ロウギス
ロウギスは傭兵鍋の三杯目を自分の椀によそいながら、これまでの出来事をアンカルヤに語った。
彼がこの島に現れたのは、今日から五日前。アンカルヤよりも三日早かった。
最初は彼も混乱した。
だが、自分が王冠物語のプレイヤーキャラクターになっていることに気付いたロウギスは、この森が迷宮島である可能性が高いと判断し、すぐに迷宮の入口に向かうことを決めた。理由はアンカルヤと同じで、そこに行けば他の人間に出会えるかもしれないと考えたからだ。
「そうだ、アンカルヤ。もう一つ聞いておきたいことがあったのを思い出した。キャラクターでもプレイヤーでもいい。この森に来る前後の記憶はあるか? 直前まで、どこで何をしていたとかだ」
「それもないね。その記憶があったら、貴重なヒントになっただろうに」
「そうか。そこも、俺たちと全く同じというわけだな」
初日は森の中をさまよった以外には特に何事もなく、エンチャントテントで夜を過ごした。夜の暗さと寒さを目の当たりにして、彼もアンカルヤと同様にテントの機能と性能に心の底から感謝した。
そして二日目。迷宮島中心の火山を視認したロウギスは、太陽の位置から自分が島の南西部にいることを把握し、北東への移動を開始した。
昼前頃、ロウギスは奇妙な三人組を見かけた。彼等はロウギスに気が付いていなかったので、声を掛けて呼び止めようとした。
しかし、すぐに思い止まる。
三人の雰囲気が、少し気になったからだ。
「雰囲気が気になる?」
「ああ。具体的にどういうことかと聞かれると、答えにくいが。三人共若い男で、見栄えは良かったように思う。だが気配が軽薄というか――どこか、地元の不良連中に似た感じがあった。あまりお近づきにはなりたくない、そういう雰囲気だ」
「なるほど、何となく分かるよ」
そして不審な三人組を見送ったロウギスは、その日の午後、今度は何かの腐乱死体に出くわす。すでに形は崩れていたので何の死体かは分からないが、大きさは人間に近かった。周囲には身の危険を感じるほどの強烈な腐敗臭が漂っていて、とても近付けなかった。
「それは近付かなくて正解だろう。下手をすると疫病系のデバフ(ゲームにおけるキャラクターに対する弱体化効果の総称)を受けていたかもしれない」
「ああ。だが明日は我が身だと思うと、流石にゾッとした。この森を侮っているつもりはなかったが、まだまだ認識が甘いと思い知らされた」
「そんなことが、あったんだ」
この話はリフィリシアも初めて聞くのか、顔を青くしていた。
翌日もロウギスは歩き続けたが、その日は一日を通して何事もなく終わった。
そして二日前、アンカルヤがこの森に現れた日だ。
この日、リフィリシアも同様にこの森に姿を現した。
突然この森の中に放置されたリフィリシアは、訳もわからずパニックを起こし、その場に蹲って泣き叫んでいた。
「もう、ロウギスさん。そういう事は言わなくていいです!」
自分の恥ずかしい話を暴露されたリフィリシアは、唇を尖らせて口の軽いロウギスに抗議した。
「だが、その泣き声のおかげで、俺はリフィリシアに気が付くことができた。もし泣き声が聞こえなかったら、気付かず素通りしていただろう」
不審な三人組を無視したロウギスも、泣いている女の子を無視することはできなかった。
運が良かった。
まだゲームを初めて間もないリフィリシアは、レベルも低く装備も貧弱だ。一応、エンチャントテントも所持していたが、付呪の効果は簡単な防水と保温のみ。ないよりはマシだが、この森の夜を越えるには余りにも心もとない。
彼女が初日のうちに、高レベルキャラで野営装備も充実していたロウギスに保護されていなければ、今頃どうなっていたかわからない。
本当に運が良かったという他ない。この世界に来てすぐに、親切なプレイヤーと出会えたのだから。
その日の夜、ロウギスは自分のテントにリフィリシアを招き、今後について話し合った。
そして共に迷宮を目指すことを確認する。
翌日からは二人旅だ。ロウギスはリフィリシアの歩幅合わせて、のんびりと足を進めた。
ところがその日の午後、ロウギスたちは一匹のゴブリンと不意に遭遇した。
驚いたロウギスが反射的に抜いた剣の一振りがゴブリンの首に命中、一撃で絶命させた。
ロウギスは初めて感じる生き物を剣で切りつける感触に、しばし呆然とした。
だが彼は、すぐに平静を取り戻す。
