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ふたつめの おはなし




 連夜更新(全6話) 2夜目。






明くる日も。



空に星の(きら)めく頃に、娘は おずおずとバルコニーへ降り立ちます。その白く細い手には 使い古された提琴(ヴァイオリン)と 対の弓。


思い出すのは 荒々しい羽音、禍々しき魔と惨き血色の体躯、そして 去り際に残された寂しげな言葉。




魔物の姿は とても恐ろしいけれど。




「また 奏でてって言っていたもの……」




血を分けた親からも捨てられた娘は ただ(ひと)り。




「わたくしの事を傷つけたりしなかったわ」




衣食は有れども、誰からも求められぬ娘の 透輝石(ダイオプサイト)の如き緑瞳に小さな意志が点ります。




「……大丈夫、きっと 大丈夫」




生まれて初めて、他者から望みを告げられて。

娘は 震える指を宥めながら、そっと弦に弓を滑らせました。




始めは、いつもより ずっと(つたな)い音色でした。震えて、引っ掛かって、途切れ途切れに。



それでも娘は 音を奏でて、少しずつ いつもの音色に近づいた頃。娘の髪と衣を揺らす風に振り向けば、バルコニーの片隅……娘から いちばん遠い場所に降り立つ魔獣の姿がありました。



また少し 音が乱れてしまったけれど、娘は きゅ と唇を引き結び 提琴を奏で続けます。



そんな娘の様子を窺う素振りを見せながら、魔獣はゆっくりと腹這いになり、害意の無い事を示すように 重ねた前肢へ顎を乗せました。鋭き爪の並ぶ前肢を、振り上げるつもりは無いのだ とでも言いたげに。



四条(よすじ)の弦から零れる音色は 流れの如く連なって、星とランプが仄かに照らす その場を満たしては、微かな余韻を残して消えてゆきます。


交わす言葉は無く、どちらからも 近づくことは無く。弦の奏でる旋律のまま 微かに震える空気に身をゆだね、瞬く星に見守られながら。長いのか短いのか、よくわからない時が過ぎてゆきました。






幾曲目かを弾き終えて、娘がひと息を吐いた頃。



『久方ぶりに音を愛でる事ができた。感謝する』



穏やかな言葉が届けられると同時に風が舞い、魔獣は羽音と共に去ってゆきました。



それを見送る娘が ふと魔獣の居た場所を見下ろせば、(くら)い紫の光を帯びる小さな半球がありました。近づいて見ても 娘の膝に届かぬ大きさしかないそれは、魔獣の姿が見えなくなる頃、砂のように崩れて姿を消してしまいます。


崩れた半球に包まれて、魔獣の翼の風から守られていたものは。



「ベルフラワー……?」



柔らかに幾つもの花弁を開く 青い花でした。

長らく塔に住まう娘に贈られたのは、本でしか見たことの無い 遠い地に咲く花の一枝だったのです。




その日から。



星の輝く夜に 娘は提琴の音を奏で、時折 各地の花を携えた魔獣が観客として空から(おとな)うという、束の間の音楽会が繰り返されることとなりました。






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