★ジェドの心配
「ジェドさーん」
ジェドがいつものように馬たちの世話をしていると、売店の仕事を終えたであろうレイが手を振りながら駆け寄ってきた。
「レイ坊ちゃん、お疲れだし」
自分の胸元に抱き着いてきたレイをいたわりながらジェドは声を掛ける。
今日のレイは仕事が上手くいったのかとてもご機嫌な様子で「えへへ」と可愛く笑っていて、その子供らしい姿にジェドはホッとする。
「ジェドさん、見てみて~」
「なんだすか?」
レイは大事そうに持っていた紙をジェドに見せてくれた。
【ルオーテ祭りの案内】
「ああ、ルオーテ祭りの案内だすか、そういえばもうすぐ祭りの時期だすね。レイ坊ちゃんは祭りに行くだすか?」
大人以上に仕事をこなしていてもレイはやっぱり子供。
街の祭りが楽しみなのだろうとジェドの頬が緩む。
(祭りの期間ぐらい沢山遊んで子供らしく過ごせばいいだす、レイ坊ちゃんは働きすぎだす)
やっと遊ぶことに意識が向き出したレイを見てホッとしているジェドに、レイが信じられない言葉をかけてきた。
「うん、あのね、僕、お祭りでね、お店を出すんだよ」
「……店? ……ま、まさかレイ坊ちゃんが屋台をやるだすか?」
「うん、そうなの、屋台をやるんだ!」
ジェドはレイの帽子の上から靴の先までじっと見つめた。
どっからどう見ても子供なレイが祭りで屋台を開く……危険だ、危険しかない。
ルオーテ祭りは他の街からも多くの客が集まる盛大な祭りなだけに、柄の悪いものも流れてきたりするため毎年何かしらの問題が起きている。
そんな中こんな可愛らしい子供が店を開けばどうなるか……ジェドにはすぐに想像が出来た。
(こんな可愛いレイ坊ちゃんが店を出すなんて危険すぎだす! それにレイ坊ちゃんは働きすぎだす! レイ坊ちゃんはいったいいつ休んでいるだすか! ギルフォード様にすぐに相談するだす!)
「ぬふふん、ジェドさん、僕ねーお祭りがすっごく楽しみなんだー。あのね、お祭りに参加するの生まれて初めてなの! どんなお店にしようかなー。あ、食べ物屋さんをやる予定だからジェドさんも食べに来てねー、えへへ」
「……」
明るく笑うレイの前、ジェドは「生まれて初めての祭り」というキーワドに胸打たれながらも、ギルフォードに話してこんな危険な行為は止めさせなければと誓う。
「レ、レイぼーー」
「レイー! おまっ、先行きやがって!!」
「あ、ドルフさんだ! こっちだよー」
レイを呼ぶ声がしたと思ったら、その相手はギルドで揉めたと聞いていた冒険者のドルフだった。
手を振りレイの名を呼んでいるがその顔は怒っているようにも見える。
「レイ、お前なー」と言いながら オーガのような顔でドルフがずんずんと近づいてくる。
だがそんな恐ろしい人間を見てもレイは気にしていないし、怖くはないようだった。
「あ、あの、レ、レイ坊ちゃん?」
ジェドが(なんで? 大丈夫なの? オーガだよ?)と心配している気持ちが分かったのか、レイは「早く伝えたくて先に走ってきちゃったんだー」と答えてくれた。
いや、疑問はそこじゃない。
なんであの人と?
殺されるんじゃないんだすか?
そんな疑問には答えてもらえなかった。
「今度のお祭りはねドルフさんと一緒に屋台やるの、だからこれからウチで話し合いをするんだー。子供だけだと危ないってみんなが心配してさー」
皆さま、心配するなら止めてくれだし! レイ坊ちゃんはまだ小さいだすよ!
ジェドはそう叫びたかったがレイの笑顔を見ると言葉に出来ない。
祭りが楽しみ!
働くことが楽しい!
ワクワクしてるよ!
レイ坊ちゃんはもしかしたら働いていないと死んでしまう病気かもしれない。
幼いながらにそんな奇病を罹っているのではないかとジェドは心配になる。
「あ、ジェドさん、ドルフさんが乗れる馬ってあるかなー? 巨人族……じゃない、ドルフさんって体が大きいから心配で」
いやいや心配はそこじゃない。
この人本当に大丈夫だすか?
馬を殺して食っちまったと言われても納得してしまいそうな顔をしてるだすよ。
そんな失礼な言葉をジェドはどうにか飲み込み、巨人族ドルフ向けの馬を準備する。
「ギルフォードさんたちももうすぐ来るんだけどなー、まだかなー?」
待ち合わせをしているらしく、ギルフォードの姿が見えないかとそわそわしながらレイは店の入り口を気にしている。
きっとレイ坊ちゃんの無茶な働きぶりはギルフォード様が止めてくれるはずだす!
残念ながらそんなジェドの願いは叶うことはなく、遅れてきたギルフォードは「ドルフさんがいるから大丈夫だよ」とあっけらかんとして答え、ジェドの心配を理解してくれなかった。
ギルフォード様、レイ坊ちゃんはまだ小さいだすよ!
どうして働きすぎを心配しないだすか!
