帰ってきたA級冒険者
「ジェドー、ただいまー、今日からまたジュリエッタたちを頼めるかな? それとこの子たち長旅で疲れているからゆっくりと休ませてあげて欲しいんだけどーー」
「ギルフォード様っ!!」
王都から無事ルオーテの街に着き、オブリ馬屋にジュリエッタたちを預けに来たギルフォードは、声を掛けてきたジェドの慌てっぶりに驚いた。
「ジェ、ジェド、どうしたんだい? 何をそんなに慌ててーー」
「レイ坊ちゃんが、レイ坊ちゃんが、大変なんだすっ!!」
「レイが?! 一体何がったんだ? もしかして誘拐されたとかじゃないよね?!」
首を横に振るジェドを見てギルフォードはホッとする。
夜会やなんだで王都に足止めを食らっている間に、父親か義理母がレイに何かしたのかと一瞬嫌な予感がしたからだ。
「違うんだす。レイ坊ちゃんが冒険者ギルドでいじめられたんだす」
「レイがいじめられた?」
愛し子であるレイをいじめる愚か者がいるのか?
ギルフォードの中に怒りと疑問が浮かぶが、レイが愛し子であることは秘密であり誰も知らないことだ。
それにレイの見た目は幼い子供そのもの。
馬鹿にして揶揄うものがいても可笑しくはない。
「レイ坊ちゃん、俺んとこ来てずっと泣いてて」
「あのレイが、泣いたの?」
いつもニコニコで可愛いレイが泣いていたと聞けば、ギルフォードはその相手に対し殺意が芽生える。
自分の教え子を害そうとするものなど森の中に埋めてやろうか、それとも川に沈めてやろうか、そんな当然の考えを持ってしまうが、間違いだとは思わない。
「レイ……」
「レイ様……」
それはメイソンとゾーイも同じだったようで、普段以上に冷めた目をしてレイの名を呼び、ジェドの話を聞ている。
「ジェド、分かったよ。取り敢えず急いで冒険者ギルドへ行ってくるよ。帰還報告もあるし、レイを傷つけた相手を探し出して詳しく話も聞きたい死ね」
怒りからついつい語尾に本音が漏れてしまう。
だがギルフォードはにこりと笑いジェドを安心させた。
「ギルフォード様、どうかレイ坊ちゃんのこと、お願いしますだ!」
「ああ、A級冒険者の僕に任せておいて!」
ジェドに別れを告げ、ギルフォードは走り冒険者ギルドへと向かう。
だがその見慣れた街の様子に可笑しさを感じる。
「兵士が多いな……それに冒険者が全然いない……」
ギルフォードの呟きにメイソンとゾーイが「そうですね」と頷く。
普段穏やかなルオーテの街だが、今日はざわついている、そんな違和感があった。
そして冒険者ギルドに着いて驚く。
多くの冒険者がギルド内に揃っていたからだ。
その上皆が皆が最上級な装備をし、今にでも飛び出していきそうな怒気を帯びていた。
「ギルフォードさん!」
「エイリーン」
ギルド内へやって来たギルフォードを見つけエイリーンが駆け寄ってきた。
エイリーンはちょっと怖いけれどギルド内一の美人だと噂されるその顔には、疲れと悲壮感が見え、そして瞳は泣きはらしたかのように真っ赤になっていた。
「良かった、良かったです、ギルフォードさんが戻ってきて下さって、本当に良かったです……」
「エイリーン、いったい何があったのさ、ギルド内でレイがいじめられたって聞いたけど……」
ギルフォードの質問を受けると、エイリーンの瞳がウルウルと揺れる。
口が悪いものでもいたら鬼が泣いたとでも言いそうだが、ギルフォードがそんな突っ込みをする筈もなく、紳士らしくエイリーンの答えを待っていると「私、レイ君に嫌われたかもしれません」と、遂に涙を流し始めてしまった。
「エイリーン、泣かないで、とりあえず話を聞きたいから、ギルド長のところへ案内してくれるかな?」
エイリーンはハッとすると涙を拭い「もちろんです」と言ってギルフォードたちを案内してくれた。
そしてギルド長の部屋に通されれば、そこにはエドガーだけでなく古参冒険者のドルフもいて、ドルフはその大きな体を小さくして部屋の中で縮こまっている。
ギルフォードはその様子で何となく状況が判断できた。
「ギルド長、それにドルフさんも……僕に何があったかを説明してくれるよね……?」
二人に掛けたギルフォードのその言葉と笑顔と声には、王族らしい物凄い重みがあったのだった。
古参冒険者のドルフには辛い過去があった。
それはドルフがちょうどB級冒険者に上がった時のこと。
まだ若く勢いづいていたドルフは仲間と共に少し天狗となっていて、調子に乗っていたといえる。
自分たちは凄い冒険者だ。
パーティーならばA級冒険者にだって負けない。
いや、あの有名なS級冒険者ロビン・アルクにだって負けはしない。
それほど自分たちの実力を過信し酔っていたといえる。
レイが聞いたら酷い厨二病だと冷めた目を向けるところだけど、彼らのことを注意してくれる大人などどこにもおらず、皆「凄い、凄い」と持ち上げるだけで、その当時のギルド長でさえ街の希望だと彼らを褒めたたえていた。
そのせいもあり、彼らは大きな失敗をしてしまう。
ダンジョンに入り、自分たちの身の丈に合わない低層に足を踏み入れ危機に見舞われたのだ。
当然ドルフは大怪我を負った。
その上仲間のうち二人は死亡、それも亡骸は残らず、ドルフともう一人生き残った仲間も、当時のA級冒険者だったエドガーにどうにか助け出された状態だった。
ドルフたちのパーティーは解散。
仲間の死に、リーダーだったドルフは酷いショックを受けた。
(俺の油断のせいで仲間が死んだ……)
それからドルフは調子に乗っている新人冒険者を見ると釘を刺すような行動を取るようになった。
素直に危ないからと言っても、今どきの若者は聞き耳を立てない。
売店のロブがいい例だ。
ドルフが教育係となった際、あいつは言ったことの半分も聞きはしなかった。
だから尚更、まだ幼いレイを心配した。
弁当屋を始めて人気が出て調子に乗ったのか、すぐに冒険者としての依頼を受け、その上その金を使ったのか、見るからに上等な奴隷を買ってきた。
「サジテ国の奴隷を買わされやがって……」
レイが購入した奴隷は見目もよく、すぐに高位の冒険者になれるほどの力を持ち、その上A級冒険者のギルフォードを教育係にするほどのレベルの奴隷だった。
大金貨か、それとも下手したら白金貨するのではないかと疑った。
(あのガキ、ロビン・アルク様の残した金で何やってんだ!)
