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「あれ、逃げてる?」
僕たちの前で残る二体の大木が、突如として動きを止めたかと思えば、ゆっくりと後退し始めた。巨大な根をずりずりと引きずるように、こちらとの距離を取っていく。
「今更さよならなんて、甘いよ」
セインが銃を構えながら吐き捨てるように言った。けれど――僕は妙な違和感を覚えていた。逃げているのではなく、何かをしようとしているような、そんな予感。
そしてそれは、すぐに現実となった。
二体の大木が互いに絡み合い、蔦を縫い合わせるようにして融合を始めた。幹と幹がねじれ、枝がひとつに束ねられ、まるで巨大な心臓のように脈打ちながら膨れ上がっていく。
「・・・気持ち悪い」
ミカロが呟くのとほぼ同時、セインが銃を構えた。
「今のうちに壊す!」
放たれた一発は、空気を裂いて融合の中心を突き抜ける――はずだった。
だが次の瞬間、融合体は粘土のように形を変え、その軌道をずらして弾丸を躱した。視認できないほどの速さだった。
「避けられた?」
セインの声に、皆が息を呑んだ。
「まさか私の弾道、読んでる?」
「いや、それだけじゃない」
僕は声を張りながら、大木の動きを注視した。セインの弾道だけじゃない。僕の足の動きも、剣の構えも――まるで、こちらの戦術を見透かしているかのようだ。
「これまでの戦い方、全部覚えてるって感じか?」
オラクリエも顔をしかめて呟いた。
「・・・学習能力があるってこと?」
ミカロの問いに、僕は頷いた。
「セイン、さっきの動きは何か知性を感じる?」
「そうだと思う。私の射線を変えるほどの反応速度は、生き物じゃないと無理。しかも一度だけじゃなくて、何度も」
「だったらこっちも、パターンを崩して挑むしかない」
僕はすぐに作戦を立てた。
「僕とセインが囮になって動きを引きつける。その間に、ミカロとオラクリエで決め手を打ってくれ」
「無茶ぶりでしょ、シオン。……でも、悪くない」
ミカロが皮肉まじりに笑う。
「よっしゃ、俺もやるぞ。やるときは全力で決めないとな!」
オラクリエも軽く槍を回して構える。作戦は決まった。僕たちは動き出す。
「行くぞ、セイン!」
「了解、シオン君!」
僕は先に駆け出した。大木の蔦が僕を認識し、次々と足元に伸びてくる。切っても切っても次がくる。ならば――
「《氷雨連斬》!」
無数の剣撃を、氷の雨のように蔦へ浴びせかける。けれど、相手の蔦は強靭だった。一部は切断できても、全体を突破するには至らない。
「まだ……!」
囲まれた。天井にまで広がる蔦の檻が、僕を完全に閉じ込めるように動きを変える。焦りが喉をかすめた、そのとき――
「シオン! そのまま、こっちに乗って!」
ミカロが風をまとい、上空から手を差し伸べてきた。その魔力が、僕の周囲に心地よい風を巻き起こす。
「風……風を利用すれば……!」
考えるより早く、僕は魔力を剣に流し込んだ。
「焦陽輪舞!」
ミカロの風を受けた僕の剣が、赤く燃える輪のような斬撃を放つ。その炎が、天井を覆っていた蔦を灼き切った。
「っは……!」
風に乗って外へ飛び出した僕の身体は、ミカロの風にふわりと支えられて宙を滑る。
「ナイス連携、シオン!」
「ありがとう、ミカロ……助かった」
空中から地上へと着地した僕の目の前には、変貌した醜悪な木の怪物が、再び蔦を広げながら僕たちを見据えていた。
まだ、終わりじゃない――でも、光は見えた。
「なんて数……っ!」
足元に絡みつく蔦の量が、それまでの比ではなかった。僕の剣が届くたびに切断されていくが、それでも次から次へと地面から湧き出すように蔦が増殖していた。