レイの家へ向かう皆を見送りながら、ジェドの心配は尽きなかった。
それと共にギルフォードに対する信頼は失墜していた。
「ジェドさーん」
「レイ坊ちゃん、今日も早いだすねー」
今日は弁当屋ではないはずなのだが、レイは馬に乗りギルフォードたちと一緒にやって来た。
メンバーの中には二人ほど見知らぬ男がいて、人を殺せそうな鋭い目つきな男たちの姿に、ジェドはちょっとだけゾクッとしたが「ギルフォードさんのお友達だよ」と笑顔でその男たちを紹介するレイを見て、子供に優しい人なのだろうと自分の勘違いを恥じる。
「あのね、ジェドさん、僕、今度王都に行くんだよ!」
「えっ? レイ坊ちゃんが王都に行くんだすか?」
「うん、ギルフォードさんたちと一緒に行くんだー、えへへー、良いでしょう」
「それは良かっただすー! 楽しみだすね」
「うん!」
きっとレイの働きすぎを心配して、ギルフォードが王都へ旅行に連れて行ってくれるのだろう。
この街にいる限りレイ坊ちゃんは働きすぎてしまうから、街の外に連れだそうとギルフォードが考えてくれたのだろう。
ジェドが心の中で、ギルフォード様は素晴らしい指導者だす! と落ちていた評価を向上させていると、レイが信じられない言葉を吐いた。
「んふふっ、実はね、僕、初めての指定依頼を受けるんだよ」
「はいぃ?」
「ギルフォードさんがね、僕に指定依頼出してくれるの、だからね、仕事で王都に行けるんだよ。凄くない? 旅費が全部依頼の中に入っているの! ね、凄いでしょう!」
全然凄くないだす!
なんで王都に行ってまで仕事するだすか!
そんなジェドの心配をあざ笑うかのように、レイは「王都に行く前にもう少しお金を稼ぎたいなー」と恐ろしい言葉を口にした。
「レ、レイ坊ちゃん……お小遣いなら俺が上げるだすよ……」
つぶらな瞳を向けジェドがそう声を掛ければレイの瞳がウルウルとする。
「ジェドさん、優しい……でも大丈夫だよ、僕、頑張ってお金貯めてきたから!」
「レイ坊ちゃん……」
レイは意外と小金持ちなのだが、どうしても見た目が幼いため、ジェドは一生懸命貯めたお金で王都へ行くのかと思うと胸が痛んだ。
実際は王家から旅費は出るし、支度金も出る。
ただ初めての王都で豪遊したい!というレイの子供らしからぬ思いがなければ、何の問題もないことだった。
それを知らないジェドはギルフォードに対し怒りが沸く。
知らず知らずのうちにギルフォードを睨みつけてしまうぐらいに、普段の朗らかなジェドとは違う表情となっていた。
「ギルフォード様、ちょーっと話がしたいんだすが」
「えっ? なに?」
ギルフォードを引っ張りレイの傍から少し離れる。
目つきの悪い男性二人がジェドのことをちょっと睨んでいたが、今はそんなことどうでもよかった。
それよりもレイの体とお金が心配! それだけだった。
「ギルフォード様、レイ坊ちゃんは家ではどんな感じですか? ちゃんと休んでいるだすか?」
ジェドの問い掛けにギルフォードはキョトンとした顔を浮かべた。
「レイ、レイはちゃんと寝てるけど……そういえばあの子、朝も一番早く起きてるかなぁ?」
「そんなに早いだすか?」
「うん、それに家の掃除も洗濯ほとんど一人でするし、料理もレイがメインでやってくれて、ケンとカークが手伝う感じかな?」
「レ、レイ坊ちゃんの家は広くないだすか?」
「いいや、かなり大きめのお屋敷って感じかな? 見た目はとっても可愛くって、レイに似合うお家って感じだよ」
アハハとのんきに笑うギルフォードをジェドは睨む。
小さな子が沢山働いているのにギルフォード様は胸が痛まないだすか! と怒り心頭だ。
レイが家のことは魔法を使い、自分のやり方で行っていることをジェドは知らない。
レイは綺麗好きなだけに、掃除や洗濯にこだわりがあり、自分でやりたがることもジェドは知らない。
なので尚更ギルフォードののんきさには怒りが沸いたのだが、逆恨みに近い状態だった。
「そういえばあの子、家で暇さえあれば何か作ったりもしてるし、じっとしてる時がないかもしれないなー……」
ジェドの心配が伝わったのか、ギルフォードがやっとレイの働き過ぎに気が付いたようだ。
ジェドからすると遅すぎる気もする。
「本当に大人しくしててくれないんだよねぇ……」と困ったように小さな溜息を吐くギルフォード。
遠くを見つめるその悲し気な瞳を見て、ジェドはギルフォード様もやっぱりレイ坊ちゃんの働きすぎを心配してくれていただすねと心を改めた。
「ねえ、ケン、カーク兄ちゃん、王都に行ったらギルドに行って依頼受けてみようかー、どんな依頼があるか気になるよねー」
大人二人が自分を心配していることなど気が付かず、レイはのんきにそんな言葉を吐いていたのだった。
こんばんは、夢子です。
投稿遅くなりました。
お察しの通りインフルエンザで寝込んでいました。
昨日今日とずっと寝ていて頭がボーッとしていますが、だいぶ回復いたしました。
明日の投稿も夜になりそうです。よろしくお願いします。




