お家へ帰ろう(水炊き)
今世、前世通して初の奴隷購入を経験したレイは、ケンと共に自宅へ向かっていた。
マルシャ食堂で奴隷三人を癒したあと、フランクさんが「泊っていって」と声を掛けてくれたが、ケンが体調は大丈夫だと言い切ったこともあり、自宅に戻ることをレイは選択した。
出来ればフランクとミランとトイの三人には早めに仲良くなって欲しいという思いもあったし、レイがいない方がフランクも直接ミランとトイに声を掛けるしかないので、初心なフランクには良い気がした。
それにオブリ馬屋に預けてあるアーブが心配だった。
素直じゃないあの子はきっとレイが急にお迎えに行けなくなっても『別に』と何でもないように装うだろうが、アーブはまだ一歳の甘えん坊、レイが本当に迎えに行かなければショックを受け落ち込むことは間違いなかった。
「アーブが待っているんです」
「そうか、レイ君には可愛い子供がいるんだね」
アーブの可愛さを話せば、フランクは今度はアーブも一緒に連れておいでと言ってくれた。
店の裏には小さいけれど馬用の厩舎と、馬車が二台ぐらいは止められるような車停場があるらしい。
「レイ君とケン君ならいつでも泊りに来ていいんだからね」
そう言ってくれたフランクさんは親戚のおじさんのようで温かでカッコいい。
「レイ様が来て下されば私たちも嬉しいです」と頬を染めながら声を掛けてくれたミランとトイの言葉も嬉しかった。
次回はアーブと一緒に来るねと約束しオブリ馬屋へ行けば、奴隷を購入したんだとケンを紹介したレイにジェドが絶句し固まってしまった。
元気になったケンはとても半銀貨五枚の奴隷に見えなかったからだろう。
安かったからと言ってもジェドの顔色は悪いままだった。
「ああ、ギルフォード様、早く帰って来てくれだし、レイ坊ちゃんがこれ以上何かをする前に……」
レイとケンとアーブを見送るジェドの呟きには祈りのようなものが込められていた。
「ケン、ケンは好きな食べ物ってある? 今夜は何が食べたいかなぁ?」
心優しいジェドの心配など気づきもせず、レイは今夜の夕食のメニュー選びで頭がいっぱいだった。
今日はいわばケンの『アルク家入居記念日』、歓迎会が必要だ。
絶対に忘れられないぐらい美味しいものを食べさせて上げたいと、レイに気合が入る。
「私は好き嫌いはありません、レイ様の食べたいもので大丈夫です」
振り向けばはにかんだ顔でそんなことを言うケン。
遠慮しているとかではなく、その顔を見れば本気で言っていることが分かる。
(えっ? もしかして奴隷って主を崇めるように魔法でも掛けられてる? なんかちょっと怖いんだけど……)
マルシャ食堂へと引き取られたミランとトイの様子を思い出し、ついそんな思考に陥ってしまう。
レイ的にはあるものを飲ませただけだし、使えるものを使っただけの感覚だ。
今日会ったばかりでそこまで尊敬の目を向けられる気持ちが分からない。
レイは一目ぼれとか信用しないタイプだからだ尚更だった。
だけどそこでハッとする。
サジテ国出身の奴隷であったケンが、自分の好みを把握するほど美味しいものを食べてきたはずがない。
だったら食べたいものなど浮ぶはずもない訳で、自分の質問の間違いにレイは気がついた。
(うわー、私、主として最低じゃん! トラウマ突いちゃってるじゃんねー)
焦ったレイは一緒に手綱を掴むケンの細い手を見てあるメニューを思いつく。
「よし、じゃあ、胃に優しくて美味しいものを作るからね! ケン、楽しみにしててね!」
出来るだけサジテ国時代のことを思い出させないように、レイは子供らしい可愛い声でケンに話しかける。
「はい、有難うございます。レイ様、私も夕食の準備を手伝わさせていただきますので」
どこまでも気を遣うケンにレイは心が痛み「ケンは体が弱ってたんだから休んでていいんだよ」と何度も伝えた。
自宅に帰り、アーブを厩舎へ戻した後、ケンに部屋を与えそこでも休んでいるようにと伝えた。
でもケンは落ち着かない、もじもじした様子でレイに話しかけてくる。
「あ、あの、体は本当に大丈夫なので、レイ様の傍にいてはだめでしょうか?」
新しい家族となったケンはアーブとは違い素直な甘えん坊らしい。
家族に売られ、それからはずっと酷い扱いを受けてきたのだ、新しい主となったレイに甘えたくなる気持ちが痛いほど分かる。
それに上目使いにそんな言葉を掛けられてしまえば、レイは「いいよ」というしかない。
ちょっとでも体調が悪くなったら休憩だからねと注意をすれば、何故かとても嬉しそうな顔で「はい」と微笑まれてしまった。解せない。ケンは絶対に社畜病患者だとレイはますます心配になった。
(ケンってめっちゃ素直だよね、それに働き者だし、なんだか年上だけど弟みたいー)
ケンの体を考えて今夜のメニューは水炊きだ。
できるだけ胃に負担がかからず、たんぱく質がとれる料理が良いと考え水炊きに行きついたのだ。
鶏もも肉の下処理は事前に済ませてあり、冷蔵保存庫に収納してあるのでそこから取り出す。白菜、キャベツ、春菊、長ねぎ、にんじん、えのき、そして豆腐も出し、それぞれ食べやすい大きさに切っていく。
「ケンは料理も出来るの?」
野菜を切る手際のよさを見て声を掛ければ「いいえ」と首を振られた。
「野菜や肉などを切ることは出来ますが、料理は出来ません」
「それは野菜は切ったけど料理はしてこなかったってこと?」
「はい、戦闘奴隷時代、初めは下積みだったので、主に店内の細々な手伝いをしておりましたので」
「そうなんだ、じゃあ他にも色々と出来ることがあるのかな?」
「はい、レイ様のためならどんなことでも覚えますので、宜しくお願い致します」
「……」
やっぱり奴隷というのは主を慕うように出来ているのだろう。
どこかに呪いのような奴隷印がないか確認しなければならない。
会って数時間でここまで慕われるほど自分に魅力があるとは流石のレイだって思えない。
うぬぼれが恥ずかしいことは精霊王の愛し子であるのことをギルフォードたちに話した経験上良く分かっている。
土鍋にレイ特製の鶏がらスープを入れ火にかける。
温まったらまずは鶏ももを入れ、灰汁を取りながらひと煮立ちさせ野菜類を入れていく。
「凄くいい香りがします!」
鶏がらスープの香りがキッチンに広がり、ケンがごくりと喉を鳴らす。
味見だと言って小皿に入れたスープを渡せば、飲んだ瞬間ぱああと花開いたような笑顔になった。
「レイ様、凄く美味しいです!」
「良かった、じゃあ最後にお豆腐を入れるね」
「はい、初めて見るものばかりでどんな味か楽しみです」
「……くっ!」
(なんて胸に来ることを言うんだ! ケン、私が絶対に幸せにしてあげるからね!)
