ビアス領領主
「ほら、レイ、見てごらん、領主邸が見えてきたよ」
オブリ馬屋で一番いい馬車を借り、ルオーテの街の領主、ビアス領主邸へと向かうレイは、初めての街並みにワクワクし、二時間もかかる馬車の旅を飽きることなく楽しんでいた。
「おおう、結構大きなお屋敷だねー。さすが領主、持ってるねー」
「あはは、そうだね。ビアス領は一応この国の四大辺境伯爵の一角だからね。それでも他の辺境伯と比べれば小さ目なお屋敷だと思うよ」
「ふぇー、そうなんですかー、これで小さめ」
「あはは、レイの驚きっぷりは面白いなぁ」
ビアス領主邸は薄いベージュ色の壁に灰色の屋根。
建物自体は二階建てだが、窓の数からして部屋の数は相当数だと想像がつく。
それに庭も大きく、花は少ないけれど芝生がとても綺麗に刈り取られていて整っている。
綺麗好きなレイでも納得できる美しさだ。
(この大きさなのに辺境伯にしては小さいお屋敷なのかぁ……金持ちだねぇー)
これで小さい目なお屋敷だと聞くと、果たして王城はどれ程なのかと期待が高まる。
それと共にこれだけ屋敷を綺麗にしているのならば街も綺麗にしろよと突っ込みたくなる気持ちも本当で、レイの怒りは燻ったままだ。
「第三王子殿下、ようこそお越しくださいました」
「やあ、ビアス殿、久しぶりだね、領主襲名の夜会以来かな?」
「はい、ご無沙汰しております」
ビアス領の領主はマックス・ビアスと名乗る、ケンと変わらないぐらいの年頃の青年だった。
辺境伯と聞いていたので巨人族のような大柄の男性を想像していたけれど、マックス・ビアスは背は高いが細身で剣など持ったこともないように見えて、普通の貴族男性といった感じだ。
髪はルオーテの街の人に多いレンガ色で、瞳はギルフォードに近い薄青色の瞳をしていた。
悪い人ではなさそう。
だけどちょっと頼りなさそう。
不満がたまる一方の領主への第一印象はそれだった。
「今日は突然押し掛けてしまって、すまなかったね」
「いえ、王家の方に来ていただけるなど、誉しかありません」
ギルフォードと領主が無難な会話をする中、レイは屋敷の中を見回していた。
掃除も行き届き、使用人たちも品があり奥ゆかしい。
なのに何故街はあんなに汚いんだ?
そんな疑問が浮かぶほど領主邸内は別次元で異世界。
レイの自宅を除けば、異世界生活で見た建物の中で一番綺麗なお屋敷だった。
(これが異世界あるある? 貴族と平民だとこんなに生活が違うのかな?)
ギルフォードの後ろでひっそりとレイが考え事をしていると、付き添いで来たギルド長のエドガーが領主に紹介される。
「ルオーテの冒険者ギルド長、エドガー・ヴァンスです」
堂々たる様子でエドガーが名を名乗れば、「あの黒土のヴァンス様ですか!」と感心され、ギルフォードの後ろで小姓役として大人しくしていたレイは、フニフニと口元が緩みだす。
(ごみ問題の時に黒土のヴァンスって! ブフッ! ブフフッ!)
黒土と言えば腐敗した植物で出来た土。
やっぱりエドガーこそがこの問題にぴったりな人材ではないか!
