた。

 とは言え、帰りたいという気持ちがなくなったわけではない。

 グライブが落ち着いたら、自分のことに取り掛かろうと、そう考えていたから。

 グライブは、もう十分に回復したと思う。彼を支えてくれる友達だって多い。私一人がいなくなっても、きっと誰も困らない。だって、私はもともとこの世界の人間じゃないし……。

 1人だって、大丈夫だ。

 洗濯物を干し終わり、私は伸びをしてから空を見上げる。

 青色を薄く伸ばしたような空は寒々しく、なぜか物悲しい気分になる。私は帰らなければならないのに、みんなの優しさに甘えて、この場所にすがってしまっていると自分で分かっていた。

 もう少しだけ、と思うのは甘えだ。分かっている。分かってるんだよ。

 どれくらい空を眺めていたのか、自分でもわからなかったけど。


「リオ」


 そう、ふいに低く優しい男性の声に呼ばれ、私は視線を声のほうへと向けると、そこにはグライブがいて、干したシーツの間から顔をのぞかせて私を見下ろしていた彼と目が合った。

 何かかわいい。

 しみひとつない真っ白な彼の体は本当に『純白』で、最近ますます筋肉が戻ってきた体は引き締まっている。白いシャツのボタンは中ほどまでしか留められておらず、彼の胸板がよく見える。毛で覆われているはずなのに、筋肉のシルエットがよく分かるのは、なんだか、うん。エロイ。

 よく分からないが、グライブって、エロイ? なに言ってんのか自分でもよく分からないな私。


「休憩?」


 私はなんだかよからぬことを考えそうな自分の思考を慌てて止めて、グライブを見上げて笑顔でそう返した。


「ああ。洗濯は終わったのか?」


 私の言葉にグライブもそう返事をくれて、彼も笑顔で私のそばに近づいてくる。その距離は約30センチ。私たちの物理的距離って、ちょっと近すぎやしませんか? と、思わなくもないのだけど、グライブとのこの距離感が、私は意外と嫌いじゃない。

 なんて、グライブを見つめていると、グライブは大きな手で私の髪をひと房掴み。


「だいぶ伸びたな」


 なんて穏やかな笑みを顔に浮かべる。

 そんな彼の行動や言葉に、その笑みに、私の胸が少し騒ぎ出す。そわそわと、私に教えるのだ。そして、私の心は悪魔のように、自分の欲望をささやくのだ。

 彼に触れたいとか、抱き着きたいとか、もうなんか色々と。

 だけど、私はその一切を『うるさい』と黙らせて、熱くなる頬も無視しながら何とか笑顔を向ける。


「グライブもだいぶ元気になったよね?」


 と、彼を見つめれば、グライブはおかしそうに。


「ははっ。最初の頃よりは、だいぶ見れるようにはなっただろう?」


 なんて、笑った。

 だけど、見れるようになんて、そんな控え目な言葉はおかしいと思うくらい、グライブはカッコいいと私は素直に思った。

 ゾンビからミイラに変身した過程はあれど、今はすっかり包帯も取れて、まさに白銀の狼の真の姿がここにある。

 大きな身長とそれに見合う大きな体、私の何倍も大きな手や口、その姿は間違いなく獣人であり、そして、何よりもその立ち姿が美しいひとだ。

 最初に出会った頃の彼とは似ても似つかないほどに、凛々しく、目を奪われるほどには魅力的だと思う。

 私がケモナーだということは置いといても、彼はとてもカッコいい獣人だと思う。


「でもグライブって、最初から優しかったよ。確かに、最初は食べられちゃうんじゃないかって思うほど怖かったけど、あなたの金色の目が、暖かい太陽みたいですごく安心できたんだ」


 私がそう言うと、グライブは目を丸くして見せた後、どこか照れくさそうにはにかみながら、私の頬をその大きな手で優しく撫でて来る。手の平には毛は生えていないから、やけに肌同士が触れる感触が気恥ずかしいが、グライブに撫でられるのは、実は気持ちよくて嫌いではない。


「俺にとっては、君の存在こそが太陽のようだ」


 撫でられる心地よさに目を細めていた私に、不意打ちのようにグライブがそう言って、眩しいものでも見るように目を細めて笑う。

 そのとたん、彼の言葉なのか、それともその表情なのか、それともその両方なのか、分からないけど、私は自分の両頬が熱くなるのを感じた。

 頬だけじゃない、なんだか耳や首、体まで暑くなってくる。

 落ち着き始めた私の心臓がまたうるさく騒ぎ出し、その音がグライブに聞こえてしまうのではないかと、ますます恥ずかしさを感じてしまう。

 まるでこのいい声で口説かれているみたいで、本当にたまらなくムズムズと身をよじりたくなる。


「いや~。どう見たって真っ黒いと太陽とは似ても似つかないってっ」


 なんて、自分の黒髪を使い、照れ隠しに茶化して見せるので精いっぱい。

 だけどグライブは、そんな私の言葉にもただ優しく笑うと。


「君は、本当に愛らしい人だな」


 なんて、爆弾を投下してくれた。

 もう無理っ! もう恥ずかしくてここに居られないっ!

