少女たちの夜・1
床の上で自分の鞄を開き、荷物の整理を行っているリフィリシアに、アンカルヤは尋ねた。
「さて、リフィリシア。今日はもう休もうという話だったのに、長々と話し込んでしまった。今日の夕食はどうする?」
「そういえば、お昼も食べていませんね。朝が重かったので、あまりお腹は空いていませんが」
確かにあの鍋は味と量、共にキツかった。明らかにロウギスサイズの大男を前提とした料理だった。
「まあ、野菜が多かったのは救いだな。あれが全て肉だったらと思うと――」
うっかり想像してしまい、胃がもたれる。
明らかに食べ過ぎだ。
だが、多いから残すという選択肢はない。
不安定な今の状況では、次の食事をいつ口にできるかもわからないのだ。当分食事を摂ることができない状況に陥る可能性も、低くはない。
無理をしてでも、食べられるときに、食べられるだけ食べておく。それは冒険者の鉄則であった。
「そういえば、あの鍋に入れていた野菜はどこで入手した物だ? まさか森の中で見つけたのかい?」
「いえ。私の持っていた食料ストックの全てです。食料は節約したい状況ですが、生野菜のような生鮮食料品はそうもいきませんから」
「確かに、出し惜しみして腐らせてしまっては本末転倒だからね」
「それで夕食なんですが、あの、あれをお願いしてもいいですか?」
リフィリシアが恥ずかしそうに、チラチラとアンカルヤに視線を送る。
「ん? 何を?」
「朝に見せてもらった、あの焼き菓子です。一口、食べてみたいかな、と……」
「あれかー」
お薦めはできないと念を押した上で、一枚を半分に割ってリフィリシアに差し出した。
ワクワクした様子で、それを口に入れたリフィリシアだが――。
「……」
少女の顔から、表情が消えた。
続けて残りの半分を口に入れたアンカルヤの顔からも、表情が消えた。
『誰もが真顔になる美味しさ!』
そんなキャッチフレーズが、アンカルヤの脳裏に浮かんですぐに消えた。
ロングコートをクローゼットに収納しながら、アンカルヤはリフィリシアに注意事項を伝えた。
「錬金関連のスペースとロフト下のクローゼットには近付かないこと。危険な物が無防備に置いてあるからね。後は好きにしてくれて構わない。わからないことがあったら、なんでも遠慮せずに聞いてくれたまえ」
この先もリフィリシアとこのテントを共用するなら、そういった危険物の保管場所も考え直す必要があるなと、アンカルヤは思案した。
「あの、だったらシャワーとかって、あります?」
「ああ。奥の衝立の所がバスルームだが」
「バスルーム、お借りできますか?」
「えっ? ああ、構わないが――」
ありがとうございますと無邪気な笑みを浮かべるリフィリシアに、アンカルヤは自分が男子高校生だということを彼女が忘れていないか心配になった。
「だが、できれば明日の朝にしてもらえないだろうか?」
「えっ?」
「見ての通り、バスルームといっても、単に間仕切りの衝立でパーティションを区切っただけのスペースだ。キミが利用している間は、私はテントの外で待機することになる。だが、もう外は日も落ちていて危険だからね」
「えっと、わざわざ外に出てもらわなくても、私は平気ですが」
ああ、これは自分は男と認識されていないな。
アンカルヤは、どう言えばリフィリシアがそのあたりのことを理解してくれるのかと頭をひねった。
それはそれとして、中学生の女の子が何日も森の中を歩き続けていたのだ。一刻も早く、お風呂に入りたいという気持ちも理解はできる。
「そうだ、いいものがある。ちょっと待っていて」
アンカルヤは腰のベルトポーチを開き、浄化薬の入った群青色の小瓶と、小さな白い小瓶を手に取った。瓶は持ち運ぶときの振動で割れないように、緩衝用の布で包まれている。
「この青い小瓶は浄化薬。体や衣服の汚れを落とす他に、病気や呪いにも効果がある。今日のところは、入浴の代わりに使うといい。白い小瓶は治癒薬。死んでいない、薬を飲むことができる。この2つの条件さえ満たしていれば、どんな怪我を負っていても完全回復が可能だ。ついでに、これも持っておくといい」
二つの小瓶を差し出したアンカルヤに、リフィリシアはギョッとして両手を振った。
「待ってください! それって、どちらもすごく高価なアイテムでは? 受け取れません!」
「確かに高価ではあるが、こんな無人島でお金に価値はないだろう?」
「お金に価値がなくても、薬には価値があります! わかりました、シャワーは明日お借りします」
そんなに必死に拒否しなくても、とアンカルヤは思った。
しかし、リフィリシアにも譲れない何かがあるらしかった。
「ふむ。だが、使う使わないは別として、キミにはこの薬を持っていてもらいたい。いざというとき、この小さな小瓶がキミの生死を分けるかもしれないのだから」
「それは……そうですが」
「高価な薬を譲り受けることに抵抗があるなら、これはリフィリシアに預けるということにしよう。もちろん、キミの判断で自由に使ってくれて構わない。そしてキミが同等の魔法薬を手に入れたら、そのときに返してもらう。それでどうかな?」
リフィリシアはまだ断る理由を探している様子だったが、少しの間を置いて、ゆっくりと手を差し出した。
「わかりました。お預かりします」
「うん。そうしてくれたまえ」
アンカルヤはリフィリシアの小さな手に、そっと2つの小瓶をのせた。
魔法薬を受け取ったリフィリシアは、とても丁寧な手付きで小瓶をローブの内ポケットに収めた。
二人がいろいろと話しているうちに、ずいぶんと時間が経っていた。
テントの内部には窓も時計もないので正確な時間はわからないが、もうそろそろ明日に備えて床に就くべき時刻だろう。
「では、今日はもうお互い寝る用意を済ませて、休むとしよう。私はソファーで構わないから、キミはロフトの上のベッドを使いたまえ。他人のベッドは落ち着かないだろうが、あまり使用していないから気にしないでほしい」
「いえ、お構いなく。私は自分の寝袋を使いますから」
この期に及んでまだ遠慮する気でいるリフィリシアに、アンカルヤはそこまで気にしなくていいのにと思いながら尋ねた。
「その寝袋、ノミやシラミよけの付呪は?」
「えっと……」
言いよどむリフィリシアに、アンカルヤはロフトの上を指差した。
「ならベッドだ」
「いけません! 家主を差し置いて私がベッドを使うなんて」
「いや、いいのだ。ベッドは私には快適すぎるので、普段から睡眠にはソファーを利用している。どのみち私はベッドを使わないのだから、気にせずキミに使ってもらいたい」
「そういうこと、でしたら……」
リフィリシアは渋々といった様子で頷いた。
女の子と二人きりで過ごすという初めての経験に、アンカルヤはリフィリシアとの距離感がつかめずにいた。そのため、どうしてもコミュニケーションがぎこちないものとなってしまう。
アンカルヤはロフトの上に繋がる階段はしごを登るリフィリシアの後ろ姿を見ながら、彼女に気付かれないように小さくため息をついた。




