和解
ゴーレムに乗せた際、最初はやかましくわめいていたのだが、しばらく進んでいるといつのまにか大人しくなっていた。
昼寝でもしているのかと思ったが、やけに顔を赤くしてうつむいているだけで、珍しく起きていた。
………何となく、人力車型ゴーレムに乗せて歩いていた頃の印象があるせいか、暇を持て余していると大抵寝ているイメージがある。
さすがにこの思い込みはグラヴノトプスに対して無礼だろう。
出発してからそれなりの時間が経過しているが、大人しくなっただけで未だに起きている今の彼女は、暇さえあれば寝ているなどというイメージには合っていない。
そういえば、ラプトマに至る道中ではまともな会話など罵声と恨みを向けられるくらいでほとんど交わされなかったし、お互いに命を狙うと狙われる側になるくらいしかまともなやりとりもしていなかったことから、俺はグラヴノトプスについてほとんど何も知らない。
同行者となった以上、少しは知っているべきだろう。
今ならばグラヴノトプスの中に感謝の感情が残っていると思うから、そういう話を振るには良い機会だと思う。
「………少し良いか」
「ひゃい!?」
そう思って声をかけたのだが、俺自身口数が少ないと思っている奴にいきなり話しかけられて驚いたらしく、グラヴノトプスかららしくない随分と可愛らしい声が上がった。
1人で考え事をしていた最中にいきなり声をかけられたのかもしれない。
驚かせてしまったのはよろしくないだろう。
そう思い、謝罪をしたのだが。
「………すまない。驚かせた–––––––」
「お、おおお、驚いてねえし! なんか猫の声が聞こえたみたいだけど、俺様があんな声あげるとかねえし!」
「…………………」
「ね、猫だからな! 俺様は何も言ってねえぞ!」
よほど恥ずかしかったのか、存在しない猫のせいにして強引にはぐらかしてきた。
明らかに嘘だが、顔を真っ赤にして噛みながらもまくし立てる必死な姿は触れることを許さないという意思を示していた。
ここは彼女の名誉のためにも、あまり突き回さない方が良いだろう。
そう判断し、先ほどのグラヴノトプスの上げた声については気づかなかったことにして触れないことにした。
「………少し良いか?」
先ほどのやり取りは無しということにして、最初の問いかけに戻る。
「な、何だよ?」
未だに顔を赤くしているグラヴノトプスは、半分体の向きをこちらに向けるようにして、上目遣いで尋ね返した。
その仕草は先ほどの触れてはいけない彼女の反応もあり、命を狙い襲撃してきた相手とは思えないほど、可愛らしく見えた。
………それはともかく。
当初の目的に戻る。
可愛いとは思ったが、実らない片思いを抱いている身としてはそれ以上の深い感情を持つことはない。
しかし、「貴方の事が知りたい」などと突然尋ねては、警戒されるだろう。
あまり仲が良いわけではない相手からいきなりそのようなことを尋ねられては、俺も警戒する。
無難な話題から会話を掘り下げていくしかない。
そうなると、エンズォーヌに関する事柄か、魔族に関する事柄の二択になるが、エンズォーヌについての話を聞いては目的である彼女自身のことを尋ねるという方向に話題を持っていくことが難しいだろう。
というわけで、魔族についての話題に触れることにした。
「こちらの世界の魔族について、俺はよく知らない。差し障りなければ教えてくれないか?」
「な、何だよ、藪から棒に………」
グラヴノトプスが警戒している………のだろうか? 目線はされているし、顔は赤いままだが。
しかし、質問の意図を図りかねているらしい。
たしかに、どういうことであれ、いきなり何かを問われればその意図が気になるだろう。
さりとて「君のことが知りたい」などというキザな台詞を言うつもりはない。
魔族のことを知りたいというのも、決して建前だけではない。
魔神クテルピウスが異世界人を女神の召喚に紛れて呼び出してまで守りたいと思う存在、そして俺自身が守りたいと思った存在がどういう文化を築いているのか、興味があった。
一見粗野な性格ながら、その軍の将帥としての能力が三元帥に若い魔族ながら選ばられることや、エンズォーヌと手を組んででも俺を殺そうとしながら魔族の安全は考慮していた点などから察するに、グラヴノトプスは繊細な一面も持ち合わせているだろう。
若い、繊細、そして女性。
男から切り出すと下世話なものかもしれないが、こういう手合いと会話を広げるための出だしとしては、やはりこの話題が良いか。
「難しい話題は必要ない。例えば、恋愛観などは?」
「はあ!?」
いわゆる、恋バナというものである。
………夜刀が聞いたら、「堅過ぎて意図が伝わらない!」などと叱責を受けるだろうな。
しかし、元の世界では国籍を超えて盛り上がる話題といえば、やはり「食」、「恋」、そして「音楽」だと俺は考えている。
言葉がなくとも、これは不思議と国境を越えて繋がるものだと思うから。
国際結婚も珍しくなくなかったはず。
話題の選択は間違えていなかったと思ったのだが、グラヴノトプスは顔を真っ赤にして狼狽し始めた。
………いや、声をかければ驚きそれを必死ではぐらかすなど、先ほどから落ち着きがなかったので、別段変わったと言えるものではないが。
今の堅苦しい尋ね方ですら顔を赤らめるとなると、恋愛に疎いのだろうか?
