少女たちの夜・2
ソファーの上で毛布を被り、アンカルヤはまどろんでいた。
テントの中は、かろうじて足元が確認できる程度の明るさしかない。テントを照らすランタンには、調光用に金属製のカバーが付いている。それを使って明るさを絞っているのだ。
薪ストーブから、時折パチパチと薪のはぜる音が聞こえてくる。テントの外からは、何の音も聞こえてこない。
とても静かだった。
アンカルヤは、何となくロフトの方に目を向けた。ここからでは見えないが、あの上のベッドでリフィリシアが眠っている。
姿が見えないとはいえ、同じテントの中で女の子と夜を過ごしているということを意識すると、アンカルヤは心が落ち着かず、なかなか寝付けないでいた。
起きているのか寝ているのかわからない状態でぼんやりしていたアンカルヤは、ふとロフトの上から聞こえる音に気がついた。それは声のようであったが、よく聞こえない。
「リフィリシア?」
寝ている女の子に許可なく近付くことには後ろめたさを感じるが、それでも心配の方が勝った。
アンカルヤはロフトの上に続く階段はしごを、音を立てないようにそっと登った。
サイドテーブルの上の小さなランプに照らされた、天蓋付きのベッド。
その上で、リフィリシアは丸くなって泣いていた。
「お母さん、お父さん。おばあちゃん。会いたい、会いたいよ。寂しいよ。怖いよ、誰か助けて……」
アンカルヤは、自分の愚かさに唇を噛んだ。
「私は、何をやっているのだ」
同じテントの中にいるのに、彼女に孤独を感じさせてしまっている。
自分が男だからとか、そんな事を気にして彼女から距離をとってしまっていた。
もちろん、自分が彼女の家族の代わりになれるとか、孤独を忘れさせることができるとか、そんな図々しいことは思っていない。
それでも、すぐ近くに誰かがいるということが、孤独と不安を慰めてくれることはあるだろう。
アンカルヤは、リフィリシアの肩にそっと手をおいた。手の平の中で、彼女の小さな肩がピクリと震えた。
「アンカルヤ……さん?」
驚いた様子でアンカルヤを見上げるリフィリシアの顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
彼女は慌てて顔を寝間着の袖でゴシゴシと拭い、ぎこちない笑顔を作った。アンカルヤに、心配をかけまいとしているのだ。
胸が締め付けられる思いだった。
この少女は、まだ中学生の女の子だ。
家族や友人に囲まれて、何の心配もなく幸せに笑っていなければならない存在なのだ。
それがどうして、こんな辛い思いをしなければならないのか。こんな表情をしなければならないのか。
彼女をこの様な状態に追い込んだ全てに、アンカルヤはやり場のない憤りを感じた。
「リフィリシア。もしよかったらだが、私もここで眠って構わないかな?」
「えっ?」
「あっ、ここといっても、ベッドではないよ、もちろん。ここに私の寝袋を持ってきて隣で、ということだ。近くに人がいると眠れないというのなら仕方がないが、できれば今のキミを一人にしたくない」
リフィリシアは小さく頷いた。
「……そう、ですね。おねがいしても、いいですか?」
「では、用意をするので少し待っていてほしい。すぐに戻る」
ロフトを降りたアンカルヤは、テント奥の収納スペースに向かう。そして雑貨用のチェストの奥から寝袋を取り出した。このテントにソファーやベッドを設置する前に使用していたものだ。寝袋といっても質は高いもので、寝心地はソファー以上のベッド未満だ。
それからバスルームの給湯器の湯でタオルを濡らして固く絞ると、それを持ってロフトの上に戻った。
ベッドの上で体を起こしてぼんやりとしていたリフィリシアに、アンカルヤは絞ったタオルを手渡す。
「これで顔を拭くといい。蒸しタオルを用意したいところだが、あれは時間がかかるのでね。ヌルいがこれで我慢してくれ」
「いえ、十分です。ありがとう」
タオルを受け取ったリフィリシアが顔を拭いている間に、アンカルヤは寝袋の用意を始めた。
ベッドのすぐ横に、寝袋を広げる。
「それでは、もう寝ようか。あまり夜更かしが過ぎて、寝過ごしてロウギスを待たせてしまっては悪い」
「はい。そうですね」
アンカルヤはリフィリシアからタオルを受け取ると、それをバスルームの方へ投げ捨てた。ロフトの上からは、バスルームの中が丸見えだった。
「あ、寝袋には私が――」
「そういうのはいいから」
立ち上がろうとしたリフィリシアを、アンカルヤはベッドに押し戻した。想像以上に軽いその感触に、彼女の胸が痛んだ。
どうしてこんな小さな女の子が、こんな思いに苦しまなくてはいけないのか。
「今夜はずっと側にいるから。私では頼りないかもしれないが、今日はもう、安心しておやすみ」
この世界の理不尽に対する憤りをグッと飲み込み、アンカルヤは無理矢理に優しい笑みを作ってリフィリシアに向けた。




