★ケンの主
ケンは貧しい家に生まれた。
上には兄が二人と姉がいて、ケンの下には弟と妹がいた。
子供のころは常にお腹が空いていたし、家にいても冬は寒く、夏は暑く、常に体がだるかったし、親に殴られることもあり、いつもどこかしら怪我をしていて、苦しい痛いと思う生活が当たり前だった。
そんなある日、急に兄が帰ってこなくなった。
父や母に聞いても「知らない」「どっか行ったんだろう」というだけで、心配もしないし探しもしない。
魔獣に殺されたり、事故に合ったりしているのではないかとケンは心配になったが、兄のことを何度も聞けばうっとおしいと思われたのか、父に「黙ってろ」と言われ殴られたのでケンはそれ以上両親に兄のことを聞くのは止めた。
きっとお腹が空いてどこかに行ってしまったのだろうという周りの言葉を信じ、そう思い込もうとした。
けれど次は姉がいなくなった、そして二番目の兄もいなくなれば流石に幼いケンにも分かった。
兄たちは皆父と母の手によって売られたのだと気づいたのだ。
そして遂に、ケンの番となった。
ケンが逃げたとしても下の弟や妹が売られるだけ、だったら自分が売られる方が良いし、ケンに逃げ場などある訳がない。今の生活はもう十分苦しかったし、抗う力などケンには残っていなかった。
「なあ、店主、金のために子供を作ったんだ、もう少し値を上げてくれよ」
「ダメだ、ダメだ、こんな痩せぽっちでみすぼらしい子供が銀貨一枚になんてなる訳がねー。字もかけなきゃ、数字も読めねーんだろう? そんなガキ半銀貨五枚が限度だ。嫌だったら連れて帰れ。まあ、どこの奴隷屋に連れて行っても同じだと思うがな」
「チッ、本当に役立たずだなー、お前は……じゃあ、半銀貨五枚でいい、でも次の子は女だ、そんときゃー色を付けてくれよ」
「ああ、女なら高く売れる、別嬪なら尚更だ」
父親はケンを奴隷屋に引き渡すと、妹を売りつける算段を取り帰っていった。
売るために子供を作った。
愛されていないことは分かっていたが、その言葉がケンの胸を抉った。
それに他の兄弟たちもこれから同じ目に合うのかと思うと、胸が苦しくて仕方がなかった。
けれど悲しんでいる暇などなく、次の日からケンの下働きの生活が始まった。
料理の手伝い、洗濯、掃除、戦闘奴隷のお世話、接客、やることは一杯あった。
毎日くたくたになり、手はあかぎれで切れて痛かったし、毎日覚えることばかりで頭がパンクしそうだった。
でも実家よりもマシだった。
問答無用で殴られることは無くなったし、食事は二回も出て、お腹いっぱい食べることが出来たからだ。
けれど、自分の生活費は奴隷金に上乗せされる。
食費や居住費、衣服代、何だって計上された。
実家から着てきたボロボロの服を着て一生懸命働いても、毎月ケンの奴隷金は増えていく。
それがサジテ国の当たり前、一生奴隷でいさせるための措置だった。
そしてケンは成人すると、戦闘奴隷として戦うことになった。
勝てば祝勝会が開かれ金がかかり、負ければ敗北金だと言って金を引かれた。
ケンは先輩奴隷の戦い方を一生懸命見てきたので、どちらかというと勝ち星が多く、それなりに人気の奴隷となった。
それはつまり危険な相手と戦うことが多くなるということで、勝ち進んだ結果、魔獣のグリフォンと戦わされることになり左腕を持っていかれ顔も傷ついた。
それでもどうにか戦闘奴隷のまま戦い続けたのだが、足の腱を切られる大怪我をして戦闘奴隷としては使い道が無くなった。
捨てられるように鉱山に送られ、新人のケンは薄暗く危険な場所を担当することになった。
空気も悪く、日も当たらない場所での生活。
そのころからケンは肺が痛みだし、咳が出るようになった。
だんだんと酷くなり血を吐くようになると、いても邪魔だと言われ、また捨てられるように売られてしまった。
