悪役王妃アンジェリカ
ギルフォードと別れたレイはアンジェリカの私室に向かうこととなった。
心配性のギルフォードの指示でレイにはゾーイが付けられ、ケンとカークはギルフォードと共に第一王子の下へ向かう。
(アンジェリカ様と戦っても私が勝てると思うんだけど、ギルフォードさんからしたらそれはそれなんだろうなー)
ケンとカークもレイのことを心配して一緒に付いてこようとしたけれど、向かう先が王妃の私室なためそれは叶わない。
高位女性の私室に男性は入れないそうなのだ、心配性なギルフォードも流石に止めに入った。
その代わり秘密裏にタロイの部下がレイを見守っているらしい。
「忍者が見てるからね」とレイにだけに分かるようにギルフォードが伝えてきて、思わず笑ってしまった。
(ギルフォードさんが忍者って言った! ウケる!)
王城本城へ向かうギルフォードをご機嫌で見送り、レイは顔色が悪いが気丈に振舞うアンジェリカの後に続き、王妃の私室がある最上階、薔薇の宮殿の三階へと上って行った。
「レイ様、こちらへどうぞ」
「はい、有難うございます」
アンジェリカの私室は、赤の壁紙に金色の薔薇の模様が入った豪華な部屋だった。
応接室にあるソファーも同じ色合いで、薔薇の宮殿と呼ばれるだけのことはある美しさだ。
アンジェリカ付きのメイドがお茶を出すと、アンジェリカはメイドたちに退室を命じた。
「ですが……」と一人のメイドが食い下がったが、アンジェリカは首を横に振りそれを許さなかった。
メイドは部屋を出ていくまで心配そうにアンジェリカを見つめていたけれど、それはレイやゾーイに嫌悪感がある訳ではなく、ただアンジェリカが心配、そう言っているようだった。
(アンジェリカ様、近しいメイドには愛されてるじゃん! やっぱり分かる人には分かるんだねー)
納得しながらお茶を飲むレイの前、メイドが全員出て行ったことを確認したアンジェリカがレイと向き合った。
「レイ様、先ほどは私付きのメイドが大変なご迷惑をお掛けいたしました。あの者に変わり、この私がいかようにも罪を償わさせていただきます。誠に申し訳ございませんでした」
皆が出ていくと、アンジェリカは立ち上がりレイの前で深く膝を折った。
きっとこれは王妃の最上級の謝罪なのだろう。
レイは同じく立ち上がり、首を下げ続けるアンジェリカの肩にそっと触れた。
「アンジェリカ様、謝罪は受け取りました。先ほども言った通り、今回の件でアンジェリカ様に罪はありません」
レイの言葉を聞いてもアンジェリカは頭を上げない。
そのままの体勢で言葉を続ける。
「ですが、あの者は私付きのメイドです。あの者の罪は私の責任でもあります」
レイが許してもアンジェリカは納得しない。
自分が罰を受ける。
アンジェリカはそう覚悟した表情だ。
あのメイドに見習わせたいぐらい潔い。
「いいえ、アンジェリカ様、一番悪いのはあのメイドをそそのかした真犯人です。それにこの王城で働く全員をアンジェリカ様が把握するのは無理があります」
「レイ様……」
「あのメイドを王妃様付きだと決めたのはアンジェリカ様ではないのでしょう? メイド長とか執事長とか人事部長とかですよね?」
「……それは……そうですが……」
「でしたらもう気にしないでください。私もギルフォードさんもアンジェリカ様も無事でした。私はもう毒を盛られたことなんて全く気にしていませんよ」
「レイ様……」
実行犯は許さないし、真犯人は絶対に見つけ出し裁いてやるが、アンジェリカはある意味被害者だろう。
多分本当の犯人はレイも、ギルフォードも、アンジェリカも始末したかったのだ。
それが分かっているからこそ、犯人の思惑にレイは乗らない。
アンジェリカとの友情は続行決定だ。
ギルフォードとアンジェリカの仲も取り持ってやる。
犯人に大打撃を与えるため、名探偵レイは燃えていた。
「……レイ様、お許し戴き有難うございます」
レイにお礼を言うと、アンジェリカはやっとホッとしたような笑顔を浮かべソファーへ座ってくれた。
一緒にお茶に口を付け、さっきの事件を思い出しふふふと同時に笑う。
あんな事件があったばかりなのにまたお茶を飲むだなんて、とお互い思っているのが分かる。以心伝心だ。
(本当に貴族とか貴族とか貴族って面倒臭いよねー。まあ、アンジェリカ様は王族だから尚更だよねー)
