奴隷屋へ向かいます
昼前の十一時になると、売店には多くのギルド職員がレイのお弁当を買いに来てくれた。
「月曜は冒険者優先だと思ってたから今日まで我慢してたんだよ」
「レイ君のお弁当の噂は聞いているよ、すっごく美味しいって評判だから楽しみにしてたよ、仕事頑張ってね」
「朝から今日を楽しみにしてたんだよ、無事に買えてよかった。これで僕も皆に自慢できるよ、有難うね」
ギルド長から弁当購入に対し指定が出ているのか、それともエイリーンからの指示なのか、ギルド職員の皆様は一人一個という規則を勝手に作り、それをきちんと守りながら、その上購入時には「有難う」とレイにお礼を言ってくれるという高等テクニックを見せつけ、素晴らしい顧客となってくれた。
けれど当然全員にはレイのお弁当が行き渡る訳がなく。
購入できなかったギルド職員の方々にはもっと数を増やしてほしいと願われてしまい、お弁当の数を増やすことを面倒だと思っていたレイは良心が痛んだ。
(自分の仕事は増やしたくないけど、買えなかった人たちの顔を見るのが辛い……)
冒険者ギルドからの帰り道、スローライフを少々緩めても弁当の数を増やすか真剣に考えたレイだった。
そして翌日。
レイはマルシャ食堂へと意気揚々で向かう。
「フランクさーん、おはようございまーす」
レイが扉を開け声を掛けるとドタドタドタと階段を降りてくる音がする。
今日は途中で転げ落ちなかったようで、フランクの無事な姿を見てレイはホッとする。
「レイ君、おはよう、今日も来てくれて良かったよ」
「あれ? 今日もってお約束でしたよね?」
もしかして約束を間違えてる?
キョトンとしたレイを見てフランクは苦笑いだ。
「うん、でも、ほら、嫌になってこなくなっちゃう可能性もあるしね……」
「……ああ……」
つまり商業ギルドに頼んだ職人は一日で来なくなったということだろう。
店の掃除を頼んだら嫌がられたと言っていたし、きっとフランクさんとは価値観が合わなかったのだと思う。
レイだって街の中に落ちているものを見れば、この世界の人たちとは一緒にやっていけないと思うのだ、反対な意見もあって当然だろう。
この世界綺麗好きなフランクさんの方が珍しいのだ、嫌がられても仕方がないと割り切った。
「フランクさん、実は冒険者ギルドで奴隷屋への紹介状を書いていただけることになりました。それで銀貨一枚かかりますが、大丈夫でしょうか?」
「レイ君、そこまで頼んできてくれたの、有難う。うん、銀貨一枚だね、勿論大丈夫だよ。レイ君は小さくても仕事が出来てしっかりしてるし凄い冒険者だねー。依頼完了の時は最高の評価を付けさせてもらうからね、今日も宜しくね」
「いえいえ、こんなことは当然のことなので、普通の評価で大丈夫です」
「いやいやいや、そんなわけにはいかないよ、レイ君にはアイスのレシピも貰ったんだし」
「いえ、本当に、自分まだ子供なんでランクが上がっても困るんですよ」
レイの言葉を聞きフランクさんはハッとする。
ランクが上がれば危険な依頼も増える。
子供なレイがそれを避けていると分かってくれたようだ。
「あー、そうか、うん、それなら仕方ないね、うん、分かったよ、普通の評価を付けさせてもらうね」
「はい、有難うございます。とても助かります」
納得してくれたフランクさんを見てホッとする。
評価してくれるのは有難いが、紹介状を頼んだだけで 『最高評価』 を付けられるのは納得いかない。
それに何より底辺ランク冒険者を目指すレイとしては普通の評価で十分なのだ。
ランクが上がって目立ってしまっても困る。
お弁当屋を平和に続けたいレイとしては底辺冒険者でいることが何よりの願いだった。
「そういえばフランクさん、アイスは一人で作れましたか?」
「あ、うん、作れたよ。昨日作ったやつをレイ君に見てもらってもいいかい?」
「はい、勿論です」
フランクは一度の説明だったにもかかわらずアイスを一人で作り上げていた。
味も問題なく、後は見た目の綺麗な盛り付けだけだとレイは作ってきたアイス用のディッシャーを渡し、お皿への盛り付けを指導しながら、ばえる飾りつけも教える。
「女性はとにかく可愛さを求めます、なのでアイスを盛りつけたら小さなフルーツ……うーんと、ラズベリーか森イチゴを飾って、それからウエハースを……あー、これはまた奴隷を購入してからですかねー、フランクさんはウエハースを焼けないですよねー……」
「……うん、えっと、レイ君、なんかごめんね、料理が全くできなくて……」
「いえ、いえ、ここまでアイスが作れればそれで充分ですよ。昨日受付のお姉さんにアイスを食べてもらったんですけど、大量に購入したいって言ってましたから」
(それも恐ろしい顔で……)
エイリーンの迫力ある表情を思い出し、レイは一瞬ぶるっと震える。
甘いものは人を誘惑すると言うけれど、エイリーンのあの様子はちょっと常軌を逸していた。
中毒にかかっているような気までしたぐらいだ、恐るべしアイスパワー。今から冒険者ギルドへ向かうのが怖いぐらいだった。
