★第一王子ジェラルドの後悔
「兄上、お忙しいところ時間を取っていただき有難うございます」
第一王子ジェラルドの執務室に着くと、ギルフォードは形式的な挨拶を交わし兄に目配せをした。
それを受けジェラルドはすぐに人払いを行う。
護衛はタロイとメイソンのみ、ケンとカークは扉の外で待機だ。
「兄上、実は、今日の王妃とのお茶会でレイに、愛し子に毒が盛られました」
「なっ、なんだって?! それで愛し子様の容態は?!」
緊急の面会要請とあって何かあったと覚悟していたジェラルドだったが、まさか愛し子に毒を盛るという愚行がこの城で起きるとは思っておらず、ギルフォードの報告には驚きしかない。
「無事です。愛し子本人が毒に気づき問題はありませんでした。実行犯のメイドも牢屋に収監してあります」
「そうか……」
ジェラルドはあからさまにホッとし、椅子の背もたれに身を任せた。
愛し子に何かあれば国が亡びる可能性もある。
そのことは王族であれば幼いころから厳しく教育されるものだ。
第三王子であるギルフォードでさえ愛し子についての歴史は学んでいる。
第一王子であり王位を継ぐ者として教育されてきたジェラルドは尚更だった。
「……それにしても、また母上か……」
ソファーに座り直し、ジェラルドは両手で顔を覆う。
これまで母親であり王妃でもあるアンジェリカの悪行はかなり見聞きしてきたし、知ってもいた。
ジェラルドが幼いころからアンジェリカは人に厳しく、自分にも厳しく、そして曲がったことが嫌いだった。
だからこそ自分の進む道に障害があればどんな手を使っても排除しようとするのだろう、ジェラルドは母親の行動には常に頭を悩ませてきた。
ギルフォードやその母親に毒を盛ったことを皮切りに、別の茶会や夜会でも国王派と呼ばれる貴族たちを苦しめる行為をしてきたとジェラルドは聞いている。
だからこそ今回の事件もアンジェリカの仕業だとそう思っていたのだが、目の前のギルフォードが気まずげに口を開いた。
「兄上、そのことなのですが……」
「どうした、ギルフォード、母上は愛し子の前では素直に罪を認めたのか?」
そんなことはありえないだろうとジェラルドは分かっていながらも、皮肉った様子でそんな言葉を吐く。
これまでどんなに責めても罪を認めなかった母親が、愛し子相手だとしても己の罪を認めるはずがない。
そう分かっていての言葉だったのだが、何かを言いにくそうにしているギルフォードを見て違和感を感じた。
「ギルフォード? どうしたんだ?」
「兄上……」
「どうした? まさか母上にも何かあったのか?」
「いえ、その、実は……」
ギルフォードは愛し子がアンジェリカが犯人ではないと、実行犯のメイドから真犯人がいることを聞き出した旨をジェラルドに伝える。
「……真犯人……だと?」
それに、愛し子は最初からアンジェリカを疑っていなかったこと、そしてアンジェリカを気に入ったこと。
その上
「愛し子は義母上と友人となりました。義母上には悪意はないと、愛し子としてそう判断したようです」
「……そんな……それでは、まさか……」
「はい、今まで義母上が自分では無いとそう言っていたことこそ真実であり、これまでの事件は全て愛し子のいう真犯人というものが行ってきたことになります」
「そんな、まさか……では」
「はい、私の母が亡くなったことも義母上のせいではありませんし、きっとこれまでのことも、義母上は犯人役に仕立て上げられてただけ……全ての事件とは関係なかったのだと思われます」
ギルフォードの言葉を信じきれないのか、ジェラルドの目が泳ぐ。
そして自分の間違いが嘘であって欲しいと望むかのように甥の名を出した。
「では、ジェフリーの呪いは?」
「それも義母上が犯人ではありません。陛下と王妃の不仲を望む者の犯行と、愛し子はそう思っているようです」
「そんな、では、私は、真実を述べていた母上を、ずっと信じることなく、疑って責めていたということか……」
「……」
