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人殺しには花束を 〜贖罪人たちの青春挽歌〜  作者: まじりモコ
一話 入寮
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クロワ覚醒


 一匹でも恐ろしかった異形の怪物が七体。それが軒並み迫る本能的な恐怖に身震いする。


「戦う……。あんなのと、どうやって」


 かなめは動揺を隠しきれず少年を見返した。自分が何を求められているのかも分からず、困惑ばかりが先に立つ。ピアスの目立つ少年は、剃り込みの入った眉を歪めてかなめの背中辺りを指差した。


「はあ? その袋の中身がお前の武器だろ? さっさと出しやがれっ」


 指の先にはかなめの背負う竹刀袋がある。要はその中身を知らない。渡されたものを持ち歩いていただけだ。今にも掴みかかってきそうな少年の剣幕に圧されながら要は革製の袋を降ろした。それをひったくろうとする少年との間に、紗枝さえが割って入る。


「まあまあ、諫戸いさどくん落ちついて。声がうるさいわ。ごめんね要くん、それ藤沢ふじさわさんから渡されたものよね。出してみて」


 優しく促されてかなめは袋のベルトをほどいた。中に手を入れ触れたそれを引っ張り出す。それは一メートルほどの長さをした剣だった。


(こんなのが入ってたのか)


 重たいはずだ。改めて柄を握るとずしりと鉄の重量を感じる。鞘から引き抜くと、刃こぼれ一つ無い両刃の刀身が現れた。柄も鍔も飾り気のない、簡素な剣だった。


「まあ、とってもシンプルなのが出てきたわね。要くん、様子がおかしいけれど……クロワは使えるのよね?」


 紗枝さえが不安まじりに確認してくる。しかし要は、彼女の問いを正しく理解できなかった。


「クロワって?」


 素直に漏れた言葉に、大きな舌打ちが響く。びっくりして諫戸いさどを見ると、彼はかなめではなく虚空を睨んで地団太を踏んでいた。


藤沢ふじさわあの野郎! 俺たちに丸投げってか、くっそっ! ──こっちは俺が足止めする。風杖かざえはそいつ使えるようにしろ!」


 持った大剣を素振りながら目前に迫りつつあるコレールを睨む。紗枝さえは彼の怒鳴り声にも慣れた様子で問いかける。


「ここは先に、二人で殲滅せんめつするべきじゃない?」


「そいつ使いもんにならねえと意味ないだろ! もうギャリッグウールも終わる時間だぞ!」


「……そうね。明日まで持ち越し、というわけにはいかないものね。じゃあ、こっちは任せて諫戸いさどくん」


 返答を聞くか聞かないかで諫戸いさどは駆けだした。要たちから離れた所で大剣を思い切り地面に突き立てる。その衝撃に呼応するように地面が盛り上がり諫戸いさどごとコレールたちを要たちから切り離した。


 土壁に遮られ、向こう側の様子が分からない。


「大丈夫ですか、あの人」


「平気よ。諫戸いさどくん、ああ見えて攻めより防衛戦のほうが得意なの。低級相手なら何匹いても大丈夫。さあ、私たちもはじめましょう」


 紗枝さえはニコニコと緊張感を感じさせない笑顔を見せる。手早く要の背負ったリュックを受け取って中身を漁り始めた。


かなめくんは藤沢さんから何も聞いてないということでいいのかしら」


 何かを探しながら質問してきた。かなめ玖楼くろうの説明を思い出す。


「寮に行って、説明受けて、コレールと戦えと」


「それだけ?」


「それだけ」


「……それだけでここまで来ちゃう要くんは大物だわ。それにしても、すごく投げられたものねぇ。──じゃあ、ご期待にそえるように頑張っちゃわないとかしらね。まずクロワのことを教えるべきでしょう。クロワのこと、何か聞いてる?」


 問われてもう一度考えるが、やはり思い当たるものがない。要は首を横に振った。


「ならそこからね。クロワはコレールを倒すことのできる力よ。うち寮に集まってる子にしか使えない、特殊な力。クロワを発現させ人間の条件は──今はいいでしょう。諫戸くんが大地を操ったり、私が植物を操れるのもクロワの力よ」


 紗枝さえが片手でハンマーに触れる。するとコンクリートの割れ目から細いつたが急速に伸びて来る。ハンマーから手を放すと、蔦は枯れてしまった。


「私たちは特殊な素材でできている武器を通してクロワを使う。要くんの持ってるその剣も、そのはず────あっ、あったわ。これ」


 宝物を掘り当てた飼い犬の様に笑顔を輝かせ、紗枝さえがリュックから顔をあげた。その手にはオレンジに発光する液体の入った小瓶を持っていた。


「さあかなめくん。飲んで」


「はぇっ?」


「飲むのよ。ぐいっと」


 顔に押し付けんばかりに小瓶を突き出してくる。玖楼くろうから「君は本当にぼんやりしてるなあ」と言われた要でも、さすがにこれが一般的な飲料物でないことは分かる。絶対に体に悪い。だってすごく光ってる。ネバっとしてる。


「……それを?」


 念のために尋ねた。しかし紗枝さえは当たり前だというように、笑顔のまま不思議そうに首をかしげる。


「他に何かあるの?」


「…………」


「ああ、これはクロワを発現させるお薬よ。寮の子はみんな飲んでいるから、平気よ。予想通りおいしくないわ。コツは一気にいくこと。分けて飲もうとすると喉が拒絶しちゃうから」