怒りよりも心配が大きかった。
悪いやつに騙されているんじゃないか、そう思ったのだ。
だから奴隷がどれ程の実力かをまずは確認しようと手を出した。
そうしたらちょっとした拍子に肘が弁当に当たり、ドサリと床に落ちた。
その上ちょうどロブがポーションを拭いていたところだったので、そのポーションまでも一緒に落ちてガシャーンといい音がした。
その後、レイが空恐ろしい顔でケンを護るようにドルフを睨みつけてきた。
子供のくせに、そう思っていたことこそが間違いだとドルフは知る。
そこからはもう記憶がない。
気が付けば意識を失っていて、医務室に担ぎ込まれていた。
痛みに気づけばドルフの腕も足も変な方向へと向きを変えていて、驚きから声も出なかった。
エドガーに勧められポーションを飲み、痛みは引いたが、レイの行動と言動を知ってドルフは後悔した。
小さな子を傷つけるつもりなど、ドルフにはなかったからだ。
「えっと、ちょっと待って、僕、聞きたいことが沢山あるんだけど! まず教育係がいないのにレイが依頼受けたってどういうこと? 教育係である僕の立場はどうなってんの?」
レイの初依頼には付いて行こうとそんな淡い夢を抱いていたギルフォードは落ち込んだ。
あれだけ大人しくしててねと約束したのに、レイにはまったく伝わっていなかったらしい。
「ああ、あの依頼か、アイスは本当に美味かったなぁ……週末にまた妻と食べに行く予定だ」
うっとりとする様子のエドガーを見て、ドルフは良いなと羨ましそうにし、ギルフォードは「アイスってなにさっ!」と盛大に突っ込んだ。
「それにさ、奴隷ってどういうこと? 子供だけで奴隷屋に行っても奴隷を売ってもらえるはずがないでしょう? ねえ、どうなってんですか、ギルド長!」
レイの考案したアイスを先に食べたからか、ギルフォードはドルフよりもエドガーを責める。
思考はともかくその行動は当然で、ロビン・アルクにレイのことを頼まれたのはエドガーだ。
それにギルフォードとモーガンからも、自分たちがいない間はレイを見ててくれと頼まれたのはエドガーだった。
なのでエドガーが責められるのは当然だったのだが、エドガーは目を泳がせ言い訳を始めた。
「いや、その、レイには奴隷屋の紹介状は用意してないんだがな……それなのになぜか若い男の奴隷を買ってきてだな……」
「若い男?! ちょっとギルド長、レイは女の子なんだよ!! 分かってる?!」
「えっ?! あのガキ女なのかっ?!」
ギルフォードの言葉を聞きドルフはさらに驚いた顔をする。
少年がランクアップのために男の奴隷を買ったから注意をしようと思ったのだが、男装している少女が若い男の奴隷を買ったとなれば話が違う。
ロビン・アルクの遺産を使っても、身を守るために護衛役の奴隷を買ったと考えれば辻褄が合う。
ドルフの良心はますます痛み出し「俺はなんてことを……」と頭まで抱えてしまった。
「いやまあ、色々あってな……それよりもギルフォード、重大な話があるんだが」
レイの貞操の危機以外に何の話があるんだと、ギルフォードがエドガーを睨む。
綺麗な顔に恐ろしいものを浮かべたギルフォードに、エドガーは四枚の書類を見せた。
「……なにこれ……」
キーラベルヤ火山の爆発兆候、アランドピーク山の猛吹雪、カラカカ砂漠の砂嵐、シャナノ海の大嵐。
どっからどう見ても恐ろしいことが書いてあるその書類。
何度目を擦っても、メイソンとゾーイに確認させても、その文字は変わらない。
「ギルド長……これ、冗談ですよね……?」
頼む、質の悪い冗談だと言ってくれ!
ギルフォードのそんな願いはエドガーの首の振り方で儚く散った。
「それとな……」
「まだあるんかい!」
王子様とは思えない突っ込みをするギルフォードを見て、エドガーは苦笑いでえへへとレイを真似して笑う。
「実はな、この街にあるスピアの森で、魔獣のスタンビードが起きそうなんだよなぁ……」
シーンと静まり返る執務室。
ギルフォードが「えっ?」と聞き返せば、また「魔獣のスタンビードだぞ」と言われ笑われた。
「ギルド長、そういうことは早く言ってよーーーーっ!!」
ギルフォードの叫び声は、冒険者ギルド内に響き渡ったのだった。
こんばんは、夢子です。
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ギルフォード、やっと帰ってきました。これで一安心かなと。