(俺は何のために生まれてきたんだろう……)
ふとした時にそんな思いが浮かぶ。
ケンは生まれてきてからこれまで、楽しい思い出など何もない。
兄弟のことだってもう顔も思い出せない程だ。
きっと次の場所に行っても同じ、自分はこのまま命を落とすのだろうとそう覚悟していた。
ただその売り先が自国のサジテ国ではなかったことは救いだった。
フォークラース国には奴隷法があり、以前よりも穏やかな生活を送れるようになった。
だがケンの体は既にボロボロだった。
ポーションを飲むかと勧められたが、傷が出来てからもう時間は経っている、今更飲んでも効き目がないことは分かっていた。
ポーションを飲んだとしても数日調子が良くなるだけで、怪我や病気が完治することはないし、腕が戻ることも、足が良くなることもない。
だったらこのままこの穏やかな場所で死ぬのをまとう。
そう決意を固めていたある日、声を掛けられた。
「79番、貴方を救えるお客様がいらっしゃいましたよ」
奴隷屋の主人の言葉が信じられなかった。
今のケンは息をするのもやっと、購入しても何の役にも立たない、死ぬ以外何もできない奴隷だ。
買う者などいないはずだった。
担架に乗せられ運ばれる最中も奴隷屋の主人の言葉が信じられず、このままゴミ置き場にでも連れていかれ捨てられるのだろうとそう思っていた。
けれど部屋に付きケンの手を握る幼子の手の温かさに驚いた。
その子が握るその手からぬくもりと共に癒してくれるような温かな力が感じられ、ぼんやりとするケンの目に映った少年が女神のように見えたのだ。
「79番さん、私は冒険者ギルドでお弁当屋をやっていますレイと言います。今お弁当の数を増やすため人手を募集していますが、ウチで働く気はありますか? お料理のお手伝いの仕事は嫌ではないですか?」
その声掛けに当然「はい」と答えた。
こんな状態の自分では相手に迷惑をかけるとかそんな思いは消し飛んだ。
この方の傍に居たい。
伝わる手のぬくもりからそう強く願った。
これまで全てを諦めてきた人生だったけれど、この人の傍に居たい、その為ならどんなことでも頑張れる。そんな欲が沸いた。
レイの自宅へと向かうと、ケンの歓迎会をしようと言われた。
歓迎会と聞いて驚きと戸惑いと嬉しさと、色々な感情が溢れたが、有難うとは言えても素直に嬉しいとは言えなかった。
料理をするときも、レイの傍から離れたくなかった。
レイの傍にいるときだけ負の感情から逃れられるような不思議な感覚になった。
食事をするときに一緒の席へと乞われ、「家族になってよ」と言われたときは、胸も喉の奥も苦しくて笑顔を作るのが辛かった。
けれど嬉しいと言葉にしたくても何故かできない、じくじくと胸が痛むような感覚がケンを苦しめる。
それに悲しげな顔をするレイ様の前では泣いてはいけないとケンは踏ん張った。
祖父の話をするレイはどこか寂しそうで、涙を見せてはいけないとそう感じたのだ。
「レイ様、お風呂でしたらご一緒させてください、お背中を流します」
ケンは少しでも役に立ちたいと、レイのやることについて回りそう声を掛けた。
「ケン、私たちは兄弟、ほら、レイって呼んで」
「くっ……レ、レイ、さま……」
奴隷だったからという以前に、レイの名を呼ぼうとしたり、好意を口にしようとするとなぜか胸が苦しくなった。その理由がケンには何となくわかる。
「もうそれじゃあ兄弟だって思われないでしょう、ほら、レイ、練習して」
「レ、レイ、……(様)」
その後もスムーズに呼べるまで「レイ」呼びをケンは練習させられたが、結局スムーズに呼べたかは分からない。ただ及第点は貰えたようでホッとした。
「これでどっからどう見ても私たちは兄弟だね!」
