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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第三幕 異界の牢獄
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勇者たちの戦場

 

 赤城と羽風が戦っていた場所から離れた地点では、2人の勇者が同じように互いの属性魔法をまとって衝突していた。

 1人は黒髪黒目、クセのない滑らかな長髪とつり目の強い意志を感じるきつい視線が特徴的な雷の属性魔法を駆使する勇者、近衛 都華咲。

 対するもう1人は、少し赤みのかかった黒髪を後頭部で一括りにして、その手に高校生には明らかに不釣り合いな闇をまとった日本刀を手慣れた手つきで持つ、闇の属性魔法を駆使する勇者、夜刀 朱音。


 2人は本来ともに女神アンドロメダに召喚された魔王打倒のために手を取り合う仲間同士のはずなのだが、近衛がある戦いをきっかけに精神的に不安定な状態に陥り、そこに付け込んだ邪神エンズォーヌの言葉巧みな誘導にはまってしまいともにフレイキュストを訪れていた仲間たちをこの牢獄に閉じ込める手引きをしたのである。

 結果、もう1人の雲の属性魔法を駆使する勇者、羽風 真白がエンズォーヌの傀儡の魔法により操られてしまい、夜刀もエンズォーヌの作り上げたこの牢獄に閉じ込められてしまった。


 しかし、夜刀は状況を悲観することなどなかった。

 むしろ、これまで仲間たちのために憎まれ役まで買ってまで動いてくれていた近衛が初めて見せた八つ当たりという行為に、こんな時だからこそ仲間として付き合ってあげようとこの戦いに応じた。


 これは夜刀の人柄なのだろう。

 余裕を持って対峙する夜刀に苛立ちを募らせた近衛は逆上し、雷撃魔法を纏って殴りかかっていった。


 そして、本来は味方同士である2人の勇者は立場を違えて激突することになったのである。



「この!」



「はぁ!」



 これまでに何度となくぶつかり合った互いの攻撃が、再び交差する。

 闇を纏った刀と、雷撃を纏った拳がぶつかり合う。

 弾かれた属性魔法が互いに相殺されて散り、周囲の岩壁に突き刺さる。


 この異界の牢獄は、もともと近衛と通じたエンズォーヌが龍神の勢力に続いて女神の勢力を削るべく勇者を捕える罠として用意したものである。

 そのため属性魔法に対する防御性が高く、余波程度では揺らぎもしない。


 そして、この空間においては属性魔法に用いる魔力効率が低下し、属性魔法の行使に本来の倍近い魔力を消費してしまうという性質もある。


 だが、2人の勇者は御構い無しと言わんばかりに属性魔法を行使して全力でぶつかり合っていた。


 勇者が扱うクラスになると、互いの属性魔法が正面からぶつかり合った場合、その属性魔法が相殺される。

 互いに属性魔法が相殺されれば、自ずとその後の勝負は属性魔法に頼らない戦いになるため、赤城を上回る剣技を持つ夜刀が有利になる。


 だから夜刀には余裕と自信があったのだが、そう簡単にことは運ばない。



「はあっ!」



「危なっ! この!」



「はっ! 当たるものか!」



 夜刀の剣を近衛は普段よりもはるかに素早く動くことで回避して、すかさず反撃を仕掛けてくるため、むしろ夜刀の方が押されていた。


 近衛の属性魔法である雷を応用することで、自身の体に本来のそれよりも早く反応できるよう魔法による電気を流し、一種のドーピングを用いて近衛は己の反射神経を上げている。

 しかし、それにしても近衛の動きは速い。



「はあ!」



「うっ!?」



 近衛の雷を纏った拳を闇を纏った刀で防ぐ。

 互いの属性魔法はそれぞれがまとうもの同士で相殺されたが、近衛の拳の重さに夜刀は押し負けた。


 即座に勢いを流すように後ろに下がるが、近衛の素早い雷を纏った蹴りが突き刺さる。

 それは夜刀の肉体を変化させる属性魔法を雷で打ち消し、純粋なキックとなって突き刺さる。



「かはっ!?」



 反応しきれずまともに受けた夜刀は、壁まで吹き飛ばされた。



「うっ………!」



 よろめきながらもなんとか立ち上がる。

 その様子を微かに息を切らせながら、近衛は見下ろしていた。



(痛た………今のは効いたなぁ………)