 紗枝さえの笑顔は崩れない。勧める手も下がらない。まだ躊躇ためらいがあったが、諫戸いさどのいる方から壁越しに轟音と土煙が届くので、かなめは意を決して小瓶を受け取った。


 手の平に収まる小さな瓶。しかしその存在感は計り知れない。要はコルクを抜いて、思考を放棄し中身をあおった。


「ゴフッ」


 嚥下えんげした直後に鼻を突き抜けた異臭。たまらずかなめは咳き込んだ。遅れて舌のしびれる感覚と喉に貼りつく不快感が全身をあわ立たせる。


 不味いという次元ではなかった。人体を破壊する兵器を胃に入れてしまったような恐怖と後悔があった。


「思い切りがいいのね。はい、お水でお口直し」


 差し出されるペットボトルの中身を半分まで一気に飲む。それで口の中の異常はちょっとマシになったが、まだ全身から脂汗が出ている。身体が奥底から熱くなっているのが分かる。熱に浮かされるようで、気持ちが悪い。ぼんやりと漂泊しだした思考に、紗枝さえの柔らかな声が届いた。


「苦しいかもしれないけれど、平気よ、みんなそうなるものなの。さあ、武器を構えて。クロワを使ってみて?」


 額に浮かぶ汗を拭いながら、渡された剣の柄を両手で握り締める。しかし何も起こらない。


「……? どうしたら、使えますか」


「えーっと……。私、最初から感覚で使ってたのよね。たぶんこうっ、湧き出て来るのをそのままぶわーってやるといいのよ」


「…………」


「ぐわっっと出てくるのを、ぶわーって」


 ますます分からなくなった。かなめなりに助言に従おうとするが、ただ身体の重みが増すだけで、不思議なことなど起こらない。力など湧いて来るわけもなかった。


 どうすれば期待に応えられるか分からず、わけも分からないまま重たい剣を素振りしていると、壁の向こうでひと際大きな音が響いて爆発した。飛び散る土砂と共に、跳び退ってきた諫戸いさどが二人の横に着地する。微かに盛り上がりだけを残した土壁の残骸の向こうには、四体のコレールがひしめいていた。コレールたちはまだ壁の向こうで諫戸いさどを探しているようだ。


 鈍い金髪を振り乱した諫戸いさどが二人を一瞬だけ振り返る。


「クロワ使えたか!? っんかわけ分からん説明聴こえてたが!」


「それが、お薬は飲ませたのだけど……。ねえ諫戸くん、私たち、最初にクロワを使った時って、どうしてたかしら。もう二年も前のことだから、感覚を忘れてしまったのよね。私の説明じゃ伝わらないみたいで」


「っんのボンクラ! これだから感覚派の天才肌はっ」


「? 急に褒めるなんておかしな諫戸いさどくんね。ところでぼんくらって、何かしら? 凡……倉?」


「えー……」


 今の言葉に褒める意図はなかったはずである。皮肉が通じていない。それだけは二人の性格をよく知らないかなめにも分かった。諫戸いさどは苦い顔をしながらも言及するつもりはないのか、今度はかなめへだけ視線を向ける。


「お前……かなめっつったか? 使えねえのかクロワ」


「はい」


「チッ」


 正直に答えたら舌打ちされた。人間がこっちにいると気づいて方向転換し始めるコレールへ刃を向けながら、諫戸いさどは苦虫を百杯噛み潰したような顔でもう一度舌打ちを鳴らす。


「おいかなめ、いいかよく聞け。まずは目ぇつぶれ」


 四体のコレールが我先にと迫るなか、諫戸いさどは低い声でそう指示してきた。要が戸惑いつつもその指示に従うのと、諫戸いさどがコレールの群れへ飛び出すのは同時だった。


「自分の姿を意識しろ! そっから沈んでくんだっ、水ん中、泥ん中、そういう中を下へ落ちて行くのを想像しろ!」


 視界を閉ざした真っ暗な世界に、鉄が固い物とぶつかる音とそんな声が響いてくる。戦っているのだ。そう思考の端で感じながら、要は言われた通り想像した。


 自分は深い海の中にいる。現実が夜だからか、辺りは暗く、日は差し込まない。その中を背中から沈んでいく。潜るというより、引っ張られるように落ちていく。口からゴポゴポと空気が洩れたが、不思議と苦しくはない。


「そしたら奥底から光が差すはずだ! なんか一色、色がついた光だっ。それに手を伸ばせっ光はどんどん近づいて来る!」


 背中がにわかに温かくなる。要は想像の中で振り返った。そっちは海の底だ。確かに一筋の光が差している。しかし一色ではない。代わる代わる色を変える、虹かタマムシみたいな光。かなめはそっちへ思い切り腕を伸ばした。


「確実に掴め! それがお前のクロワだ!!」


 手に何かが触れた気がしてそれを握りしめた。にわかに手の中が温かくなる。そのイメージが現実と交差する。手の中に握ったままだった剣の柄が熱を帯びた。


 眼を開く。気分が高揚している。理論など知らない。だが掴んだという確証がある。


 かなめは本能の命じるままに、剣へ力を込めた。




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