人参はともかく、白菜もねぎも豆腐だってケンは初めて見るものらしい。
子供のようにワクワクした顔をするケンを見てレイは可愛いなと思いながらも胸が痛くなる。
それほどケンのこれまでの生活が厳しかったと分かるからだ。
「レイ様、私が運びます」
「有難う、ケン、熱いから気を付けてね」
「はい」
ミトンを渡しケンに鍋を運んでもらう。
ケンはとにかくレイのお手伝いをしたいようで、遠慮しないでお願いした方がのびのびと出来るようだ。
「さあ、ケンそっち側に座って、お腹が空いたでしょう?」
「いえ、私は奴隷ですので、レイ様が食べ終わってから頂きます」
奴隷生活が長かったからか、それともそれがケンの当たり前の生活だったからなのか、レイと同じ席に着くことも憚られる、ケンはそんな様子だ。
なのでレイは困った時のじっちゃん物語を出動させることにした。
「ケン、あのね、私ね、じっちゃんが死んでからずっと一人でご飯食べてきたの」
「……」
「だからね、ケンが一緒にご飯食べてくれると凄く嬉しいんだ。また家族が出来たんだもん、いろんなことを一緒にしたいし、仲良くしたいんだよ」
レイは自分の言葉を自分で聞いて、じっちゃんが居なくなった時の悲しさを思い出す。
もう気持ちに整理はついたと思っていたけれど、じっちゃんがいないことは今でもレイに寂しさと悲しさを運んでくるようだ。
前世では毒親持ちだったレイは、親という生き物に諦めを持っていた。
この世界に生まれてすぐ、やはり親から「黒髪で恐ろしい気持ち悪い」と言われ森の中に捨てられてしまった。だから尚更親に対し感情を捨てている。
そんなレイを拾って育ててくれたのがじっちゃんだった。
じっちゃんは口数が少なかったし、レイが何かやらかすと無言になり頭を押さえていたりもしていたけれど、レイを心から愛してくれたし、生きる強さを与えてくれた。
レイの精霊王の愛し子の力を知っても見捨てることはしなかったし特別扱いもしなかった。
それに料理を作れば「美味しいぞ」「凄いぞ」とレイをたくさん褒めてくれた。
だからじっちゃんが亡くなってから暫く、レイは寂しくって家に引きこもった。
何もやる気が起きなかったし、どこへ行ってもじっちゃんの思い出があって辛かった。
その後は友人たちが寄り添いレイを励ましてくれたことで元気になれた。
それにじっちゃんと冒険者証をつくる約束があったから、前を向き歩く気力が沸いたのだ。
今度はレイがケンにそれを与える番だと思う。
「私の奴隷じゃなくって、私の家族になってよ、ケン」
「レイ様……」
「レイでいいよ。ううん、レイって呼んでよケン、私たちはもう家族なんだもん」
「……はい、レイ様……いいえ、レイ、その、一緒に食事を摂らせていただきます……」
レイの言葉を聞いてケンは真面目な顔になり向かの席へと着いてくれた。
ぐつぐつ良い音を立てる鍋に手を付け、ポン酢、小ねぎ、ゆず胡椒を使い水炊きを一緒に食べていく。
熱いね、美味しいね、そんなことを言い合って食べる鍋料理は、じっちゃんがいるころと変わらないぐらいとても美味しい。
(はー、私、まだ寂しかったんだな……子供だもんね)
ギルフォードが来た時も、その後メイソンやゾーイが来た時も、レイは誰かと一緒に食事を摂れることが嬉しく楽しかった。
それはつまり寂しさを抱えていたというわけで、じっちゃんが居なくなった穴の大きさに改めて気づくとともに、ケンが来てくれて良かったとそう思った。
「ケン、美味しいね」
「はい、レイ様、いえ、レイ……凄く美味しいです」
一緒に夕食を摂る二人の顔に浮かんだ笑顔は、幸せそのものだった。
こんばんは、今日も読んでいただき有難うございます。
またブクマ、評価、いいねなど応援も有難うございます。
モーガンのお話が今のところ一番いいねが多くて驚いています。
ちなみにケンは22歳、レイより十歳年上です設定です。