 まともに蹴りを受けてしまった腹部を抑えながら立ち上がった夜刀の方は、近衛に比べかなり消耗していた。


 夜刀を追い詰める近衛の攻撃は、その1つ1つが異常に重たいのである。

 まるで金属でできているのでは?などと疑いたくなるほどに、近衛の攻撃はとにかく重たい。文字どおり、一撃一撃に重さがあるのだ。


 そのため、夜刀は素手の近衛を相手に刀を持ちながらも押されていた。


 夜刀の体にはあざや擦り傷、雷によるやけどの跡がいくつもできている。

 口からは薄っすらと血が垂れていた。


 理由は不明だが、近衛は夜刀の知る彼女よりもはるかに強かった。


 近衛は何らかの新しい力を会得していた。

 それが、剣を持つ夜刀をここまで追い詰めている。


 心の片隅に無意識のうちに抱いていた剣があれば勝てるはずだという驕りは、すでに夜刀の中からは消えていた。


 よろめきながらも何とか立ち上がった夜刀の姿を見て、彼女ほど消耗していないがその身体にいくつもの怪我を作っており息も切らしている近衛は、あざ笑うような笑みを浮かべた。



「はっ………最初の威勢はどこへ消えた? もう満身創痍ではないか」



「それは否定できないかな………」



 苦笑いを浮かべる夜刀に、近衛は忌々しげに舌打ちをしてから、再びその顔に嘲笑を浮かべる。



「貴様は刀さえあれば私に勝てるとでも思っていたのだろう? 実に愚かだ。貴様は、いや貴様らは実に愚かだ。こんな連中のために労力を割くことは、全くもって無駄だった」



 仲間たちを心の底から軽蔑し、見下す近衛。

 夜刀としては近衛のことを嫌ったことなど一度もなかった。彼女の意見にも同調し、ともに女神のことを調べた仲である。


 しかし、今の近衛には届きそうにないだろう。

 彼女の口上は夜刀の耳には届かない。それが本心でないと、知っているから。



(世話がやけるなあ………)



 とはいえ、近衛に押されていることは間違えなかった。

 近衛の動きは夜刀よりもはるかに速く、一撃ごとがとても重たい。

 同じ勇者とは思えないほどに、今の近衛は強い。


 その強さの理由を解明できなければ、このまま押し切られてしまうことは明白である。


 再び刀を構え直す夜刀。

 戦況は不利だが、その瞳にこもる戦意はいささかも衰えていない。


 それを見下ろす近衛は、いまいましげに舌打ちを鳴らした。


 

「チッ………! いい加減、斃れろ!」



 とある邪神により与えられた新たな力は、本来同格である勇者を圧倒できるはずだった。

 実際、夜刀は押されている。


 しかし、斃れない。押し切れない。

 押しているが、倒すまでに至らないのである。


 それが近衛の苛立ちを募らせていた。



(何故だ? 何故倒れないのだ貴様は!)