レイがこの場に居れば 「その通り! 最悪な息子だな!」 と友人であるアンジェリカを想い毒を吐くところだが、ガックリと項垂れるジェラルドを見て兄想いのギルフォードはどう声を掛けていいのか分からない。
ルオーテの街、レイの自宅でレイが「王妃様は犯人じゃないよ」と言っても、ギルフォードは半信半疑だった。
これまでの王妃の行動や言動が、アンジェリカを信じることを不可能にしていた。
母親のこともずっと王妃に殺されたとそう信じていたのだ。
アンジェリカ本人を良く知りもしないレイが 「違う」 と言っても、それこそが間違い、レイだって会えばきっとアンジェリカを疑うはず、そう思っていた。
けれど今日レイの推理、メイドの行動、そしてアンジェリカの姿を見て、ギルフォードはやっと自分の間違いを知る。
レイが寄り添うアンジェリカはか弱い女性そのもので、とても悪意を持ちギルフォードの命を狙う人物だとは思えなかった。
「兄上、愛し子はS級冒険者ロビン・アルクの孫なのです……」
「ギルフォード?」
そんなことはタロイから聞いている。
ギルフォードの名を呼ぶ兄の疑問は当然だった。
「ロビン・アルクは幼いころから多くの事件に出くわし、そのノウハウを孫であるレイに教育してきたそうなのです」
「な、なんだって……? 幼いころから多くの事件に? ロビン・アルク殿にはそんな悲惨な過去が? だが、愛し子殿だってまだ幼い子供だろう……?」
ジェラルドが驚くのも当然だ。
レイは成人前のまだ子供、それも女の子だ。
そんな幼い子にロビン・アルクは厳しい修練を与え、どんな問題にも対応できるように鍛え上げてきた。
きっと自分の寿命を分かってのことだったのだろう。
そしてレイが愛し子であるからこその教育だったのだとも思う。
それが分かれば、ロビン・アルクの苦渋の選択が痛いほど分かる。
レイを護るために、心を痛めながらも自身が鬼となりいろんな知識をレイに与え、厳しく育てたロビン・アルク。
レイが街へ出ることも許さず、あの魔獣の森と言われるスピアの森でも、一人で生きていけるほどの力をレイに持たせた。
レイの実力を見ればロビン・アルクの判断は間違ってはいなかったと思うが、愛する孫を甘やかすことが出来なかったロビン・アルクを思うと、ギルフォードはその苦しさが分かる気がしていたたまれなかった。
「あの子には、レイには不思議な力があります。これまでの愛し子たちについて残された文献以上の力、彼女はそれをしっくすせんす? と言っていました。それもS級冒険者であるロビン・アルクからの教育あってのもの、冒険者が使う察知能力や探査能力に近いものだと思われます」
「今回の愛し子殿はそれほどなのか……?」
「はい、あの子には我々が見えない何かが見えているようでした……」
ギルフォードはレイの傍にいて、S級冒険者であるロビン・アルクの凄さを知った。
冒険者としても一流、そして教育者としても一流、その上孫を思う親としても一流。
S級冒険者は伊達ではない。
ロビン・アルクは伝説そのまま、物凄い英雄だった。
レイはいつも「じっちゃんが」とロビン・アルクの教育のお陰だと言葉に出す。
レイを厳しく指導していても、彼は孫に慕われ尊敬されているのだ。
王家の今の状況を思うと、ロビン・アルクのレイへの愛情は本物で、レイを護るためどこまでも広い手を持ち、どこまでも見渡せる目を持っていたことが分かる。
A級冒険者だと自信を持っていたギルフォードは自分が恥ずかしい。
レイと出会ってからというもの、自分がまだまだだと実感する毎日だった。
「知り合いの情報ですが、ロビン・アルク殿は女性の扱いも一流だったようで、レイの義母上への対応を見ているとそれが分かる気がします……」
ドルフへ言ったレイの何気ない言葉は、ギルフォードにまで伝わっていた。
ロビン・アルクは超人。
ギルフォードはどこまでも信じ切っていた。
「そうなのか? だが話に聞くロビン・アルク殿は、無口で親しい女性もいなかったとそう聞いたが……」