のんきに放心している場合ではなかった。
ゴブリンは通常、群れで行動する。この周辺に仲間のゴブリンがいる可能性は高かった。
ロウギスは彼と同じく呆然としていたリフィリシアを小脇に抱え、脱兎の勢いで駆け出した。
幸いにも、他のゴブリンに遭遇することはなかった。
そして太陽が西に沈む頃、ロウギスたちはこの川を見つけた。そして、川の近くに設置された小さなテントも。
「昨日? ならばそのときに声をかけてくれればよかったものを」
「声はかけたさ。聞こえなかったか寝てたかは知らんが、返事はなかった」
「ああ、それは悪かった」
内部空間を拡張しているエンチャントテントは、内部と外部の空間的な繋がりが希薄なため、外部の物音が内部に伝わりにくい。
そのせいで、アンカルヤはテントの外のロウギスたちに気が付かなかったのだ。
「呼び鈴くらい、あってもいいと思うんだがな」
「ゲームでは、他人のテントを訪ねるなんて状況はなかったからね」
そのテントにロウギスが手を触れると、分厚いゴムの塊に触れたような感触がした。付呪でかなり強化されているテントの質感だった。
これでテントの所有者は高レベルのプレイヤーだと察することができる。
エンチャントテントはゲームのプレイヤーにとっては必須アイテムだが、この世界ではとても珍しいもので、滅多と見かけるものではない。それはエンチャントテントの所有者とゲームのプレイヤーをイコールで結んで間違いないくらいに。
そしてエンチャントテントはゲームを進めていくほどに強化され、多機能化する。
つまり、高性能なエンチャントテントの所有者は、王冠物語の高レベルプレイヤーなのである。
「敵か味方か、善人か悪人か。それが問題だった」
友好的な高レベルプレイヤーならぜひとも仲間に迎えたいところだが、敵対的な高レベルプレイヤーだと最悪だ。
ロウギスは以前見かけた不審な三人組を思い出して悩んだ。最悪、このテントが連中のものである可能性もあるのだ。
自分一人ならまだしも、今は少女を連れている。
安易にリスクを負うことはできなかった。
判断の決め手となったのは、テントの大きさだ。
アンカルヤのテントは、ゲーム開始時に初期装備として所持している最も小さなものだ。殆どのプレイヤーは、より上位のテントを入手した時点でこれを手放す。ところがこのテント、実は再入手が不可能なユニークアイテムなのだ。
そしてゲーム内で最小最低機能のテントは、ゲームの中盤以降に解禁される内部拡張の付呪を施すことで、ゲーム内で最小最高機能のテントに変化する。
このことを理解していて、あえて初期アイテムのテントを手放さずにゲームを進めるのは、かなり王冠物語を遊びこんでいる者のプレイングだ。
ゲームの遊び方には、プレイヤーの性格が出る。
雑な人間はプレイも雑だし、几帳面な人間はプレイも几帳面だ。
ロウギスもノリと勢いでゲームを進めて、後で後悔したことは多い。
そして、このテントの所有者は計画的に物事を進める慎重な性格の持ち主だと、彼は推測した。実際、アンカルヤが装備品も含めて極めて計画的に育成されたキャラクターであることは事実だ。
慎重で計画的な性格の人物であれば、今のような状況でプレイヤー同士が諍いを起こす愚を理解できないはずがない。
それはロウギスの「そうであってほしい」という願望も多分に含まれる推測であったが、彼はそれに賭けることにした。
そしてロウギスは、このテントの所有者とコンタクトをとることを決めた。
「雑な判断だ」
「まあ、大雑把な性格なものでな。それに結果を見れば、大正解だろう? 俺とリフィリシアは、こうしてお前と出会えたのだ」
ロウギスの言葉に、リフィリシアもウンウンと頷いている。
「それはどうも」
アンカルヤは少し頬を赤くして、二人から目をそらした。
「だが、私が先に目覚めていたら、どうするつもりだったのだ? いきなり眼の前に知らないテントがあったら、私でも警戒するぞ?」
「うん? ああ、ここにテントを設置したのは今朝だ。朝食の準備のためにな。夜はここから少し離れた森の中で野営していた。お前が早起きしていたら、俺達の存在には気が付かなかっただろう」
「なるほど、その程度の警戒はしていて当然か」
もしアンカルヤの方が先に起きていたら、ロウギスたちの存在に気付かずに出発していた可能性もあるのだ。
結果を見れば、今朝は寝過ごして正解だった。