 苛立ちを乗せた雑な一撃。

 その拳はこれまでの攻防に見せた、邪神に教えられた力を使って作った重く素早い攻撃である。


 だが、その一撃は届かなかった。



「–––––––そこ!」



「なっ!?」



 それまで受けることさえままならずに飛ばされてばかりだった夜刀は、その一撃を躱した。

 そして、反撃と言わんばかりに峰を向けた刀を近衛の方に打ち下ろしてきたのである。



「ぐっ!?」



 肩に強烈な峰打を食らった近衛が、顔を顰める。

 そこに、峰打とはいえ戦いの中で湧き上がる高揚感から手加減が抑えられなくなりつつある夜刀の容赦ない追撃が叩きつけられた。



「しまっ–––––––」



「はあ!」



「ぐあ!?」



 峰打をまともにくらい、弾き飛ばされた近衛は、岩壁に背中から激突する。



「バカな………! あの攻撃を躱すなど………!」



 よろめきながらも立ち上がった近衛だったが、その表情からはすでに相手を見下し軽蔑する色が失われており、強い警戒感と驚愕が浮かんでいた。


 その表情を見た夜刀は、おもわず吹き出した。



「プッ………何だ、そんな顔もちゃんとできるじゃん」



「何だと………?」



 困惑といら立ちをにじませる近衛。

 それに対して、夜刀はとても愉快そうにこう返した。



「そのキリッとした表情の方が、近衛さんには似合っているよ」



 それは、夜刀の率直な感想だった。

 普段の怜悧で真面目な顔つき。先ほどまで浮かべていた嘲笑より、よほど近衛に似合っている顔つきだった。


 まだ、完全に飲まれたわけじゃない。

 まだ、本来の彼女を取り戻せる。


 それが確かな確証として得られただけでも、夜刀としては有益だった。


 そんな夜刀の考えを知らない近衛は、夜刀の態度をバカにされていると勘違いし激怒した。



「貴様ぁ!」



 拳に雷撃をまとわせる。

 自らの身体にも雷を通し、神経伝達をより高速化させる。


 そして、それと並行して別の魔法を展開し、自らの身体を()()した。


 軽くなった身体と高速化された身体能力を駆使して、勇者と比べてもなお圧倒的に素早い身のこなしで雷をまとわせた拳を振り上げて夜刀に向かって飛び出す。



「くたばれ!」



 そして、攻撃の瞬間に拳に備えた魔法をさらに変換して、それを本来の質量よりもはるかに()()した。


 質量魔法。

 属性魔法にも錬金魔法にも属さない、魔力を用いて質量を一時的に操作するという異質な魔法。

 近衛が勇者という共通の敵を追い詰めるために邪神と取引した際に、その仲間に対価として教えてもらった、勇者を相手取るための切り札となる魔法である。


 これを駆使することにより、近衛は重い攻撃と素早い敏捷性を獲得していた。

 それが夜刀を押していた力の正体である。


 本来ならばカラクリが分かったとしても一朝一夕に対抗手段を見出せるものではない。

 重さを操作することで得られる力は、単純ながらに圧倒的な攻撃力とスピードを得られる強大なものだからだ。

 与えられた力とはいえ、自身の質量を自在に操作するというこの魔法を会得し、それを制御して己の物としたのは、近衛の努力と質量という概念を知るその知識の賜物である。


 相手が蒼炎の属性魔法を駆使する最強の勇者である天野 光聖だったとしても、拮抗、もしくは優勢に立ち回ることが出来るほどの力である。


 だが、それでも対峙する相手はその先を行く存在だった。



(見切った………!)



 圧倒的な速さを持とうが、一撃が重かろうが、何度も殴りかかり蹴ってくるという単純な攻撃と繰り返し使用する質量魔法を見せられれば、夜刀はその魔法を感知し、動きを読むことができるようになる。


 夜刀は近衛の質量魔法を見切っていた。


 最小限の動きで、近衛の素早い攻撃を紙一重でかわす。



「なっ!?」



 一度ならば偶然かもしれない。

 だが、2度続けて躱されれば認めるしかなかった。



「重さを変えている。それがその魔法の正体でしょ?」



「貴様、何故それを–––––––ごっ!?」



 躱されてももう一度殴ればいいと、もう片方の手を振り回そうとした近衛に、夜刀は質量魔法の正体を見切ったことを告げる。


 それに思わず動揺して動きが止まった近衛は、直後に再び強烈な峰打を食らって吹き飛ばされた。



「うっ………質量魔法を、見切っただと………!? そんな、バカな………!?」



 岩壁に叩きつけられながらも倒れることなく踏み止まった近衛だが、こうも容易に見切られたことに対する動揺は大きい。



(いや、だからどうした!)



 しかし、すぐに気を取り直す。

 見切られたからといって、負けが決まったわけではない。

 すでに夜刀もボロボロであり、見切ったとしても躱せるのには限度がある。



「粋がるなよ………! 見切ったくらいで勝てると思うな!」



 あいつら全員を見返してやると決意した近衛は、こんなところで負けていられるかと己を奮い立たせる。

 その強い意志を唱えるように、雷撃が降り注ぐ。


 対して夜刀もまた、その消耗した身体とは裏腹に、ふみとどまり奮起している近衛の姿に笑みを浮かべていた。

 そこにはもう、仲間のだだに付き合うという余裕の表情はなく、ただただ強敵を前にして圧倒的に不利な状況を楽しむ戦闘狂の笑みが浮かんでいた。

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