そう思ってニヤニヤしていると、エドガーがさっそく祭りについて話し出した。
「ルオーテ祭りのことで、領主殿に少しお話したいことがあるのですが……」
エドガーの問いかけに領主は貴族らしい笑顔のまま固まった。
そして後ろを振り返り控えていた男性を手招きする。
「ルオーテ祭り……えっと、オルト、ルオーテ祭りって何だったっけ?」
領主は後ろに立つ補佐官らしき男に小声で声を掛け、「一番最後に顔を出した祭りです」と小さく返事をもらう。
そして何事もなかったようにエドガーと向き合い「ああ、ルオーテ祭りですね」と頷いて見せた。
どう見ても分かっていないようだが、そこは流され話は進む。
きっとうっかり忘れていたのだろう。
領主の仕事はとても忙しいのだと聞いているので、ひそひそ話はレイも気づかぬふりをしてあげた。
「実は、祭りで出たごみが原因で領民の中に体調を崩しているものが出ているようなのですが……ごみ処理についてどうなっているのか、お聞きしてもいいですかな?」
「……ごみ……?」
エドガーが問いかければ、領主は笑顔で頷きまた後ろへ振り向く。
そして当然補佐官に声を掛けた。
勿論小声で。
「オルト、祭りのごみだって、ごみはどうなってるの?」
補佐官だと思われる男性にひっそりと聞いているつもりのようだが丸聞こえだ。
ごみ放置に対し怒っていたレイだけでなく、この部屋にいる皆の領主を見る視線が変わる。
この領主大丈夫か?
自分の領地理解してる?
きっと皆とそう思っているだろう、目が死んでいる。
睨んでいたレイだって怒る気も失せ呆れているのだ、他の皆だって気持ちは同じはずだった。
「ごみは運営役員に処理を指示してあります」
「ごみは運営役員に処理を指示してあります」
おうむ返しの領主様。
そんなこと子供だって出来るのに、顔だけはドヤ顔だ。
「……そ、そうですか、ですが、祭りの後もそのままゴミは放置されていて、例年よりもその期間が長いようなのですが……」
ギルド長に問いかけられ領主は笑顔で後ろを振り向く。
おい、またかよ!
レイは心の中で突っ込んだ。
「オルト、例年よりもごみの放置が長いんだって、なんでかなぁ?」
「……それは可笑しいですね……届いた報告書ではすでにごみ処理は終わっているはずなのですが……」
「ごみ処理は終わっていると報告を受けているのですが……」
「……」
(えっと、これ、領主いらなくない? オルトさんって人と直接話した方が早いよね?)
前世の記憶があるレイだから、この領主の行動に呆れてしまうのか?
そう思ったけれど、ギルフォードやメイソン、ゾーイの顔を見れば、レイの考えが間違っていない事は分かる。
皆笑顔を浮かべているけれど、レイと同じく呆れているのがまるわかりで、ケンとカーク、そしエドガーに至っては隠す気もないのかその表情は酷いものだ。
これが俺たちの街の領主?
こんなアホが?
そう言っているのがその顔ではっきりと分かる。
若いとか新米とかそれ以前の問題。
この人には自分の領地への愛着がないように感じた。
(悪い人ではないだろうけど……この人が領主で大丈夫なの?)
レイの疑問はギルフォードも同じだったようで、視線を向ければ苦笑いで頷かれた。
エドガーと会話を交わす領主に、今度はギルフォードが声を掛けた。
「ビアス殿、祭りの後、君は自分の部下を使ってちゃんと事後確認を取ったのかな?」
ギルフォードの問いかけに、領主はまた「オルト」と補佐官の名を呼ぶ。
領主の名前は忘れちゃったけど、レイはオルトの名前はばっちり覚えた。
実際今この領を統括しているのはオルトなのだろう。
もう誰も領主を見ていない。
オルトの返事待ちだった。
「私はマックス様に自分の目を使って確認をするべきだとお願い致しましたが、毎年のことだから必要ないと仰られました」
「えー? そ、そうだったかな? えっと、確認はまだ出来ていないようですね」
「……」
ダメだこいつ。
多分この場にいる皆がそう思っただろう。
この領主はごみ問題云々以前の問題だ。
領主の仕事を理解してないし、する気もない。
レイはため息を吐いた。
(怒る気力も失せたよ……こういう人って自分が何故怒られてるのか理解出来ないんだろうねー)