疎いというのであれば、俺も人のことは言えないと周囲によく言われるが、鈍感というわけではない。わかりにくい自覚はあるが。
この場合、疎いというよりも純情という表現が合うだろう。
そして、おそらく彼女には想い人がいる。片思いをしている者として、同じ感情を抱くものの反応には人より敏いと思っている。
俺に対して感謝の念からか少しは心を開いている様子なので、こういう反応をしてくれたのだと思う。少しは信用されているようだ。
しかし、そこまで慌てられるとは思っていなかった。
落ち着くようなだめる。
「れ、恋愛なんてのは軟弱者の考える奴だ!」
「落ち着け。別にお前のことを聞きたいわけではない」
「え………? あ、ああ! そういうことなら早く言えよ!」
「………早とちりしたのはお前の方では?」
「一言多いよな、お前!」
裏拳で兜を殴られた。
彼女のツッコミは、時折本気の殺意を乗せた攻撃よりも響くことがある。
殺意が載っていない分、読みづらいのでまともに食らってしまう。
三元帥の1人に選ばれるほどの実力者だし、彼女自身の素直な性格がツッコミにも手を抜かない形となっているため、まともに受ければ相応のダメージを受ける。
一言多いという非難については、事実なので反論できない。
俺としては感じたことを告げているだけだが、助言のつもりでも相手にとっては余計な一言として聞こえ、場合によっては怒りを買う。
あまり度がすぎると、せっかく立て直すことができたと思っているグラヴノトプスとの関係を再び悪化させることにつながりかねない。
自重しよう。
「すまない。侮辱する意図はなかったのだが」
「そう思うなら、言い方に気をつけろっての」
「そうか」
グラヴノトプスに恋愛の話題はやめた方がよさそうだ。
もともと恋愛に関するものは得意な話題ではない。
切り上げて食文化についての質問に変更することにした。
「………話題を変えよう。魔族の食文化について聞きたい」
「………聞いてどうするつもりだよ?」
無難な話題を選んだつもりだったが、グラヴノトプスは疑っているという感情を隠そうともしない目を向けてきた。
先ほどの恋愛観云々が尾を引きずっているらしい。
不審がられるのも無理はない、か。
シェオゴラス城の滞在中に提供された品々は、魔族の味覚が人間とさほど相違ないことを示すものだった。
魔族も雑食らしい。
肉料理、魚料理、野菜料理………甘いものもあれば、塩辛いものもある。苦いものもあれば、薄味のものもある。
好みも個体ごとにより違い、肉を好む者、甘味を好む者、濃い味を好む者など、人間のように多種多様だった。
そして、どれも俺が知らない味わいのものであり、何より異世界の料理はとても美味しかった。
食への探究心は、魔族も大いにあるということを示していた。
さすがに王の城にて提供されるものだから、一般的なものとは違うだろう。
俺が知りたいのは、その一般的なものに関してである。
しかし、グラヴノトプスは恋愛観云々という先ほどの一見無意味に思える質問をしてきたことから、俺が何かを企んでいるのではという疑いを抱いたらしい。
別に好物に毒を持って差し出すような真似はしない。
するとしたら、天野 光聖を暗殺するときだけだろう。
これ以上はいらぬ疑いを持たれて関係がこじれてしまう可能性がある。
質問の意図について、俺はグラヴノトプスに話すことにした。
「誤解しないでほしい。俺は異世界から召喚された身の上だから、単純にこの世界の魔族たちのことを知りたいだけだ。俺が守る者達がどんな生活をして、どんな文化を築いているのか………それに単純な興味を抱いた。深い意味はない」
「そ、そうか………」
彼女が何を想定していたのかは分からないが、単なる好奇心からという回答は拍子抜けする理由だったらしい。
がっかりしたというか、やや落ち込んだ表情となる。
無用な疑いをしたことに対して、罪悪感でも感じているのだろうか。
警戒するのはむしろ当然と言えるが。
ふと、落ち込む彼女の頭に手を置いていた。
落ち込んだり泣いたりした時の幼馴染によくやっていたからだろう。
クセなのだろうか。
感情を隠そうとしない素直な性格なところがどうにもあの幼馴染と重なってしまう。
「あっ………」
違う点は、日向の場合は笑顔を見せるところだが、グラヴノトプスは恥ずかしいのか顔を赤くしてうつむくところだろう。
表情は見えないが、振りほどいたりツッコミをかましてこない点から本気で嫌がっているということはないらしい。
「そ、そういうことなら、教えてやらんこともない。よく聞いておけよ」
旅の中で話し相手に飢えていたのかもしれない。
グラヴノトプスは終始とても嬉しそうな表情を浮かべながら、日が落ちて一旦ゴーレムを停止させる時まで魔族の文化について饒舌に語ってくれた。
本来の目的であるグラヴノトプス個人に対する質問をする時間はなかったが、彼女の様子を見る限りわだかまりは解消できたと思う。
その笑顔を見れただけでも、十分に時間を割く価値がある会話だった。