「兄上、噂は所詮噂でしかありません……レイ自身がじっちゃんは女性の扱いも一流だったと言っていたそうなのです。もしかしたらレイの母親からレイを託されたのも、そういった事情があったからかもしれません……」
「なるほど……ロビン・アルク殿がいたからこその愛し子なのだね?」
「はい、彼女が完璧主義であることは、ロビン・アルク殿の指導の厳しさの表れでしょう」
ギルフォードの勘違いが王家へと伝染していく。
愛し子レイはロビン・アルクによって育てられたゆえの異端児。
そう誤解されてしまった。
レイ的にはじっちゃんのお陰でこれで何をしても怪しまれないね! と喜ぶだけで終わるところだが、ロビン・アルクの伝説は今後一人歩きし、国中に広がっていくだろう。
天国でレイを見守るじっちゃんは胃を痛めることになるだろうが、それはレイの知らぬことだった。
「それで愛し子殿は犯人は誰だと言っているんだい?」
「はい、犯人は我々王族の傍にいると……最初はタロイを疑っておりましたがーー」
「えっ?! タロイを?!」
ジェラルドが護衛のために部屋にいるタロイへ視線を送る。
タロイはタロイで愛し子にまだ疑われていたのかと知って驚きの表情だ。
気の毒なことに真っ青な顔に一瞬で変わってしまった。
「ですがレイはタロイ本人を見てそれは違うと判断しました。どうやらレイの能力は相手の顔を見なければ悪人か善人かは判断できないようです」
「それはそうだろうな……だが、犯人が我々の傍にいるとは……愛し子殿には一体何が見えているのか……」
「はい、それも全てロビン・アルク殿の指導だそうです……」
「そうか……それほどなのか……」
神が愛し子をロビン・アルクの下に託したのも頷ける。
一般家庭で育っていればきっと愛し子はあっという間に悪者に使われ、良いように担ぎ上げられていただろう。
ロビン・アルクの偉業を信じるジェラルドとギルフォードはそう納得した。
「兄上、一つ聞きたいのですが、兄上に義母上の情報を報告していた者は誰なのでしょうか?」
普通に考えて側近のタロイだとギルフォードはそう思っていた。
けれどレイからの話を聞いて、もしやと思ったのだ。
「それは……内務関係はジュダスだ。元宰相の孫でありギャイル侯爵家の次男だ、ギルフォードも会ったことがあるだろう? フアナ嬢の叔父にあたるからな」
「ああ、フアナ嬢の……」
兄の側近としてギルフォードと親しく接してきた者はタロイだった。
だが夜会で会う兄の傍には常にジュダスがいて、未来の宰相、彼はそう言われていた。
「一度ジュダスとレイを会わせることは叶いますか?」
ギルフォードの問いかけにジェラルドの目が細くなる。
「ギルフォード、まさか、お前はジュダスを疑っているのか?」
兄の傍にいる人物、レイはその者が怪しいと言っていた。
そして今ジュダスの名を聞いてギルフォードはピンときた。
「はい、怪しいと、そう思っております」
「……そうか……」
何故なら幼いギルフォードに義母上であるアンジェリカの悪口を吹き込んでいた人物はフアナだ。
ギルフォードの婚約者候補であったフアナは、常にギルフォードに纏わりつき、いじめられて可哀そうだとギルフォードに同情するふりをし、平民の母親を持つギルフォードを見下してきた令嬢だった。
そしてフアナの母親は王家が用意したギルフォードの母親の友人だった。
(あのフアナの叔父ならあり得る)
ジュダスの名を聞いたギルフォードはそう判断し、ジュダスこそが真犯人ではと結論付けたのだった。
こんばんは、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、評価、いいねなど応援も有難うございます。
日々皆様からのポイントを楽しみにしております。
じっちゃん超人伝説は加速しています。
ドラゴンを倒すほどの男ですので当然ですね。
レイの完璧主義は綺麗好きなことです。




