奴隷屋ゴア
「ようこそお越しくださいました。奴隷屋ゴアの店主クライブ・ゴアと申します。お見知りおき下さい」
「は、はい、有難うございます。私はマルシャ食堂の店主フランク・マルシャです。今日は宜しくお願いします。それと、こちらが私の付き添いで来てくれた冒険者のレイ君です」
「レイです。宜しくお願いします」
奴隷屋と聞いていたのでおどおどろしい建物を想像していたけれど、奴隷屋ゴアはベージュ色の石造りの壁で出来た落ち着いた建物で、周りの一般店舗よりもよっぽど品があって綺麗で驚いた。
レイの想像していた奴隷屋とは全然違う物でホッとしたと言える。汚いところには長居出来ないからだ。
「凄く綺麗なお店ですね」
掃除も隅々まで行き届いているし、飾られている装飾品も美しく、その上お花まで生けてあったので思わずそんな言葉が漏れてしまった。
子供なレイの正直な言葉を聞いて店主のクライブがニコリと笑う。
濃い茶色の髪に同じ色の瞳でちょっとチョコレートみたいな人だなと思ったが、別に美味しそうに見える訳ではない。色合い的なものだ。
執事のような服を着て細く四角い眼鏡を掛けているクライブにはどこかきな臭さを感じた。
「褒めていただきありがとうございます。レイ様」
執事風な男性にレイ様なんて呼ばれるとむずむずして気持ち悪くなる。
けれど今日のレイはフランクを守る冒険者。
得意の営業スマイルを貼り付けニコリと微笑んだ。
「冒険者ギルドからの紹介状、確かに受けとりました。店で働ける奴隷をお探しとのことですが、詳しくお聞きしても宜しいでしょうか?」
「は、はい、お願いします」
クライブの貴族のような雰囲気に飲まれたのか、フランクさんが明らかに緊張した様子になった。
出された高級茶が入ったカップまでも高級感溢れる物だったのも悪かったのだろう。
この世界に来てレイの自宅以外でこんなにも薄いカップは初めてだった。
フランクが割ってしまいそうだと怯えて手が震える気持ちも頷けた。
まあ割ったとしてもレイなら戻せそうだけれどね。
「マルシャ食堂様は飲食店でいらっしゃいますが、奴隷に求める程度をお聞きしても?」
「は、はい、出来れば調理補助を、もし可能ならば会計も出来ると有り難いです。あ、あと綺麗好きな人だと尚嬉しいです」
「なるほど、会計はどの程度までの計算でしょうか? 計算用具を使ってなのか、脳内で細かな計算まで出来るかでは求める奴隷も違って参りますので」
「えー、えっと……」
フランクさんがレイに「助けて」と言うような視線を向けてくる。
高級感あふれる雰囲気に対しての緊張からなのか、あれだけ相談した内容が抜けているようだ。
いや、奴隷によってフランクさん自身がホール担当かキッチン担当になるか決めようと思っていたのできっと迷っているのだろう。
レイはフランクさんを守る騎士役として、はいと手を上げた。
「料理は一般的な主婦レベルの方で大丈夫です、計算は街で買い物出来る程度の方であれば問題ありません」
「ほう、飲食店であるのにプロの料理人でなくても大丈夫だと?」
「はい、マルシャ食堂で売る料理はフランクさんが作れますので、そのお手伝いが出来るレベルの方であれば大丈夫です」
「なるほど、左様ですか」
クライブがチラリとフランクさんに視線を送るとコクコクと大きく頷く。
間違っていません、レイ君の言う事は正しいです! と言っているのだが、その行動を見てクライブの視線がちょっとだけ鋭くなったような気がした。頼りないからだろうか?
