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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第三幕 異界の牢獄
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ゴーレムグソクムシ

 ラプトマを出発した日の夜。

 ゴーレムを適当な場所に止めている。


 グラヴノトプスは話し疲れたらしく、本国への連絡のために錬金魔法で作成したメッセンジャーである鳥型のゴーレムを飛ばした後、早々に眠ってしまった。

 今は毛布にくるまり焚火を挟んだ反対側で静かな規則正しい寝息をこぼしながら、穏やかな寝顔で眠りについている。


 俺の方は、火を絶やさないよう枯枝を追加しながら時折グラヴノトプスの顔色を確認しつつ、夜を過ごしている。

 グラヴノトプスはエンズォーヌの眷属である海魔と融合したことがある。体調を崩すなどの影響がないとは限らない。


 今のところは大丈夫そうだが、油断大敵である。

 警戒しないに越したことはなかった。



「…………………」



 彼女の無防備な寝顔を見るのは初めてではない。

 しかし、何度見ても見慣れるとは思えない。


 普段の口調や行動との差異がそういう認識を抱くのに一役買っているのだろうか。

 その寝顔はとても穏やかで、とても無邪気で、そしてとても美しい。


 きっと、夜刀に対する片思いを抱いていなければ、この寝顔を見たときに俺はグラヴノトプスに惚れていた気がする。


 別に面食いというわけではない。

 その素直で表裏がなく感情的な内面と、魔族に三元帥という地位を認められる能力なども含めた上で、である。


 しかし、それでもやはり彼女の大きな魅力は親と天に与えれた外見になるだろう。


 命を狙われていたとか、逆恨みされていたとか。

 そういった禍根を忘れさせるほど、とても綺麗だった。


 ………人の寝顔を無遠慮に見るのは、礼を失するので程々にするが。



「…………………」



 静かな夜である。

 こうして寝顔だけ見ると、あの武勇を振るう魔族の将とは思えない。


 空を見上げると、星々が光り輝く夜空が見える。


 明るい夜の日本では見られなかった光景である。


 美しい夜の景色は、幾億の金銭よりも輝いて映るもの云々と、誰かが美しい夜景を評していたなどという話を聞いたことがあるが………。

 いや。あれは星空ではなく夜の都会を表したものか。


 こういう記憶に強く残る情景を、ふさわしい言葉にできれば風情も出るだろうが、あいにく俺にはその才能は無い。



「精々が、この星空と甲乙つけがたい美しさ、とでも言えばいいのだろうか………いや、才の無い身では知恵を絞っても無意味だろう」



 美しさを言葉として例えることは、早々に諦めた。


 写真がないとなれば、この情景を思い出として記憶に焼き付けることが精々だろう。

 錬金魔法でカメラを作る事も不可能では無いが、時間がかかる。


 光聖の復活前に決着をつけることはあきらめたが、思い出にふけっていたなどという理由で足を止めるわけにもいかない。



「…………………」



 星空から焚火に視線を落とす。

 その後は特に何もなく、枯枝を追加する程度で夜は更けていった。




 ………翌朝。


 道程を急ぐ意思がなくなったためか、一晩休んでもあまり焦りが募ることはなくなった。


 自動車型のゴーレムが出れば幸い、程度の認識で朝日が顔をのぞかせる前にゴーレムガチャを回す。


 出てきたのは、さながらダイオウグソクムシのような、全長50cmほどの多数の足を備える等脚目のような外見をしたゴーレムだった。


 デカイ上に外装がとても目立つ金色である。

 動きは巨体のせいかそのフナムシのように軽快に動き回りそうな外見とは裏腹に遅い。


 その代わりかなり頑丈な作りのようである。属性魔法もほとんど受け付けない強い魔神の加護が与えられているようだ。

 小柄だが腕にまとわせれば盾に使えるかもしれない。


 自律機能はあるしカメラも搭載されているが、偵察には不向きだろう。



「………どうしろと?」



 非常に目立つので、自律機能を無駄にする盾としてか、鎧の飾りとして背中の視界をカメラで確保するために肩にでも乗せるくらいしか思いつく用途がないが。


 しかし盾にしたところで俺にとってはあってもなくても変わらない存在だし、グラヴノトプスに使わせるのは気がひける。


 後ろの警戒役として肩に乗せるにしては、大きすぎる。はっきり言って邪魔だ。


 現状では使い道が見当たらないゴーレムである。