レイはアンジェリカの立場をおもんばかり、少しでも自由になれれば良いのにと思ってしまう。
レイと会う前から、アンジェリカは王妃としての立場をずっと貫いている。
本人がその仕事を望んでいるのならいいけれど、悪役を押し付けられる状態では可哀そうだと感じてしまった。
「……レイ様、私と陛下の結婚は、私が侯爵家の娘として生まれた時点で決まったことでした……」
レイが「アンジェリカ様のことを知りたい」と声を掛けると、アンジェリカは王様との婚約が決まった幼いころの話から教えてくれた。
王様と年回りが良く、高位貴族家出身の娘。
アンジェリカ以外にも二人ほど当てはまる子供はいたけれど、金髪であるという生まれ持った特徴でアンジェリカが婚約者に選ばれ、王様との結婚は決まったらしい。
アンジェリカも幼いながらに貴族の娘として政略結婚は当然のことだと受け入れた。
でも真面目過ぎるが故、アンジェリカは王妃になることを真摯に受け止めすぎてしまった。
「子供時代の私はがむしゃらでした。未来の王妃として相応しいようにと全てに対し力を入れ、追及し、頑張りました。その成果が他者に認められることが嬉しくて、いつしかそれを陛下にも強要していたように思います……」
婚約時代から真面目で完璧になんでもこなしてきたアンジェリカは、いつしか未来の国王になる王様にもそれを望むようになった。
「私はただあの方に立派な国王になって欲しかっただけなのです。民から愛され、貴族たちから尊敬されるそんな国王になって欲しかった。生まれた息子たちも同じように幼いころから私は重圧を掛けてしまった。それが原因で陛下は安らぎを求めエミリを、ギルフォードの母親の愛を求めました。あの子を殺したのはある意味私、それは本当のことですわ……」
ギルフォードの母親エミリは、豪商の娘だった。
お金持ちであり、裕福な生活をしていたとはいえ、エミリは平民だった。
王様が妾にと望みエミリを城に連れてきたが、王城の生活は窮屈でエミリに合わなかった。
だからアンジェリカは「エミリを市井に戻すべきだ」と何度も王様に掛け合った。
だが当然受け入れてもらえず、アンジェリカの醜い嫉妬だと、そう判断され王様にはますます距離を置かれてしまった。
そしてギルフォードを出産後、アンジェリカを嘲笑うかのように、そして見せつけるかのように、王様はエミリを無理やり側妃にしてしまった。
エミリが望んでもいないのにだ。
「王族に付く侍女やメイドは貴族出身者が殆どです。その中で市井生まれのエミリが苦しまないはずがありません……」
ずっと王様がエミリの傍に居られればいいが、そうではない。
国王は激務、一日のうち数時間、下手をしたら数日に一度会えればいいぐらい。
孤独となったエミリは苦しみ、気分が沈む日が増えていった。
「エミリとギルフォードが倒れた日、私はエミリが自分自身で毒を盛ったのだろうとそう思いました」
エミリは王城での生活が嫌になった。
けれどもう側妃誕生を喜んでいる実家には帰れないし、執着する王様に帰りたいとも言いだせない。
悩んだ結果、エミリは心を壊してしまい、正常な判断が出来なくなり、遂にギルフォードと一緒に死ぬことを選んでしまった。
エミリを知るアンジェリはそう考えたようだ。
「あの子が苦しんでいたのに、私は何もしてあげられませんでした。陛下に進言すればするほどエミリとは距離を置かれてしまい、そのうちエミリ自身も私から離れて行ってしまいました……」
小さな嫌がらせを受けるうちに、エミリは誰も信用できなくなったのだろう。
姉妹のような関係を築いていた二人だったが、エミリはアンジェリカを怖がり、避けるようになってしまった。
「ギルフォードのこともそうです。この城に居ればあの子は必ず担ぎ上げられ、望まぬ立場に追い込まれ、エミリのように苦しい思いをする。それが分かっていました。ですからあの子を助けたくて市井へ向かわせましたが、それが却ってあの子を傷つけた。私が城から追い出したと思われ、陛下はギルフォードに酷く執着するようになってしまい、ギルフォードは父親からの重圧に苦しむことになった……エミリにギルフォードを守ると約束したのに、私はそれも出来ませんでした……」
辛い話をしているはずのに、アンジェリカは少し微笑んでいる。