呆れるレイとは違い、大人で王子様なギルフォードはニコリと微笑む。
そして最終尋問として問いかける。
「それがビアス領領主の言葉だと思っていいんだね?」
確認するつもりはない。
これだけ時間が経った中でまだ確認出来てないと言うことは、ある意味そう言っているようなものなのだが、領主一人だけが自分の発言を理解していないようだった。
領主はギルフォードに納得してもらえたとでも思ったのか、ぱああっと良い笑顔を浮かべる。
そして「はい」と元気よく頷いたが、その答えに補佐官であり味方であるはずのオルトまで渋い顔になっていたのだった。
「はー、ビアス家は長く続く家だからね、出来れば彼に任せたいとは思うけれど……あれではだめだね。数年後には領地が荒れていくのが目に見えるようだよ……」
帰りの馬車の中、ギルフォードが顔を手で覆いそんなことを呟いた。
先代が亡くなりそのまま今の領主が跡を継いだが、あそこまで能力がないのでは王家としても任せられないとギルフォードは判断したようだ。
魔獣が多く危険な森と言われているスピアの森は、愛し子であるレイの存在とS級冒険者であったロビン・アルクのお陰で落ち着いている。
その状態が当たり前になっている現領主は、辺境伯という立場を舐めているとも言えた。
きっとレイはあの領主では助ける気など起きないだろうし、応援する気にも慣れないだろう。
そんな愛し子の気持ちは自然と聖獣にも伝わるものだ。
そう考えればこの先ビアス領はルオーテの街を除いて荒れてしまう可能性が大きい。
王家としてはそんな危険な者を辺境地の領主として置いておくことは出来ない。
それがギルフォードの最終判断となった。
「それにしても、オルトに書いて貰った彼の一日の過ごし方が……また酷いよね……」
「……」
呆れ顔のギルフォードがレイに紙を渡してきたので見せてもらう。
あの領主の一日の仕事ぶりが書かれていると聞き見てみたが、目を疑った。
【朝十一時起床
お茶を楽しみつつ、朝食
身だしなみを整えた後、十四時から仕事
十五時、午後のお茶タイム
十六時からまた仕事
十七時身支度を整え夜会への出席
二十四時ごろ帰宅
二十五時就寝】
「……」
ある意味夜会への出席は貴族の仕事かもしれない。
けれど毎日夜会に出る必要はないし、このスケジュールを見ると領主の仕事は夜会がメインであるとしか思えない。
ギルフォードが頭を抱える気持ちがレイにも分かった。
「兄上に相談して新しい領主を立てるか検討が必要だな……でも彼にやる気があるならビアス家の彼が領地を守るべきなんだけど……あれじゃあ無理だろうなぁ……」
王家から誰かしら派遣をし、彼に仕事を教え込むことは出来るだろう。
というかオルトが今現在、領主に領主としての領主らしい仕事を教えているようだが、うまくいっていない。
その時点で彼ではだめだと思う。
オルトが頑張って教えても彼には何も響かない。
レイだけでなくそれは皆の意見だ。
あれを教育するぐらいなら、幼い子を育てた方が早いと思えた。
「ところでレイはもう怒ってないの?」
ギルフォードの急な問いかけにレイはニコリと笑う。
領主と会ってからは呆れしかなく、怒りなどどっかへ吹っ飛んで行った。
ただし
「怒ってないけど、あの人と仲良くなって協力する気は起きないかな。それにもし魔獣があの人のところへ行くって聞いても私は止めないね。領民に無関心ならこっちだって無関心をお返しするよ」
「……」
苦笑いのギルフォードにレイは笑顔を返す。
それに彼には置き土産を置いてきた。
トイレに行くふりをして、広い庭にはこっそりと祭りのごみを置いてきたのだ。
自分の屋敷に祭りのごみがあれば、いくらあの領主でも面倒くさがらず確認に行くだろう。
領主の仕事としてそれぐらいはやって欲しい。
レイからのプレゼントだ。
「能力がない領主を辞めさせるのも大変なんだねー」
レイの言葉に大きなため息を吐き、深く頷いたギルフォードの背中をレイは優しくさするのだった。
こんばんは、遅くなりました、夢子です。
今日も読んでいただきありがとうございます。
またブクマなど応援も有難うございます。
レイが暴れると思っていたエドガーはホッとしていると思います。