 私は洗い終わった洗濯ものを入れていた籠を片腕で抱え、空いた手でグライブの背中を押しながら。


「きゅ、休憩するならちゃんと体を休めないとダメなのよ?」


 なんて、私は照れ隠しにぐいぐいと彼を押して、自分の前を無理やり歩かせながら、私は自分の熱くなる頬を必死で隠していた。





 今日がもうそろそろ終わろうとしていた。

 空には相変わらず美しい星が夜空を飾る。

 ドクとグライブ、そして私が夕飯を済ませ、それぞれの部屋に戻った後、私はシャワーを済ませるとベッドへと向かいながら、ふとサイドテーブルの上に置いてあったグライブからもらったショルダーバッグに目を留めた。

 もう使わないからと、彼から中身ごともらったものだ。

 カバンを見つめて、その外装をそっとなでてみる。

 長年、彼に愛用されていたおかげなのか、カバンは触り心地がよく柔らかで、あちこちに傷があったり、少し汚れていたり、でも大事に使われていたのだろうことはよく分かる。彼はとても物を大事にする人なのだろうと、なんとなく思う。

 彼と初めて会った時は、確かにもう使うことはないかもしれない、実際そうなる可能性の方が高かったかもしれないけど、今はもう違う。

 彼は生き残ったのだ。このまま元気になればまた旅も続けられる。そうなると、またカバンが必要になるはずだ。もしかすれば新しいものを買うかもしれない。新しいほうがいいと思うかも。

 でも、もしかすれば使い慣れたもののほうがいいって、そう思うかもしれない。


「返した方が、いいかな」


 そう考えたとたん、すごく寂しい気持ちが心ににじみ出てきた。

 だって、これを返してしまったら、グライブと一緒に居た思い出は何もなくなってしまう。記憶が消えるなんてことは早々あるものじゃないけど、現に思い出せないことだってあるのだ。絶対に忘れないなんて、誰が言えるだろう。

 一緒に居たいと思うのは、怖くて不安だから。でも、それだけじゃない気持ちが自分の中に芽生えているのももう分かってる。このままでは駄目だと分かってるけど、彼との思い出の一つくらいは残しておきたい。そう思うこともワガママだろうか?

 私は家族や友人のことを諦められない。グライブのことも忘れたくない。だけどその両方は選べない。それこそワガママだ。

 私は濡れた髪をそのままに、グライブのカバンをもって部屋を出た。





 グライブの病室の前まで来て、私はドアをノックした。すると、すぐに「どうぞ」と言う、グライブの返事が聞こえて、私は扉を開ける。

 中ではグライブがベッドに腰を下ろしこちらに顔を向けていて、私を見止めると、グライブは優し気に微笑んで見せて、私を部屋に招き入れてくれた。


「どうしたんだ?」


 そう言って、私を椅子に座らせるグライブに、私はなるべく笑顔で返して。


「あのさ。カバンを、ね。返そうと思って」


 そう言ってカバンを差し出す私を見つめ、グライブは私からカバンを受け取り、それをサイドテーブルの上に置いた。そして――。


「君には新しいものを送ろうと思っていたんだ。さすがに俺のお古じゃ申し訳ないと思ってな」


 そう言うと、グライブはサイドテーブルの下のほうにある戸棚から、少し大きめのカバンを取り出して、私に差し出してきた。いつの間に用意したのやら。

 クリーム色で、肩にかける紐とカバンの付け根辺りに赤いリボンがついていた。デザインはどちらかと言えば女の子っぽいもので、丸みのあるフォルムが愛らしい。

 どう見ても、グライブが持つには可愛すぎるものだ。


「実は、いつ渡そうかと思っていたんだが、君が俺のカバンを持ってきてくれて丁度、良かった」


 グライブはそう言うと、私に真新しいカバンを手渡して、にっこりと笑う。

 私のために、用意してくれていたのかと、私は目の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 初めて出会った時からそうだ。

 グライブは、私のことばかりを気にしてくれる。自分のことは二の次で。

 こんなに優しくしてもらえるほど、私たちはお互いを知りもしないのに、だけど、なんでだろうとはもう思わない。だって彼はお人よしだ。ドクやファランスさん、それにグライブのほかの友人たち同様、彼も信じられないくらいのお人よしなのだ。

