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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第五章【聖域】

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暗闇の中マシュマロのように弾む椅子に腰かけ映画が始まっていく。

ストーリーは主人公とヒロインが協力して家系の思惑や親友の裏切りに立ち向かいつつ、自らの思う自由を勝ち取るため冒険を続けていくものだった。


裏切った親友と主人公が戦う白熱するシーンの中、セインは僕を煽るように指を卵みたいに包んで握ると、頭を僕の肩に乗せた。

いつまでも攻撃を受ける僕じゃない。彼女の肩を寄せつつ髪を撫でると彼女は棘を出すように跳ねた。


「もっと撫でて」


紙縒りのような言葉で僕の耳をくすぐると、彼女は甘える猫のように頭を摺り寄せていく。

家系の檻と友の裏切りを乗り越え、主人公とヒロインが自由を掴む。

エンドロールの光が流れ、セインは席で距離を詰め、映像の続きのように、そっと口づけを落とした。

唇に微かなレモンを味わいつつ映画は終わった。照明が戻ると、彼女は肘で僕の腕をつつく。


「この後はどうする?」

「行っておきたい場所があるけど、僕が思い描いた場所には行けるのかな」

「もちろん。ここはシオン君のための世界だもん」


移動の前に、彼女は意味深に僕を見上げた。


「んっ、シオン君……大きすぎだよ」


僕が黙っていると、セインは肩をすくめる。


「いつまで、揉んでるのぉ。 聞こえてるぅ?」


僕は敢えて何も言わない。言ったところでセインのペースに乗せられてしまうだけだ。


「もう、こんなことまでされちゃったら、セキニン、取ってもらうしかないよね」


セインは僕の手と手を重ね三日月の笑みで僕と目を揃える。

僕達は希望した通りにリラックスした一日を過ごすため、大風呂に浸かりつつ水着で彼女の肩を揉んでいた。


「セイン、声を抑えてくれ。集中できない」

「へー、シオン君は私が悶絶してる姿が見たいんだ。エッチだね」

「こっち向くと危ないよ」

「痛たたあたた! もう、酷いよぉ」


ワザと痛い場所を狙ったが、彼女は特に気にしていないらしい。

水着越しに肌へ温度が移り、湯気が視界の輪郭を柔らかくする。

縁に腰かける彼女の背へ回り、僕は親指で僧帽筋の固さを探った。

肩の結び目が指先の下で解けていく。僕はそのまま後ろから抱き寄せた。

彼女は腕の中で姿勢を預け、目だけでこちらを見る。


「ねえ、まだミカロちゃんやエイビスちゃんが頭から離れない?」

「それだけ思い出深かったからね」

「なら、忘れなくていいんだよ。思い出すたびに感謝して。存在の形式はなんて関係ない。

君を進ませた事実へお礼を言うの」


頷き、目を閉じる。

――ミカロ、ありがとう。

エイビス、ありがとう。

シャルルローゼス、オラクリエ、ありがとう。


胸の奥でざわめいていた囁きが、ふっと遠のく。


「ほら、軽くなった顔してる」


セインは小さく笑い、唇を重ねる。


「私の言った通りでしょ」


返事の代わりに背へ腕を回し、二人だけの時間に意識を澄ませた。


猶予の一日が終わる。僕らはセインの家に戻り、旅支度に取りかかった。

彼女は荷造りが丁寧で、包み方にも秩序がある。僕は外の安全を確認するため、裏手の路地へ出た。

樽が積まれている。


ふと、一度割れて直された箍の部分に目が止まった。手で触れて木目のざらつき、指に残るわずかなささくれを確認していく。

その感触が引き金になって、映像が跳ねる。


ここで、ミカロとやり合った。

あの軽口、あの無茶な踏み込み。躯の運びまで、体が覚えている。

セインの言葉が胸の中で反響し、そこに小さな罅が入る。擬似人格。記録。


けれど、この樽の傷は、誰がつけた。

僕か、彼女か、二人か。

疑問が疑念になる前に、背後で空気が動いた。


「動かないで。両手、上げて」


反射で従い、両手を肩まで上げる。次の瞬間、背中に柔らかい体温が密着した。

胸元へ回り込む腕。鼻先をくすぐる、慣れた桃の香り。


「どうして連絡してくれなかったの、シオン」


振り返ると、黒いローブのフードを外し、銀髪を揺らすミカロがいた。

目は怒っている。声は少し震えている。僕の胸元を掴んだ指先に力が入る。


「ミカロ……?」

「そう。みんな心配してるよ。説明して」


胸の奥で何かがはっきり形になる。作り物だと切って捨てるには、あまりに具体的な怒りと温度。

僕は両手を下ろし、ゆっくりと頷いた。

ミカロだと理解した瞬間、胸の奥が冷たく縮んだ。

嬉しさより先に、恐怖が立ち上がる。

彼女が僕と同じ人間ではないという疑いが、足を半歩だけ後ろへ運ばせた。