「フランクさん、そろそろ冒険者ギルドへ行きましょうか、この時間ならもう冒険者の皆さんもいないと思いますし」
「う、うん、そうだね、レイ君、よろしくお願いします」
「はい、任せてください」
冒険者が多くいる時間では商業ギルド登録のフランクさんは居心地悪いだろうと思い、午前のおやつの時間あたりを目標に冒険者ギルドに向かうことにした。
決してちょうどいい時間に賄賂を渡してエイリーンの胃袋を掴むためではない。たまたまだ。
「エイリーンさん、マルシャ食堂の店主フランク・マルシャさんをお連れしました」
冒険者ギルドに着くと案の定冒険者の姿はほとんどなく、エイリーンの受付にも待たずに並ぶことが出来た。
レイの姿が見えるとクール美人なエイリーンの顔にとってもいい笑顔が浮かぶ。
「レイ君、待ってたわ、さあ、こっちに座って座って」
ニコニコ顔のエイリーンに導かれ、レイとフランクは受付前に準備された椅子へと座る。
(えー、昨日までは椅子なんてなかったのにぃ……)
気がつけばお手伝いだと言ってエイリーンの後ろには数名の女性職員が立っている。
なんだか獲物を待ち構えているカラスのようでちょっと怖い。
いやハイエナが正しい表現だろうか。
けれどレイの横には依頼主であるフランクさんいる。
絶対に守り抜かなければならないだろう。
レイは強敵を前にごくりと喉を鳴らし、どうにか女性たちの圧に負けない笑顔を作り上げた。
「エイリーンさん、紹介状をよろしくお願いします」
「ええ、勿論よ、もう準備は出来ているわ。マルシャ食堂さん、こちらの書類をご確認願いします」
後ろに控える一人の女性職員さんがさっと書類を差し出し、別の女性職員さんがフランクの前にペンを置く。
そしてこれまた別の女性職員さんがお茶を出し、またまた別の職員さんがお茶菓子を出してくれた。
アイスが食べられるからか、至れり尽くせりだ。
フランクさんは冒険者ギルドではこれが当然の行為だと思ったのか「冒険者ギルドの方たちは優しいのですねー」と笑っているがレイはぞくぞくする。エイリーンさんを始め、皆がハンターのような目をしているからだ。
「はい、書類に問題ありませんでした」
「では、こちらにサインをお願い致します」
「はい」
紹介状の申込用紙にサインが終わると、エイリーンさんから封筒に入った紹介状を渡される。
「今回は庶民用の奴隷が多い奴隷屋ゴアへの紹介状を用意いたしました。名前に間違いがないか確認をお願いします」
「はい、大丈夫です」
紹介状を受け取りホッとするフランクさん。
けれどここからが本番だ、レイはちっともホッとできない。
期待顔の女性陣の笑顔が恐ろしすぎるからだ。
「フ、フランクさん、これから販売しようと思ってる商品を皆さんに見てもらった方が良いですよね?」
「あ、ああ、そうでした。レイ君、持っていてもらったアイスを出してもらってもいいかい?」
「勿論です!」
サムズアップを出しながら、空間庫からアイスを取り出す。
フランクさんが作ったアイスを全部持ってきたので、ものすごい量だ。
下手をしたらギルド職員全員分ぐらいあるだろう。
どうせならギルド全体に「おすそ分け」という名の賄賂を渡してもいいのかもしれない。
そんなことを考えながら数個の保冷箱をカウンターの上に置けば、エイリーンさんたちの目がぎらぎらと輝き出した。
「マルシャ食堂では今後この商品をメインにやっていきたいと思っております。なので皆様の率直な意見を頂けたら嬉しいです」
「任せてください!」
気合を入れて返事をするエイリーンが怖い。
ドキドキしながらレイがお皿を取り出すと、女性職員さんがササッとそれを受け取る。
そして皆でお皿にアイスをドンっと盛り、無言のまま食べ始めた。
「ね、ねえ、フランクさん、紹介状も貰ったし、もう奴隷を見に行きませんか?」
夢中でアイスを食べ続けるエイリーンさんたちが怖くなり、レイはフランクにそう声を掛けた。
「えっと、でも、いいのかな? アイスの感想も聞いてないけど?」
いやいやいや、どう見ても彼女たちに感想を聞くのは無理でしょう。
それよりも店のためにも早く奴隷を見に行こうよ!
そんなレイの気持ちは十分にフランクに伝わったようで、何かをあきらめたように立ち上がってくれた。
「エイリーンさん、アイスの入れ物は次回受け取りに来ますね。それからアイスは食べ過ぎると太るし、お腹を壊しますからほどほどにしてくださいね。じゃあ、有難うございました。お気を付けて~」
聞こえているかどうか分からないけれど、エイリーンが頷いていたように見えたので多分聞こえていたと思う。
(まさかあれ全部をあの人数で食べないよね……?)
真面目なフランクはかなり練習を積んだので、アイスはレイの家の浴槽分ぐらいある。
それを全部食べるのか? と彼女たちの体を心配しながら、レイとフランクは奴隷屋に向かったのだった。
こんにちは、夢子です。
ブクマ、評価、いいねなど応援ありがとうございます。
誤字脱字報告も有難うございます。
タイトルを「ハイエナとの面談」にしようか悩みました。
次の日受付嬢は数名お休みしたそうです。




