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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第八章【愛情】

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王とアークラインの姿が消えるや、宴は空気の色を変えた。

エルジードが椅子を蹴る勢いで立ち、近い皿から順に料理をさらっていく。

大皿の肉、スープ、焼き野菜、薪をくべるように手が止まらない。


「もう少しゆっくり食べたら?」


ミカロが眉を寄せる。僕も賛成したい。


「久々に好きに食べていい日なんだ。落ち着けって方が無理だろぉ」

「勝手にして。ワタシも好きにするから」


彼女の箸が加速して、エルジードの皿からも一品を救い上げた。

エイビスは端の席で、姿勢を崩さずにナイフとフォークを動かしている。

隣ではシェトランテが酒樽を空にして笑っていた。視線が一度だけ僕に来る。

これも愛嬌だ、と頭で思うと彼女は僕にゆっくりとお辞儀をした。

シャルルローゼスは少し離れた席で、ボルディミアスの皿を覗き込んだまま食事が減っていない。


「こちらはこの向きで持ちます。切る時は押さえず、滑らせるのです」

「口を大きく開ければよいのでは?」

「それは咆哮を放つその時まで留めておいてください」

「……そういうものか。不思議だ」


彼女は叱らず、指先だけで丁寧に教え続けた。

ボルディミアスは首を傾げ、やがて小さく頷く。動きが目に見えて整っていく。


「毎度毎度、妹が狼藉を見せるばかりですまない」


エルメインが僕の隣に腰をおろし、水をひと口飲んだ。


「僕としては、これくらい勢いがある方が楽しいですよ」

「言ってくれるな。だが、私はいつも通り楽しませてもらうぞ」


肩の力が抜けた顔になった。テーブルの反対側で、予期せぬ軋み。ミカロがエイビスの皿に手を伸ばしていた。


「それは私のです」

「隣のせいで食べ物が少ないの。先に取ったもん勝ちでしょ?」

「理屈が迷子です」


二人の視線が交わる。そこへエルジードが遠慮なくフォークを差し込んだ。


「どっちのでもない。俺が食う」

「じゃ、こっちもらってあげる」

「はしたないですわ。落ち着いて待っていただけませんか」


ミカロが引き抜く。場の熱が一段上がる。

困った様子のメイドと兵たちが、新しい料理を次々と運んでくる。皿の巡航速度が上がると、エイビスも食事の歩幅を少しだけ広げた。ボルディミアスはコツを掴んだらしく、穏やかな顔で皿を空けていく。


「もっとやれー」


酒に赤く染まったシェトランテが、意味のない応援を続ける。本人に行ったら忘れろと言われそうだが、楽しそうだから問題ないだろう。


「なら、我も合わせよう」

ボルディミアスが盃を大口で傾けると、重力の話題より早い速度で酒が消えた。


「楽しめていますか」


シャルルローゼスが新しい食べ物を持ったまま、僕らに声をかけた。

あれだけ言っておいて持っているのがサンドイッチなのは、彼女への思いやりなのだろう。


「驚きは多いけれど、悪くないよ」


エルメインが笑う。


「俺は二割増しで驚いています。今日ばかりは立場を忘れられそうです」

「エルジードは、後で話し合いですけどね」


エルメインにも流れ毒が飛んでいるが、僕は敢えて無視した。

そこへ、シェトランテがワインを手にエイビスへ近づく。


「これ、旨いわよ。飲みな」

「私はまだ二十歳未満ですから、お断りします」

「王女様は固いわね。ドルフェリアでは十八から平気なの。年齢は関係ないわ」


新しいグラスに注ぎながら彼女に腕を伸ばす。さすがに剣を持ち出すとは思っていないが、この先は嫌な予感がする


「待ってくれ、シェトランテ!」


僕は立ち上がる。エルメインも同時に一歩踏み出した。


「レチカ様への強要であれば許さんぞ」

「はぁー堅いわね。カチカチじゃない」


エルメインの肩を、いつの間にか酔っていたエルジードが掴んだ。


「兄さん、座ってろ。宴だぞー! 飲め―!」

「おい、お前飲んだのか! 護衛役はどうした」

「心配いらねえよぉ! 今日はコタツに任せた! 俺は飲むっ」

「丁度よかったです。では、私の分も代わりにお願いします」


シャルルローゼスは差し出された酒を、包丁を見る時のような目で彼女に渡すと、意気揚々の声を上げて彼女は飲み干した。

彼女は桃の香りを肩に乗せると、グラスを持って僕の前にやって来た。


「心配をおかけしましたぁ、シオーン様」


体がわずかに傾ぎ、僕は肩を支える。頬の色がグラスを乾かすほどに赤い。


「シオン様もどうですかぁ。こんな時間、めったにありませんよぉ?」

「ありがとう。後の楽しみにしておくよ」


彼女は顔に手を振ると、ドレスの襟元へ触れた。


「この部屋、暑いですね。少しだけ——」

「ちょっと待ってください」


手首に触れて止める。視線が僕を通り抜け、どこにも焦点を結ばない。


「もう見られています。恥ずかしがる必要は」

「あるよ! ここは皆もいる」


僕は距離を詰め、布を正す。

その瞬間、横から拳が飛んできた。


「二人で堂々と、何やってんのー!」


ミカロの声が近い。避けるべきだった。けれど、彼女の速さを読み切れない。

頬に痛みが走り、足が外れ、視界が裏返る。

この一撃が敵に使えたらいいのにと喰らっておきながら思った。

目を開けると、天井が僕に挨拶した。柔らかい匂いが鼻に触れる。ミカロの部屋のベッドだ。外で雷の音が短く弾んだ。

そばに四人。黒い笑顔のシャルルローゼス、彼女から目を反らすミカロ、僕に目を合わせないエイビス、顔が青いエルジード。


「ご迷惑をおかけしました」


エイビスが頭を下げる。


「ごめん、なさい」


ミカロが枕元へ腰を落とす。


「悪かった」


エルジードは目を逸らし、耳の先だけが赤い。


「スパでゆっくりし過ぎたよ。いいパンチだった」


それぞれが安堵の息を吐く。空気がやわらぐと、シャルルローゼスに呼ばれて三人は部屋を出た。

窓の外で、もう一度だけ光が走る。雷、なのに雨の匂いがない。雲の切れ間から星が覗き、夜はすぐ淡くなった。

不思議な静けさだ。剣の柄を握らない夜は、まだ手に馴染まない。けれど、こういう不器用な平和も悪くない。

目を閉じる。明日からまた、鍵を追い、道を選び、人を守る。今夜だけは、眠りを味方につけた。

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