三日目・1
朝食の準備も整い、三人は焚き火を囲んで地面に腰を下ろした。
「さあ、熱いから気をつけろ」
大男がアンカルヤから受け取った木の碗に鍋の中の汁物を注ぎ、彼女に返す。
碗を受け取った彼女は、その中身を見て少し意外そうな顔をする。
「これ、傭兵鍋だろう? そのわりに野菜が多いな」
「何だ、野菜嫌いか? 子供か?」
大男のからかうような口調に、アンカルヤは小さく首を振る。
「いや、傭兵鍋というと肉料理という印象があるだけだ」
傭兵鍋はエイラアルの北部から中部にかけての郷土料理の一種だ。その名の通り、傭兵たちが屋外で活動する際に、不味い携帯食料を少しでも美味しく食べられないかと考案した野外料理である。干し肉やベーコンなどでスープを取り、とりあえず携帯食料は何でも煮込み、味付けは大量のスパイスをぶち込むことで誤魔化すという、とても雑で大雑把な料理だ。
熱々のスープと大量のスパイスで痺れた舌を、ぬるいエールやミードで洗い流すというのが定番の楽しみ方だ。
寒冷地方の野外料理だけあって、体を暖める効果が高いのも特徴だ。
「さあ、熱いうちに食うとしよう」
大男は自分の碗に豪快にかぶりついた。
少女の方は、匙でスープをすくい、フーフーと冷ましながら口に運ぶ。仕草が可愛い。
アンカルヤも湯気と共に立ち上る強烈な香辛料の香りにむせそうになりながら、二人に続いて椀に口をつける。スープは舌が火傷しそうな味と熱さであった。
「ところで、自己紹介は誰から始めるのだ?」
アンカルヤの問いに、大男が碗から顔を上げた。
「そういえば、そういう話だったな。まあ、提案した奴からだろう。俺はロウギス。見てわかるだろうが、北方の傭兵だ。出身はサウゴで、地元では少しは知られた名だ」
身に纏う風格が見掛け倒しでなければ、少しというのは謙遜だろうとアンカルヤは思った。サウゴという土地のことは知らないが。
「ちなみにレベルは83だ」
王冠物語のレベル上限は99で、ゲームのクリアに必要なレベルは45前後。83というのは、かなりの高レベルだ。
「で、この小さな嬢ちゃんが――」
ロウギスから視線で促された少女は、匙を碗に置いて、アンカルヤにペコリとお辞儀する。
「はじめまして。私はリフィリシアです。レベルはすごく低いけど、一応魔術師です。よろしくおねがいします」
再びペコリと頭を下げる。いかにも日本人的な仕草だった。
緊張のせいか、言葉も動きも少しぎこちなかった。
そしてリフィリシアという名前には、少し気になるところがあった。名前の雰囲気がどことなくエルフっぽいのだ。
二人の自己紹介を受けて、アンカルヤも自分の名前を伝える。
「私はアンカルヤ。中央神殿で死の女神リカノアに仕える審問官だ。レベルは70。よろしく。それと、この口調については気を悪くしないでほしい。普通に話そうとすると、何故かこの様に偉そうな口調になってしまうのだ」
「それは俺も同じだ。気にするな」
「シンモンカン? そんなのゲームにありました?」
リフィリシアが可愛く小首をかしげる。
「いや、バニラには存在しないクラスだな。確か、イギリスのMod制作者が作って公開していた追加クラスだったか?」
「ああ、待て待て!」
アンカルヤが手のひらを前に出して、会話の流れを断つ。
「皆、当たり前のように話を進めているが、一応確認しておきたい。我々、三人、全員、王冠物語のプレイヤーなのだな?」
二人は揃って頷いた。
「俺はこう見えてもロサンゼルスのパン屋の店主でな。傭兵なんて柄ではないのだが」
「私は、日本の中学生です」
だろうなと頷き、アンカルヤも素性を明かした。
「私もリフィリシアと同じ日本出身だ。高校生だから、キミよりも少しだけ年上だな」
「アンカルヤさん、日本の人だったんですか?」
リフィリシアが驚きに目を見開いている。