レイ的にはケンを兄だと偽り周りを欺きたいようだがそれは無理だ。
ケンには奴隷の印があるし、それは取り除けないようになっている。
サジテ国独自の奴隷を縛る魔法だ。
呪いのようなものだと思う。
レイは気づいていないようだが、それを見れば一目でケンが奴隷であることは分かってしまうだろう。
でも……
「ケンお兄ちゃん」
「レ、イ……」
そのやり取りがとてもくすぐったくて嬉しくて、そのことを伝えられない。
(もう少し時間がたったら……)
そんな思いを持つ自分が許せなかったけれど、少しだけでもレイの兄としての時間を持っていたかった。
「あ、ケン、実はさー、私変装しててさー、本当は女の子なんだよねー」
「えっ……?」
急な爆弾発言にケンは驚く。
女性が半ズボンを履くなど下着姿で歩いているも同然だ。
いくら子供であってもレイが女の子ならそんな装いを好んでするとは思えなかった。
だがレイが被っていた帽子を取り、黒髪を見せて驚いた。
レイはケンと同じ紺色の髪ではなく、正真正銘の黒髪。
それも光の加減で輝く綺麗な黒色をもっていたからだ。
(やっぱりレイ様は聖人……いえ、聖女だったんだ……)
だからあり得ない変装をしていたのかと納得するケンに対し、レイはもっと大きな爆弾を落とす。
「あ、あと私、精霊王の愛し子でもあるんだよねー、まあ、大したことないみたいだけど」
「……」
「それと聖獣と友達でたまにウチに遊びに来るからよろしくね、間違っても魔獣だと思って殺しちゃだめだよ、可愛い子たちだからね」
「……」
だから男の子であるケンとは一緒にお風呂に入れないんだごめんねと言われ、ケンは膝をつき頭を下げた。まさかレイが女性であるとは思わず、お風呂でも一緒に居たいと思った自分を恥じたからだ。
そんな行動を起こせば一般奴隷どころか犯罪奴隷になるところだ。確実にレイの傍にはいられなくなる。
ケンは土下座をして謝った。
「もう、気にしすぎだよ、ギルフォードさんなんて私が女の子だってこと、一緒にお風呂に入っても気づかなかったんだよ、ほんとっ失礼だよねー」
ギルフォードが誰か分からないが、首を絞めることはケンの中で決定した。
レイの肌を見るだけでも許されないのに、お風呂まで一緒に入るだなんて死しかないと思った。
「あ、でもギルフォードさん、私が十二歳って知らないんだよねー」
「えっ……十、二? ですか?」
「そう、だから一緒にお風呂に入ったのかも? え、でも冒険者って十二歳にならなきゃなれないんだよね? 分からないってどういうことだろう?」
ケンはこの日、レイの年齢を知って一番驚いたが、その衝撃をレイに伝えることは出来なかった。
どう見ても八歳ぐらいに見えるレイが十二歳。
これからは大人の女性として扱わなければ!
心の中でケンは握り拳を作った。
「お風呂は無理だけど、今日は一緒に寝ようか?」
「えっ……?」
「ギルフォードさんとも一緒に寝たんだよねー、ケンも慣れない家だと眠れないでょう? 私が傍にいるから安心していいよ」
「レイ様……」
「ほら、また戻ってるよ! レイ、レイって、もう一度練習するらねー」
ケンのことばかり心配してくれる主の優しさが嬉しくて、今日だけはとケンはレイの言葉に甘え、大きなベッドの端と端、一緒に眠ることを選択した。
そして眠りについたレイを見ながら、絶対にこの方を守ると心に誓う。
まずはギルフォードというヤツの魔の手から守らなければ!
そんな決意を持ったケンだった。
こんにちは、夢子です。
本日も読んでくださり有難うございます。
またブクマ、評価、いいねなど、応援も有難うございます。
ケンのお話書こうか悩んだ末、結局書いてしまったので投稿します。
いらないかなーとも思ったんですが、書き出したら消すのがもったいなくなりました。