腕の位置、逃げ道、周囲の影――無意識に測っている自分に、遅れて嫌気が差す。


「シオン、どうしたの。ワタシ、そんなに怖い顔してる?」


フードを外したミカロの山吹色の瞳が、まっすぐに射抜いてくる。

答えを探したが、言葉は形にならない。

窓際で白い光が走った。セインの銃口が低く構えられ光弾が一線、ミカロの肩口を狙って伸びる。

ミカロはローブの袖を翻し、仕込まれた薄板で角度を削り、弾道を壁へ逃がした。

手のひらを見せ、敵意がないことを全身で示す。


「お姉ちゃん、戦いに来たわけじゃないの。前に言ってたように話し合いで決めたいの」

「姿を見せてくれて良かったよ、ミカロちゃん。君だけポータルで捕えきれなかったから心配してたんだ。ほら、戻る時だよ」


セインは距離を詰め、本を開き銃口がミカロの眉間を指す。セインは視線だけ僕へ送った。

ミカロは背中に真実を隠すように腕を回すと僕に目線を合わせた。


「シオン、聞いてほしいの」

「シオン君、分かってると思うけど罠だよ。気を付けて」


ミカロが息を吸い、言葉を起こしかける。セインが短く首を振るだけで、その通路は閉ざされた。

確かにセインの言っていることが嘘とは考えにくい。

だが、さっきの違和感が拭いきれないのもまた事実だ。

僕は迷いを飲み込み、ミカロへ歩み寄る。肩に手を置き、目を合わせる。


「ミカロ。今は話を聞きたいところだけど、いろいろ気になっていることがあって集中できないんだ。

いつもみたいに僕を殴ってくれないか」

「はあ?」


ミカロの眉が上がる。セインの視線もわずかに揺れた。


「シオン君、飲まれちゃ――」

「いつも言わなくても殴ってきたじゃないか。それが今、欲しいんだ。その後に話を聞きたい。頼む」


僕は二人の声を遮った。


「・・・分かった。避けたら許さないからね」


ミカロは拳を握り、呼吸を中心に整えていく。喫茶店で初めて会ったときそのものだ。

肩が沈み、腰から力が伝わる。前足が半歩入る


――次の瞬間、彼女は拳を下ろした。

風は僕の頬を突き抜け看板を放り上げる。

喉の奥で言葉がほどけ、目尻に水が溜まり雪がこぼれていく。


「無理だよ。殴れない。嫌だった時から頼りだったこと、ブルームスパイアでシオンに助けてもらったこと、セレフィーネで一緒に過ごしてくれたこと、ぜんぶ浮かぶ。そんな大切な人を……殴れないよっ」


僕は拳を下ろした彼女の手を包み、短く頷いた。

セインの顔に走った動揺は、隠しきれない。ここしかない。


「セイン、一つ確認させてほしい。あの時教えてくれた“擬似人格”の話は、嘘なんだね」


ミカロが唇を結び、肩で息を整えながら頷く。


「空間移動でワタシたちの位置をバラバラにしたのはお姉ちゃんだよね。シオンに、本当のことを言って」


セインは僕から目を逸らさず、長い瞬きをした。


「・・・私の負けだね、シオン君。独り占めしたかった。君が他人に優しくなるほど、私から遠のく気がして怖かったの。だから嘘をついちゃった。君をここまで連れてきたのも、私の都合」


胃の強張りがほどけ、息が深く入る。ミカロも肩の力を落とした。僕は一歩近づき、言葉を選ぶ。


「ありがとう。まだやり直せる。――誰の指示で」


言い終える前に、セインの右手がローブの陰で反転した。掌に収まる小剣。刃には無色の液がためらいなくミカロの腹部に襲いかかった。


「ミカロ!」


避ける反応はできた。だが間に合わない。刃が触れた瞬間、ミカロの膝から力が抜ける。

彼女は肘で反撃を作ろうとしたが、四肢に届かない。

セインは体重移動だけで彼女を横へ押し倒し、刃を引いた。


「神経麻痺の毒だから、生命に関わる量じゃないよ、ミカロちゃん。少し眠ってて」

「なんで……」


ミカロの声は乾いていた。

セインは本を片手に、僕へ銃を向け直す。


「シオン君。君は優しい。その優しさは、いつか必ず私を置いていく。だったら私が君の優しさを否定してあげる」

「ふざけるな」


僕は半身に構え、剣をわずかに抜いた。


「誰を傷つけても、止める」


セインは返事の代わりに本を開いた。綴じ糸が光を拾い、紙面の中央に深さが生まれる。記憶の白。彼女の設計した、選択を奪うための通路。

僕は駆けた。狙いは銃ではなく、セインの肩。刃は峰を使い、打ち落とす流れ。

床下の空気が逆流し、足場の感覚が一瞬だけ薄れる。

ミカロの体を庇う角度を取りながら、腕を伸ばす。


「来て、シオン君。君は私を止められるかな?」


セインの声と同時に、紙面の縁が世界を噛みはじめた。床が遠くなり、白が近づく。

僕は倒れかけたミカロの肩を抱え、胸へ引き寄せる。彼女の呼吸は浅いが、規則は保たれている。


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