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序章



   惑星パルミラを制する者は、宇宙を制す。



       序章


 ゼンディラが、第一高位惑星エフェメラの頭脳とされる最高星府スタリオンの、実質的に最重要とされる秘密指令によって――その存在自体を秘匿された惑星、パルミラへやって来たのは二十八歳の時であった。


 彼の生まれは、高位惑星系から遠く五千光年も彼方にある辺境惑星のひとつ、メトシェラだった。ゼンディラは、今は亡き地球から飛び立ち、現在で数百以上もの銀河系を治める高位惑星系の文明人からしてみれば、極めて野蛮にして質素な暮らしを営む、下位惑星系の中でもかなりのところ洗練度の低い、貧しい惑星の出身だった。


 彼は惑星メトシェラの首都、メセシュナから約三百六十キロほど離れた山奥――そこにそそり立つ標高二千六百七十九メートルある、元はアストラ要塞と呼ばれ、現在はアストラシェス僧院と呼ばれる僧院の修業僧であった。このアストラシェス僧院には、山の麓から順に数えて七つの僧院があり、まず、修道希望者は第一僧院のメセトナに入って修行をはじめ、本人の希望と僧院大僧正の認可を受けることが出来れば、第二僧院クリオラ、第三僧院ティスティアナ、第四僧院ナストラナヌク、第五僧院ゴンディスレセンテ、第六僧院ソーディナシェル、そして最終的に山上に聳え立つ第七至高僧院アストラシェスへと至るわけである。


 七つある僧院はそれぞれ、その時々によって修道僧の数にばらつきはあるが、それでも修行僧の総人口は概ね千名を超えたことはなく、これはメトシェラという惑星の平均寿命が五十歳に達していないこととまったく無縁ではなかったろう(ちなみに、高位惑星系の人々にとって平均寿命なるものはすでに存在していない。人類はすでに不死にも近い状態に達し、自分が何歳まで生きるかを自己決定することが出来る)。


 これは第一僧院ではよくあることであったが、ゼンディラもまたメセトナの朱色の僧門前に、赤ん坊の頃捨てられていたのであった。彼はこうして物心が着くまでの間、山の麓に唯ひとつだけある女性のための修道院、メラモント尼僧院で過ごし……六歳になる頃にはメセトナでの、将来の高僧を目指しての生活がはじまった。


 彼はその後、二十五歳という若さでアストラシェス第七至高僧院へ至ることになるわけだが、生来の性格がもともと静かで大人しい質だったからだろうか、ゼンディラは僧院での生活を窮屈とは感じても、苦痛とまで思ったことは一度もない。だが、そんな彼にもうひとつの、俗世の価値観を教えてくれた友がいる。同じように第一僧院メセトナの門前へ捨てられ、幼馴染みとして育ったヴィランである。


 ゼンディラは尼僧たちにとって手のかからない、彼女たちにしてみれば将来が心配になるくらい大人しい子供だったが、その点、ヴィランはまったく逆であった。四歳になる頃には嘘をつくことや盗みを覚え、食堂から何かちょっとした物をちょろまかしては、ゼンディラにもおやつや果物を分けてくれたものだった。ヴィランは尼僧たちにとって頭痛の種であると同時、しょっちゅう仕置きしなければならぬ、先の思いやられる子だったに違いないが――それでいて彼にはどこか、憎めない可愛らしさや愛嬌があり……ゼンディラが生まれて初めて嫉妬なる感情を知ったのは、おそらくこの頃であったろう。どんなにいい子にしていても「当たり前」の自分と、どんな無茶をして叱られても、最後には愛情とともに抱きしめてもらえるヴィランと――(母親代わりの尼僧たちに愛されているのは、自分よりもヴィランのほうだ)……だが、ゼンディラはそうした自分の内に燃える嫉妬の炎を押し隠した。六歳となり、メセトナで初めて自分用のアスラ聖典を渡され、何気なくぱらぱらとページを捲った時、最初に目に入った文章というのが『人の悪徳七つ、それは傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰である』という言葉だったことも、ゼンディラのその後の人格形成に影響を及ぼしたことは間違いない。


(自分は悪い子だ。いつでも正々堂々と悪さをして、潔く叱られるヴィランよりも……きっと本当はずっと良くない子なんだ)


 そうした心を内に秘めつつ、それでいてゼンディラは子供たちを教える学僧たちの覚えもめでたく、「非常に将来を期待される」優等生であり続けた。ゼンディラが第一僧院から第二僧院へ移ったのは、僅か十歳の頃であったが、それから三年後、ヴィランも第二僧院へやって来た。だがこの翌年、十四歳になる前にゼンディラは生涯に渡ってアスラ神に仕えるべく、<割礼の儀式>を受け――ヴィランは十五歳になると、小さな頃からずっと「こんなチンケな貧乏くさい僧院、いつかおん出てやるんだ」と言っていたとおり、僧門を出、俗世で暮らすべく山を下りていったのである。


<割礼の儀式>とは、簡単にいえば去勢することであり、ゼンディラはこの時、生まれて初めて首都メセシュナへ、高僧たちと一緒に馬車に乗って出かけていった。首都の中心には王族や貴族が住むと言われる白亜の宮殿があり、商店がいくつも立ち並ぶ目抜き通りも活気に満ちていたが――この時見た首都の様子にゼンディラはほとんど心を動かされることがなかった。<割礼の儀式>のための、特別の医療施設へゼンディラが滞在したのはほんの一週間ほどのことである。これはいわゆる、高位惑星系の人民たちの言う『辺境惑星・住民あるある』ということなのだが、ゼンディラはこの時、高位惑星系の病院施設にあるのと同じ医療装置により、ありとあらゆる身体検査を受けたにも関わらず――そのことに対し、非常な驚きを覚えたにせよ、そのひとつひとつの理解できない医療器械について、それほど深く思いを至らせることがなかったのである。


 七人の高僧たちに囲まれ、神聖な神の言葉の連なりというよりは、むしろその朗々たる低い囁きによって、悪意のある呪文のようにさえ聞こえる<割礼の歌>を唱えられてのち、ゼンディラはふたりの男性看護士の手に託され、手術室へ運ばれた。局所麻酔の他に、経口による麻酔薬も使われたため、自分のペニスが失われ、その後小便がだだ漏れにならぬよう形成手術を受ける間、ゼンディラはとても気持ちのいい夢を見ていた。そして、彼がその後十五年してのち、惑星パルミラで感じることになる多幸感といったものに、その夢はどこか通じるところがあったに違いない。


 手術後、目が覚めてのち、自分のまだ成長途中だった「男としてのしるし」が失われたのを見ても――ゼンディラは特に喪失感に悩まされることはなかった。もしその後、局部に痛みや排尿困難といった症状があったとすれば……もしかしたら割礼の儀式を受けたこと自体後悔した可能性もあったに違いない。だが、高位惑星系で医学教育を受けた特級医師免許を持つ総合外科医の腕は確かなものだったのだろう。「元はあるべきはずのものがない」という違和感に馴れた頃には、彼は割礼という儀式を受けたことを後悔したことは、その後一度としてなかったのである。




 >>続く。






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