 きっと私に騙されたって、私を責めやしないのだろうと、容易に分かる。

 心が弱っている今の私には、とんでもない威力だ。彼の優しさがダイレクトに揺さぶりをかけてくる。

 我慢しているこっちの気持ちもお構いなしだ。なんてひとだろうか。と、下を向いてしまう私に。


「ん? 風呂に入ってたのか? まだ髪が濡れてるじゃないか」


 グライブはそう言うと、私にまた背中を向けてサイドテーブルの戸棚の中からタオルを取り出し、それを私の頭にのせると、優しく私の濡れた髪を拭き始める。

 大きく温かい手で、くすぐったくなるほどに優しい手つきで、私が必死に耐えているモノを、簡単に引っぺがしてしまって……。


「すっかり頬も冷えているな。何か暖かい飲み物でも持って――」


 そう言って、今度は私に背を向けて部屋を出ていこうとするグライブに、私は『待った』という言葉の代わりに彼の背中に飛びついた。

 私が彼に飛びついたことに驚いてか、グライブは言葉を途中でやめて動きを止めていた。

 大きくて広い彼の背中は本当に暖かくて、私は我慢できずに涙がぽろぽろと零れ落ちてしまう。

 優しくされるのは怖い。だって、この優しさが、この温もりが、なくなってしまったら。そう考えるだけでも、自分が本当にちっぽけで弱っちい生き物だってことを思い知らされて、嫌になるのだ。

 だけど、こんな情けない私の姿にも何も言わずに、グライブはただ黙って私が落ち着くのを待ってくれていた。そして、ひとしきり泣いた後。


「リオ、少し話さないか?」


 そう言って、グライブは優しく私の拘束を解くと、私に視線を合わせて微笑んだ。

 グライブの言葉に頷いて、彼に手を引かれるまま私は彼の使っているベッドに腰を下ろした。そして、私が腰を下ろしたことを確認すると、グライブも私の横に腰を下ろして、私の手を優しく包み込むように握る。


「俺が旅をしていたころまで体力や筋力を戻すには、少なくともあと半年は掛かってしまうと思う」


 グライブは優しげな声でそう言うと、私の残っている涙をタオルに吸わせるように目元を拭う。


「それでも、俺は君の力になりたいと思っている」


 グライブはそう言うと、私をじっと見つめて真剣な表情を作り。


「だから、もう少し待っていてくれないか?」


 続けてそう言った。

 待つ? 私が、グライブを? そう疑問に思う私に。


「君は、俺を助けてくれた。ファラやドクから聞いたんだ。君が『奇跡の水』を探してくれたこと

を」


 そう言うと、グライブは私の頬に手を添えて、柔らかい表情を顔に浮かべる。


「俺にとっては、君の存在こそが『奇跡』そのものだ。許されるなら、俺は一緒に居たいと思っている。だから、君が帰るその日まで、俺のそばに居てくれないか?」


 その言葉に、私の胸が何かで溢れてしまうのではないかと思うほど、いっぱいになった。それは驚きでもあり、どこか期待にも似ていて、自分の願いを言い当てられたような、そんな感覚。

 本当に、私はそんなワガママを願ってもいいのだろうか?


「一緒に、居てくれるの?」


 私はあなたのそばに居ていいの?

 私の言葉にグライブは顔に笑みを浮かべて、しっかりと頷いて。


「君の帰る道を一緒に探したい。君の記憶を取り戻せるように、俺も一緒に方法を探そう。君がこの世界に居る間、俺が君を守ると誓う」


 そう言って、私の手を掴み、私の手の甲に口を付けた。


「だから、もう少しだけ、待っていてほしい」


 そう言って上目で私を見つめるグライブに、私は何度も頷いて見せる以外になかった。

 胸がざわつく。彼の言葉に、その声に、仕草の全部に、私の心臓が暴れるのを感じる。それは痛いくらいに自己主張をくり返し、私がいくら無視しようにも、それを許さないとばかりに騒ぎ立てる。

 彼の温もりが私の体温を引きあげて、彼の眼差しに体の真ん中が溶けてしまいそうで。

 もういい加減に、私は自分のこの気持ちを無視するのは無理だと思ってきていた。

 最初に感じたこの気持ちを、何とかごまかしながら過ごしてきたけど、もう無理だ。

 彼が死ぬかもしれないと、そう心の中で諦めていた部分がなかったわけじゃない。だから余計に、自分の気持ちには蓋をしておくべきだと、分かっていた。だって、認めてしまえば、私はとんでもない傷を負うことになる。

 それでも諦められないからこそ、私は彼が助かる方法を探して、すがって。

 こうして彼が生き延びてしまえば、私には自分の気持ちを誤魔化す理由がなくなってしまう。

 だけど、帰ろうとしている異世界人の私が、現地の人にこんな思いを抱くなんて、これでは結局バッドエンドまっしぐらでは?

 そうは思っても、自分の中に芽生えた気持ちを認めてしまえば、後はもう堕ちるだけである。

 気持ちを押さえつけて思い通りに操れるなら、問題なんて何も生まれないのに。

 異世界人で、私よりも遥かに寿命が長く、おまけに種族まで違うっていうのに……もう仕方がないかもしれない。

 私がグライブに『恋』をするなんて、これは、雨が降れば濡れるのと同じくらいに、必然的でどうしようもないことだったのだ。

 だって、あれほど優しくて、暖かくて、私のことを考えてくれるひと、他に見たことがない。もちろん両親以外と言う意味だが。

 おまけに、カッコいい獣人。

 少なくとも、私は魅力的な彼を前に、これ以上自分の気持ちを隠し通せる気がしない。

 そう思い知らされた今日が、そろそろ終わろうとしていた。



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