「でも、嬉しいです。こんな所で私と同じ日本人の女の人に出会えるなんて!」
アンカルヤはリフィリシアの言葉に焦った。そして慌てて彼女の誤解を訂正する。
「ああ、いや! ちょっと待ってくれないかな。確かに私は日本の出身だが、男子だ」
「え? なに? お前、男なのか?」
ロウギスが面食らっている。
「そうではない! このキャラクターは女性だ。男なのはプレイヤーの方だ」
「ああ、なるほどな。この状況では、性別が入れ替わってしまう奴がいても珍しくないのか」
「珍しいというなら、私よりもむしろリフィリシアの方ではないかな?」
「わ、私ですか?」
なぜ自分に矛先が向くのかわからず、リフィリシアが戸惑う。
「その口ぶりから察するに、プレイヤーも女性なのだろう? 中学生の女子が、パソコンのゲームで遊んでいたのかい?」
「ああ、確かにPCゲームで女性のプレイヤーは珍しいな。いないわけではないが」
ロウギスも不思議そうな顔で、顎髭を撫でている。
「えっと、お父さんがパソコンを組み立てるのが好きで、余った部品で作ったパソコンを貰ったんです。それで、どんなゲームで遊びたいかと聞かれて、ファンタジー小説みたいなのがいいって言ったら……」
リフィリシアの話に、ロウギスがため息を吐いた。
「王冠物語を勧められた? いい趣味してるな、その親父」
それは褒め言葉ではなく、皮肉の言葉だった。
ファンタジーを題材としたゲームは無数にあるが、そこで王冠物語という選択はマニアックすぎる。
だが女子中学生がパソコンのマイナーなゲームで遊ぶ理由としては、なるほどと納得できる。
「いや、そうでもないと思うよ、ロウギス。ゲームとしての出来はともかくとして、ファンタジー世界の雰囲気を楽しみたいだけなら、このゲームはそう悪い選択ではない」
王冠物語はファンタジーやRPGのお約束や定番ネタをゴチャ混ぜにして適当に詰め込んだ、気楽なパロディゲームという側面もある。それは製作者も認めていることだ。
そういう意味では、ゲームのファンよりもファンタジーのファンの方が、このゲームを楽しめるのかもしれない。
「しかし、リフィリシアに王冠物語を勧めたということは、キミのお父さんもこのゲームで遊んでいたということだろう? だとしたらお父さんも、この世界に来ているかも知れないね?」
アンカルヤの指摘に、ロウギスも「あり得るな」と頷いた。
しかし、リフィリシアは寂しそうに首を横に振った。
「多分、いないと思います。お父さんはこのゲーム、少しだけ遊んで止めたって言ってました。みんなでピストルで撃ち合うゲームの方が好きなんです」
「FPSプレイヤーか」
アンカルヤは、リフィリシアの父親が火器で撃ち合いをするゲームの世界に行っていないことを心の中で祈った。
ここまでの会話であることに気がついたアンカルヤは、その疑問を口にした。
「ところで、先程から少し気になってたのだが。私は日本語――いや、元の世界の言葉を思い出せないのだが、二人もそうかな?」
ロウギスが頷いた。
「だとしたら、どうして私たちは日本やロサンゼルスという単語は覚えているのだろうか? これらは明らかに、この世界には存在しない、元の世界の言葉だ」
「それは俺も昨日リフィリシアと話していて気がついた。ニホン? ああ、ジャパンのことか、とな。どうやら、こちらの言語に対応する言葉がない場合は、置き換えの対象外になるらしい。ちなみに、自分の名前は置き換えの対象に含まれるようだ」
「やはり皆、自分の名前を思い出せないのか」
「ああ。その辺り、どういう理屈でそういう事になっているのかは、サッパリわからんがな」
そう言って、ロウギスは碗のスープをズズッとすすった。
アンカルヤとリフィリシアの二人も、それに釣られるように自分の碗に口をつけた。
話している間に料理は少し冷めてしまっていたが、それでもまだ十分に熱かった。