心の中では涙を流しながらも、彼女は幼いころから教え込まれた淑女の笑顔が染みついてしまっているのだ。
泣きたいときにも泣けないアンジェリカを見て、レイは胸が痛んだ。
「私は悪者でも構わないのです。良き国母になろうと必死だった私は、陛下も息子たちも締め付け、傷つけました。ですから私は本物の悪者……皆に嫌われて当然の存在、私はそれを受け入れます。事実、エミリを助けられなかったのですから……」
アンジェリカは自分の悪い噂が流れていることを知っていた。
けれどそれを否定することもなく受け入れてきた。
それは自分が悪いと、そう思い込んでいたからだ。
「今回の件を陛下に話し、私は修道院へ向かおうと思っております……」
アンジェリカの息子たちはとっくに成人し、結婚もして子供もいる。
出来れば第一王子が王太子として認められてから隠居をしたいと思っていたが、アンジェリカは自分が居ればまた悪役として良いように使われ、同じような問題が起きてしまうだろうと、今日のお茶会で決意を固めたようだ。
「……アンジェリカ様は、悪くない……」
「まあ、レイ様、泣かないで下さいませ……」
気が付けばレイの目からはぽろぽろと涙が流れていた。
アンジェリカはただ王妃として頑張って来ただけなのに、それを認めてあげなければいけない家族たちに見放されてしまった。
特に王様には腹が立つ。
辛い立場から自分だけが逃げ出し、アンジェリカにはそれを許さなかった。
いや、アンジェリカが苦しんでいるだなんて王様は気付いてもいないのだろう。
だってアンジェリカが王様に尽くすのは当然のことだから。
子供のころから傍にあった当たり前のもの。
アンジェリカは王様にとってそれなのだ。
レイは苦い気持ちに支配され、涙が溢れた。
「この涙はアンジェリカ様の涙なんだもん! 私が代わりに泣いてあげてるだけだもん! だから泣いてもいいんだもん!」
涙だけでなく鼻水も出てレイの顔はぐちゃぐちゃだ。
そんな汚いレイを見てアンジェリカはうふふと可愛らしく笑う。
「愛し子であるレイ様が泣いてくださるのなら、私はもうそれだけで幸せですわ」
そう言って微笑んだアンジェリカはとても美しかった。
「アンジェリカ様、ルオーテの街に来なよ。修道院なんて止めてルオーテに住めばいいよ」
「ルオーテの街ですか? ギルフォードが今住んでいる街ですわねぇ?」
アンジェリカはちゃんとギルフォードの拠点を把握していて、田舎町であるルオーテがすぐに分かった。
アンジェリカが修道院になんて行くことはない。
レイの傍で暮らして、友人として一緒に過ごそう。
そう声を掛ければ嬉しそうに笑ってくれた。
「うふふ、優しいレイ様の傍で暮らせたらどんなに楽しいでしょうか……そうですわね、蟄居すると言ってギルフォードの屋敷に住まわせてもらうのも良いかもしれないですわね」
「うんうん、それが良いよ。それでさ、ルオーテの街を私と一緒に綺麗にしていこうよ。王妃なアンジェリカ様がいれば流石にあの糞……んんんっ、えーと、領主様もちゃんと仕事をしてくれて、街を綺麗にすると思うんだよねー、一石二鳥じゃない?」
「まあ、私とレイ様で街を綺麗にするのですか? でしたら私が街への奉仕として掃除させていただきますわ。これでも整理整頓は得意ですのよ、任せてくださいませ」
「うわあ、アンジェリカ様、心強い! 二人で美化委員とか発動しちゃう?」
「まあ、おほほほ」
その後もアンジェリカとレイの話は盛り上がって行く。
ギルフォードにも国王にも相談なく、アンジェリカのルオーテの街への転居計画は進んでいく。
「アンジェリカ様がルオーテの街に来たらいろんなところに案内するからね、私に任せていいよ」
「まあ、楽しみですわ」
(王様と別れたらモーガンさんあたりと結婚してもいいかも、アンジェリカ様の方が年上かもだけど、美人だしモーガンさんも喜ぶよねー)
モーガンが聞いたら卒倒しそうな考えを持ちつつ、レイの勝手な計画は進むのだった。
こんばんは、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、評価、いいねなど、応援も有難うございます。
売店員モーガンは結婚していません。
ギルド長エドガーは愛妻がいます。
王妃様の方が五歳ぐらい上ですかねー……