「………ゴーレムグソクムシ、とでも名付けるか」



 馬型のゴーレムの兜代わりにでもすればいいだろうか。

 そのようなことを考えていたところ、焚火の反対側にて物音が聞こえた。



「ん………」



 グラヴノトプスが目を覚ましたらしい。

 毛布から体を出して腕を伸ばすグラヴノトプスから目を背ける。


 すると、なぜかゴーレムグソクムシがグラヴノトプスの方に向かっていった。



「………いや待て。どこに行くつもりだ? 止まれ」



 自律機構とはいえ、基本的にゴーレムは作成者の意思と命令に沿って行動する。

 しかし、ゴーレムグソクムシのこの行動は俺の意思も寝顔も反映されていないものだった。


 その上、「止まれ」という命令を出したにもかかわらず、ゴーレムグソクムシは止まることなくグラヴノトプスの元まで向かってしまった。


 大きい上に派手で非常に目立つ。すぐに見つかってしまうだろう。


 ゴーレムグソクムシはカメラ機能も搭載している。

 錬金魔法に精通しているグラヴノトプスならばその機能を一目で理解するだろう。


 そして、覗き行為に及んだなどというあらぬ誤解をされることが予想できる。


 ………そうなった場合は、大人しく殴られて冷静になってもらうしか対応策が浮かばない。



「はぁ〜………ん? 何だ、これ?」



 グラヴノトプスはすぐにゴーレムグソクムシの存在に気づいた。

 当然だが、今はカメラを起動していない。



「あいつのゴーレムか? なんでこっちに居るんだ?」



 グラヴノトプスはさほど驚いていないようである。

 魔族は大半が異形の姿であったし、彼女の錬金魔法の師匠はベルゼビュートだった。虫には慣れているのだろう。


 しかし、ゴーレムを見ただけで持ち主まで特定するのは、さすがだろう。

 そのゴーレムは作成者の命令を聞かないが。


 出歯亀扱いされることを覚悟していたが、思いの外反応が薄い。

 カメラ機能に気づいていないのだろうか。それとも、寝起き姿は特に恥ずかしい格好という認識がないのだろうか。


 ………後者はありえないだろう。純粋にゴーレムの機能に関心があるだけのようである。


 目を覚ましたグラヴノトプスの方を見ると、寒いのか毛布にくるまった状態で俺に対して背を向けており、ゴーレムグソクムシを抱きかかえていた。



「くすぐってえよ。………あいつのゴーレムの割には、俺様になついてんじゃねえかよ。浮気か、こんにゃろ?」



 ………ゴーレムに【懐くか懐かないか】という差があるのか?

 初耳の情報である。


 どうやらゴーレムグソクムシはグラヴノトプスに懐いたらしい。


 試しにカメラを起動しようとしたが、ゴーレムグソクムシは受け付けてくれなかった。


 俺の命令を受け付けなくなったのは、主人は俺ではなくグラヴノトプスがいいと主張しているからかもしれない。


 ゴーレムにも作成者以外に主人を選択する自由があるということなのだろうか。


 ………もしくは、ゴーレムガチャによって作成されたゴーレムだから、何か特別な機能でもあるということなのか。



「お前の主は? ………って、俺様なのか!?」



 グラヴノトプスがゴーレムグソクムシにそう問いかけると、同意する仕草をしたらしい。

 命令は受け付けられないが、どういう動作をしているのかはある程度把握できている。作成者だからだろうか。


 どちらにせよ、俺は主人に相応しくないと判断されたらしい。

 扱いに困っていたからグラヴノトプスに譲ろうかなどと一瞬でも考えたことが、愛想を尽かされた理由かもしれない。



「でもでも、考えてみりゃあいつからの贈り物みたいだし、フフフ………い、いや! なんでもねえし!」



 グラヴノトプスが何かを叫んでいる。

 大げさにゴーレムグソクムシから視線を外し、そこで焚火の向こうにいた俺と目があった。


 直後、グラヴノトプスの顔が真っ赤になった。



「〜〜〜! 見るなあ!」



「ゴアッ!?」



 砲筒が投げつけられ、俺の兜に直撃した。


 ………待て。さすがに今のは訳がわからない。毛布に包まっていたのだし、俺はグラヴノトプスの突然の大声を聞いて振り向いただけで、断じて寝起きの彼女の姿を凝視していたなどという卑猥な行為をしていたわけではない。


 誤解されやすい状況だが、言わせて欲しかった。



「何故だ………?」



 ゴーレムグソクムシに愛想を尽かされたことと、グラヴノトプスにいきなり砲筒を投げつけられことに対して、俺はその一言を漏らしながら倒れるのだった。

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