「シオン、下!」
ミカロの声に気づいた時にはすでに、両脚は地面から引きはがされるように蔦に絡め取られていた。
「くっ……」
足を取られるどころか、僕の体は逆さに吊るされるように空中へと引き上げられていく。隣にはミカロ、少し離れてセインも同じように宙に浮かび、三人ともまるで捕獲された獲物のようだった。
「・・・最悪。服の裾、めくれそうなんだけど」
「いや、そういう心配してる場合じゃない!」
大木は、動かぬ幹の中心で、不気味に口のような形状を開いていた。中には光の粒が渦を巻き、やがて大砲のようなエネルギー球体が形成されていく。
「撃つつもりかっ!」
セインが反応し、宙に逆さに吊るされながらも無理やり銃を構える。
「せめて――こっちに撃たせないように……!」
彼女の銃弾が、発射寸前のエネルギー弾に向かって放たれた。狙いは正確だった。だが、大木は器用にも口を閉じ、まるで唾を飲むように弾を呑み込んでしまう。
「・・・避けた?」
「ちょっと、アイツ、知性あるやつじゃん!」
オラクリエがそう呟くと、目を細めた。
「・・・なるほど。セインちゃん、もう一発、同じように撃ってくれない?」
「え、なんで?」
「いいから。あとで分かるって」
セインが再度弾を放つ。大木はまったく同じ動きで弾を呑み込んでかわす。瞬間、オラクリエの槍が闇の中に走った。
「記録よ、呼び起これ。ブレイザー・メモリア!」
彼の記録魔法が大木の口元へ出現し、木製の巨大な槍が上空から突き刺さる。命中と同時に、大木の身体が一瞬強く震え、口の中にため込んでいたエネルギー弾が暴走した。
「まずい、あれ暴発するぞ!」
「シオン、気をつけて!」
爆裂の衝撃波が周囲を包み、吊るされていた僕たちは一瞬、蔦の動きが弱まったその隙に――
「今だっ!」
僕は剣を逆さに構え、蔦の結合部分を一気に切断する。セインもまた、銃のストックを使って自身の蔦を砕いて地面に着地した。
「助かったな……けど、まだ終わってない」
その言葉通り、大木はまだ動いていた。オラクリエがミカロと共に大木へ詰め寄ろうとしたそのとき、残った蔦の一部が盾のように彼らの前に立ちふさがった。
「このままだと、ミカロの攻撃が届かない!」
オラクリエはすでに攻撃体勢に入っていた。だが、タイミングを誤れば彼女の魔法は遮られる。僕とセインは互いに目配せし、同時に行動を起こした。
「セイン、僕が右から蔦を引きつける。君はその隙に撃ち抜いてくれ!」
「任せて、シオン君」
僕が走り出すと、蔦はそれを察知して僕の方へ一気にうねりながら伸びてくる。その隙を、セインが逃さない。
「クリムゾン・ライン!」
炎をまとった銃弾が、蔦の根本を焼き切る。空間が開かれた――今だ!
「ミカロ、今よ!」
「ライジング・ブリーズ!!」
ミカロの魔法が放たれ、風の刃が大木の身体を斜めに貫いた。オラクリエも槍を構え、飛び込みながら渾身の一撃を叩き込む。
「グラン・ヴェルディア!」
爆発のような衝撃が走り、大木の中心に大きな穴が開いた。ぐらりと揺れたその巨体は、ついに崩れ落ちるように沈んでいった。
呼吸を整える間もなく、僕たちは再び集まり、倒れた大木の中心に立つ。
「・・・これで、本当に終わりだよな?」
「終わらせたのよ、アンタとセインと、みんなでさ」
ミカロの顔には疲労と、少しの誇りが浮かんでいた。オラクリエは槍を肩に担いで、満足げに笑った。
「よし……次は、あの建物の中か」
僕たちは互いに頷き合いながら、ようやく木造の研究所へと目を向けた――新たな戦いが、待ち受けている場所へ。




