ひとつめの おはなし
拙き作品ではありますが、どうぞ お楽しみください(*´v`)r
連夜更新(全6話) 1夜目。
むかーし、むかし。
大きな国の大きなお城。
……から 少し離れた朽ちかけた塔のてっぺんに、塔から出ることを禁じられた王様の娘がおりました。
彼女が お姫様 と呼ばれることは無く、窓から見える 青空に流れる雲の旅路と小鳥の戯れ、夜空に煌めく星の唄……そして 遠く小さく見える街の家々の灯火を慰みに、繰り返される眠りと目覚めだけの日々を送っておりました。
棚の書物はすっかり草臥れ、目を閉じていても諳じられるほど読み返しました。
机からこぼれ落ちた幾枚もの布地には、精緻な刺繍が これでもかと施されています。
提琴は使い古され、部屋の片隅で鈍い艶を放ちながら 今は弓と共に沈黙しています。
今宵は夜天を統べる月の姿は無く、小さな星々のさざめく星月夜。一つひとつの星たちが、姿を隠した月に代わるべく 懸命に輝いています。
そんな星たちの騒ぎに加わるように、娘は提琴と弓を手にバルコニーへと踏み出しました。
弓を優しく滑らせれば、震える弦の澄んだ音。
四条の弦を順に震わせて、音色の確認を済ませれば。次々と生み出される音が夜空へと飛び立ちます。
高く、低く、軽やかに、しっとりと、幾つもの音色が様々な曲となって星たちの唄を彩り、空に満ちる瞬く観客も 優しく娘を包みます。
不意に。
そんな光の一角が黒く塗りつぶされて、荒々しい羽ばたきが 不粋な音色で提琴の音を掻き消してしまいました。
娘が羽音の主へと目を向ければ、石の手すりへ降り立つ異形がおりました。
招かれざる観客の来訪に 娘は驚き、小さな唇を戦慄かせて、へたり と力なく尻餅をついてしまいます。
恐ろしい異形。
獣のような、けれど邪悪な黒と血を思わせる赤という毛皮を全身に纏う獣はどこにもおらず、魔の象徴たる 角を持ち黒翼を背負う姿 は、まさしく 魔獣 と呼ぶに相応しき姿でした。
大きな口に収まりきらない長い牙や手すりを掴む四肢の鋭利な鉤爪は、華奢な娘など一咬み、あるいは一掻きで儚くなってしまうでしょう。
星明かりと 微かに届く部屋のランプの光の先で、不気味に光る紅き瞳は じっと娘を見下ろしています。
娘は座り込んだまま、かちかち と落ち着きの無い歯を必死で噛み締め、少しでも魔獣から離れるべく後退ります。
けれど。
今の彼女には、部屋への小さな段差が 深淵より望む断崖でもあるかのように、どこまでも高く 無慈悲に立ち塞がるのでした。
『娘よ』
「ひぃ……っ」
音は無く、直接 心に触れるが如くに届けられた低い呼び掛けに、娘は縮み上がって 掠れた悲鳴を上げます。
『そなたを害すつもりは無い』
「いや……助けて……かあさま……」
魔獣の届ける言葉を 理解する余裕も無く、ただ ただ 身を竦め頭を抱えて震える娘。
そんな娘をしばし見つめて、魔獣は溜め息のように息を吐き 闇色の翼を広げます。
『邪魔をした。願わくば また 此処で音を奏でてくれ』
「あ……」
寂しげな言葉と共に遠ざかる気配。
魔獣は娘に傷ひとつ付けぬまま、振り仰いだ娘の視界から あっという間に夜闇に紛れて消えてしまいました。




