冒険者になれなかった男
ギルド長との面談を終えエイリーンに紹介状を頼んだレイは、少し早いが売店に向かうことにした。
前世の働きバチの血が騒ぐのか、それとも新人としての良心が痛むのか、時間があれば何かをしていなければいけない。そんな気分になるのだから不思議だ。
レイ本人は気づいていないようだが社畜としての心構えは生まれ変わっても消えていないようだった。
「おはようございます」
「んあ? なんだー?」
売店の受付にある椅子に座り、カウンターに肘をついてぼーっとしている青年に声を掛ける。
朝見た時から微動だにしていないその姿は、やる気のない青年そのものだ。
きっとこの青年がモーガンが言っていたもう一人の売店員『ロブ』なのだろう。
カールのかかったレンガ色の髪を持ち、頬にそばかすを付けた青年は飴ちゃんをくれたカークよりもちょっと年上、卒業間近の高校生男子か入学したばかりの大学生ぐらいに見えた。
「ロブさんですよね? 売店でお弁当屋をさせていただく許可をもらいました新人冒険者のレイと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
初対面は大事だと得意技を繰り出しレイはきちんと挨拶をする。
ロブはそんなレイを目をぱちくりとさせて見た後にカウンターに突っ伏した。
「こんながきんちょでも冒険者になれたのに……」
「えっ?」
突っ伏しているせいで声がくぐもって何を言ったのか聞き取れなかったが、ロブはなんだか泣きそうな顔を上げると「よろしくな、ちびっこ」と挨拶を返してくれた。
(もしかして難しいお年頃なのかな? だからボーっとしてたのかも、遅い思春期ってやつだよね?)
レイは勝手に解釈し「はい」と頷く。
そして前回と同じように白いエプロンと白い帽子に着替えたレイは、まずはモーガンに教わった通り掃除を始め、売店にある品の確認などを始める。
「おい、レイ、何やってんの?」
「えっ、仕事ですよ? 商品の在庫も確認しないと」
「在庫? それはモーガンさんの仕事だろう? なんでお前がやるんだ?」
「えっ? 仕事内容として教わったからです。ロブさんは習いませんでしたか?」
「……習った……ような、気がしなくもなくはない……かな?」
何言ってんだこいつ。
レイは心の中で盛大に突っ込んだがそこは元大人、空気を読んで笑顔のまま黙ることを選択した。
ロブは多分この売店でしか働いたことがないのだろう。
いわば学生の初バイト。
なので自分から仕事を見つけ進んで働くなんて出来るわけがない。
それにあのモーガンのことだ、売店の仕事を一手に引き受けていたに決まっている。
レイだって前世の記憶があるから仕事を教わっても一度で覚えられるわけで、本当の十二歳だったらロブと同じように椅子に座ってボーっとしていただろう。
何故ならそれが店にとって一番被害が少ないから。
勝手なことをされて困るのは売店を取り仕切っているモーガンであることは分かり切っている。
だったら何もされない方がモーガンも楽なのだろう。
「えっと、ロブさんはいつからこちらで働いていらっしゃるんですか?」
店内にある商品を拭きながら、カウンターに肘をついたままのロブに声を掛ける。
今日はなぜか冒険者の客がほとんど来ない。
前回はお弁当を購入する客以外でも、備品購入の冒険者たちが沢山来てお昼前まではそれなりに忙しかった。
だが今日はほぼゼロと言えるほど客が来ていない。
これはきっと相談出来るモーガンがいないからだろう。
けれどそれをロブに伝えるつもりはない。
「今日も暇だなー」と呟くロブは、自分自身で冒険者ギルドの売店員として役に立たないと言っているようなものだった。
(やっぱりモーガンさんってすごい人だったんだねー、働き方もそうだけど、売店に来た冒険者たちに的確にアドバイスしてたし、どこに行くか聞いてこれをもってけとか、あれを持ったかとか必需品について指導もしてたし、相談も聞いて上げてたもんねー……)
冒険者たちのスーパーアドバイザーであり、ギルド長にとっての都合のいい働き虫でもあるモーガンを思い浮かべ、『超人モーガン』のレッテルをレイは貼る。
二十四時間働ける凄い人だと分かっていたけれど、今はモーガンが神のように思えていた。
「あー、俺は去年からここで働いてる。十四で冒険者になろうと思ったけど、落ちて、その後も落ちて、また落ちたらモーガンさんがここで働けって誘ってくれたんだ」
「モーガンさん……マジで神!」
片手で顔を隠し、出ていぬ涙を拭いながらモーガンを褒めるレイを見てロブが目を輝かせた。
「ああ、あの人はすっげー人だぜ! 王都でも風切りのモーガンって有名だったんだぞ、すげーだろう!」
「ぶほっ、神切のモーガン?」
「ああ! そうだぜ! 二つ名が付くほど人気がある冒険者なんて中々いないんだからなっ!」
「……そ、そうなんですねー」
どうやらモーガンさんは慈悲深く、昔から神のような存在だったらしい。
(モーガンさん、二つ名にまで神が付くとは……凄すぎる……)
モーガンはきっと昔から自己犠牲の精神を持っていた人なのだろう。
だからこそギルド長にいいように使われているのかもしれない。
けれどそれを嫌だとか面倒だとかと思わないのだから、面倒くさがりやのレイは頭が下がる気持ちだった。
「そういえばロブさん、冒険者になろうとして落ちたって言いましたけど、試験でもあったんですか?」
レイの問いかけにロブは目を丸くする。
何言ってんだこいつ? と突っ込まれた気がした。
「ああ? なんだ、レイはそんなことも知らないのか? 冒険者になると指導係が付けられるだろう、その人が一か月ぐらい俺に仕事を教えながら俺の様子を見るんだよ、それが試験って言えば試験だな」
「指導係?」
「そう、んで、冒険者に向いてるかどうか一か月かけて確認されるわけー、で、俺は三回とも不合格、指導係は全員変わったけど、俺は冒険者に向いてないってさ」
「一か月かけて?」
「そう、レイの指導係の人もお前をずっと見てるからな、冒険者になれたからって浮かれてないで気を付けろよ」
「……」
いやいや、自分の指導係は王都に向かいましたけど?!