「見た目はいかがでしょうか? 飲食店ですとそれなりの美貌を求められますが」
「あ、全然、可愛さとか綺麗さは求めません。店を綺麗にしたり可愛くしたりするスキルは欲しいですけど」
「なるほど、では顔に傷があっても気にされないと?」
「はい、気にしません、あ、でも性格は穏やかな人がいいですけどねー」
気が優しいフランクさんと一緒に働く人だ、押しが強くて主従の立場が逆転しても困る。
レイの気持ちが伝わったのか、それともフランクさんの様子を見て何かを感じ取ってくれたのか、クライブは「畏まりました」と頷いてくれる。
「性別に指定はございますか?」
「いえ、穏やかな人であれば性別は問いません」
「えっ?」
「ほう?」
疑問の声をフランクさんが上げたので、何か問題があったかな? とフランクさんを見つめ返せば、「私は女性奴隷を購入しても契約違反はしませんので安心してください」とクライブに突然の告白をする。
何を言ってるの?
と首を傾げるレイの前、フランクは頬を赤らめ、クライブはクスッと笑った。
「ええ、大丈夫です、冒険者ギルドから最上級のお客様だと提示された方々を疑ってなどいませんので」
「「えっ?」」
最上級?
エイリーンさん、ちょっと何言ってんの?!
どうやらアイスの効果はてきめんすぎたようだ。
だから店主のクライブ自ら接客しているのかと納得もする。
レイは平常心を保ちつつ心の中でエイリーンに (何やってくれてんの!) と突っ込んだ。
「では数名の奴隷を連れてまいりましょう、値段は出来るだけお安い方がよろしいのですよね?」
「「はい!」」
「畏まりました、少々お待ちくださいませ」
フランクさんはマルシャ食堂の自宅部分にお風呂場を増築したせいで、かなりのお金を使っている。
なので最初から奴隷は出来るだけ値段を下げて購入しようと決めていた。
取り合えずまずは一人奴隷を購入し、後々店が軌道に乗ったらまた奴隷を購入してもいい。
今日の購入は、フランクさんが一人で店を切り盛りしないための最低限の奴隷なのだ。
贅沢をするつもりはなかった。
「フランクさん、女性の奴隷だと何か問題があるんですか?」
「えっ……」
クライブが部屋を出て行って二人きりになったので、お茶を飲み飲みさっき疑問に思ったことを問いかける。
契約違反とかなんとか、ちょっと心配になるようなことを言っていたので気になったのだ。
「えっと、その、ほら私はあの店に一人で暮らしているだろう」
「はい、そうですね」
だから? どうした?
首を傾げフランクさんを見つめればなぜか真っ赤な顔になる。
そんな無垢な瞳を向けないでよとまで言われる始末。
一体何が何だか分からない。
ハッキリ言ってくれないと異世界に疎いレイには分からないのだ。
「フランクさん?」
またなんで? と声を掛ければ、フランクさんは明後日の方を見ながら説明を始めた。
「女性奴隷を買うときはね、その、そっちの契約も含まれるか、いや、そっちっていうのは、えっと、男女の仲にならないっていう、いや、その、えーっと、無理矢理に、いや、えーっと、なんて言えばいいのかな、つまり一緒に寝ちゃだめだよって、奴隷屋さんと約束するんだよ」
レイを見た目通りの幼い子だと思っているフランクさんは、どうにか言葉を絞り出しレイに説明してくれる。
つまり料理人として買った女性奴隷を性的に扱うなということだろうか。
マルシャ食堂にはフランクさんしか住んでいないので、レイが女性奴隷でも良いと言ったことに動揺したのだろう。手を出すつもりはなくても男の独り住まい、クライブに怪しまれては困ると焦ったのかもしれない。
(フランクさんって初心だよねー、ってか、私見た目こんなだけど、知識あるんだよねー、フランクさんほんとっごめんねー)
レイは心の中で謝りながら、フランクの一生懸命な説明を聞いた。
フランクの説明はクライブが奴隷を連れて戻るまで続き、レイは幼く見えて申し訳ないと、綺麗好き仲間であるフランクさんに心の中で何度も謝ったのだった。
こんにちは、夢子です。
ブクマ、評価、いいねなど応援ありがとうございます。
誤字脱字報告も有難うございます。
フランクさんは29歳です。彼女いない歴29年です。