もしかして乗馬が冒険者としての試験だった?
いや初日に魔獣を倒しに行くことを断った時点で自分は詰んでる?
これはもう冒険者失格確定なのだろうか?
「私ヤバい?」
いやいやいや、でもレイは弁当屋の仕事がメインだ。
それに薬草採取さえすればオッケーを貰ってもいる。
(もしかして王都に行くってギルフォードさんが報告したのって、結構重要なことだったのかな?)
大事な話と言われ 『なんだそんな事かよ』 と思っていたレイは自分を恥じ入る。
それと共に、心配げに報告してくれたギルフォードの優しさには感謝が溢れた。
(ギルフォードさん、うざいだなんて思ってすみません、貴方は立派な教育係です……)
出てもいない涙をまた拭い、レイはギルフォードに感謝を捧げた。
けれどもう一つ気になることがある。
一か月の確認期間がありながらギルフォードが何故レイから離れたのかだ。
「ロブさん、一か月たたずに教育係が離れることってありますか?」
「ああ、それは最速合格か、最速失格のどっちかだろう、そんな奴は聞いたこともないけどなぁ」
「……っ!」
詰んだ。
これは絶対に詰んでいる。
レイはきっと不合格なのだ。
だからギルフォードは遠慮なく王都に行けたのかもしれない。
それに朝のギルド長の様子もどこかよそよそしかったし、可笑しかった。
(ギルフォードさんが帰ってきたら冒険者証取り上げられるかも……)
がっくりと項垂れるレイ。
だけど商品を拭くその手は止めない。
心と体は別物だ。
どんなに落ち込んでも前世持ちは仕事が出来るのだ。
「どうした? レイ、なんか元気なくなったけど?」
「いえ、なんでも……」
「そうか? ポーションでも割っちまったのかと思ったぜ……」
落ち込むレイをロブが心配げに覗き込む。
一応は優しさもあるロブだけに、何故冒険者試験に落ちたのか気になった。
悪人だからという理由ではなさそうだからだ。
「そういえばロブさんは自分が試験に落ちた理由って分かりますか?」
「んああ、聞いた、聞いた。一回目は冒険者証を無くして、なんかどっかの犯罪者に使われてダメって言われた」
うん、それは落ちますね。
てか、冒険者証を無くすなよ!
無言で頷きながらもレイは心の中で突っ込んだ。
「二回目は魔獣を倒しに指導係の人と一緒に森に行って、後ろで見守っていた指導係に魔法を当てちまってダメになった」
「えっ、大怪我をさせたんですか?」
「いや、服が破れてよー、特にズボンが酷くって色々丸出しになったんだ……」
何がとはレイは聞かなかった。
だけどその指導係には同情した。
どうやって街まで戻ったのか聞きたいぐらいだ。
それにズボンだけを的確に狙うロブの魔法の精度もある意味凄いと思った。
「そ、それで三回目は?」
レイはこれ以上があるのかとドキドキしながら答えを待った。
ロブは少し考えながら過去を語る。
「野営を練習してたら夜になんでか火事になったんだよな……近隣の村にまで燃広がってさー、大騒ぎになったんだ」
「……」
「火の番の時、俺がうたた寝して魔法を使ったらしくってさー、そんな記憶はないんだけど、めっちゃ怒られた。お前はもう冒険者になるなって、ギルド長にも怒られたんだぜー」
「……」
酷いよなーと言うロブの話を聞きながら、レイはロブの指導係たちに同情した。
天然ドジっ子はいるけれど、ロブはその域を軽く超えている。
良く死人が出なかったと教育係たちを褒めたいぐらいだ。
「俺、風魔法が使えるからさ、だから暫くモーガンさんの傍にいて魔法を習えってギルド長に言われてさー」
困った時のモーガンさん頼り。
色々と押し付けるギルド長に対し、レイはまた殺意を覚えた。
「へへへ、だから秋にまた冒険者の試験を受ける予定なんだ。今度は絶~対に受かって見せるぜ、モーガンさんに色々と教わったからなっ」
「……」
へへんっと胸を張るロブを見て、まだ見ぬ次の指導係の苦労をレイは偲んだ。
どうか生き残って欲しい、そう願って。
「ロブさん、頑張ってくださいね」
「おう、任せろ! 絶対に冒険者になってやるからな!」
そう言い切ったロブは、夢に向かって突き進む希望溢れる若者らしい良い笑顔を見せてくれたのだった。
こんにちは、夢子です。
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天然ドジっ子ロブは十七歳設定です。




