ゴーレムガチャ再び
3幕の幕開けです
国境の砦における殺人事件を発端とした、海獣エンズォーヌのラプトマ襲撃事件。
その功績を称えられ、晴れて冒険者ギルド構成員としての身分証となるギルドカードと、旅費にしては多すぎるものの人間の国でも使うことのできる多額の金銭を手にした。
その後ラプトマを出立した俺たちは、人間の国に向かうための準備をするために街道から外れた場所に移動していた。
叶うことならば、前回のような人力車型ゴーレムが出てきて欲しいものである。
そう思いながら、俺は魔神の宝物の1つであるゴーレムガチャを起動して、新たなゴーレムを生成した。
「…………………」
結果、馬型のゴーレムが召喚された。
馬車ではなく、馬である。
足は決して遅く無いし、普通の馬よりもはるかに重いものを持ち運びできるゴーレムだが、はっきり言って人力車を俺が引いている方が速かった。
楽だろうが、遅い。
人力車のゴーレムが出てきた時も思ったが、異世界観光でも楽しめというつもりなのだろうか?
ラプトマでは勇者の完全復活に関する情報は得られなかったからまだ休養中だろうが、シェオゴラス城の戦いからすでに10日が経過している。
いつ天野 光聖が復活してもおかしくない現状となっていた。
この際、あの男の怪我が完治することは許容することにした。
ラプトマの一件で丸一日時間を費やすことになった。本来ならば、もう少し先に進めていたはずなのだが。
ラプトマの一件は、グラヴノトプスとの関係を改善させる機会にもなったし、邪神族という存在を知ることにもなった。それだけでも価値のある時間だっただろう。
グラヴノトプスに関しては、もう一度話し合う機会が必要だろう。
今の彼女の心境を尋ねて、この旅に以降もついてきてもらうか、それとも魔族の国に戻ってもらうのかを決める必要がある。
もしも俺に対する逆恨みの感情が落ち着いたというならば、敵地の中枢に挑むことになる今回の戦いでは頼もしい味方になってくれるだろう。
割り切れない感情が残っているとすれば、魔族の国で仲間たちと過ごしたほうがいい。
「馬………だよな?」
「………馬だな」
グラヴノトプスの言葉に同意する。
馬を召喚したのは俺の意思では無い。完全な運任せだった。
この世界にも馬がいることは初耳だった。
人間軍と魔族軍の兵士は全員徒歩だったから。
ちなみに、グラヴノトプスの口調だが、当初は俺に対していきなり敬語で接してきた。
他の魔族もいない中、畏まる必要性はない。
それに、あくまで亜人の国では魔族の冒険者同士という同格の関係である。
グラヴノトプスの口調や態度に関しても、彼女の素である方の態度で接してくれた方が、むしろ俺にとっては表裏無い態度を向けられているように感じるのでそちらの方が好ましかった。
そういったことを含め、砕けた態度で接して欲しいと伝えると、グラヴノトプスは簡単に承諾してくれた。
それでも、恨みの視線を向けていた以前より、はるかに友好的な態度で接してくれている。
「………贅沢は言えないか」
馬とはいえ、移動手段のゴーレムを求めていた望みは達成してくれるタイプのゴーレムが出てくれたので、贅沢は言えない。
眠っている間も2人を乗せて移動できるという利点もある。
むしろ移動手段としては有能な部類に入る。
これを使うことにした。
早速馬型のゴーレムに跨る。
馬に乗った事はあるが、その時は振り落とされた。
今回はゴーレムなので、そんな事は無い。
内心安堵しながら、それを表に出すことなくグラヴノトプスに手を差し伸べる。
「乗ってくれ」
「いや、俺様は別に徒歩でも………」
グラヴノトプスはなぜか渋った。
いや、この馬型のゴーレムが俺よりも遅いとは言っても、さすがに足の速さならばグラヴノトプスよりも速い。
それでは置いていくことになる。
ゴーレムなので乗る人数が増えても走る速さは変わらない。
重量を気にする必要もないのだから、遠慮する理由は無い。
しかし、何故かグラヴノトプスは明後日の方向を向いて乗りたがらない。
………もしかしたら、馬に乗れないのだろうか?
しかし、これは馬の形をしているがゴーレムである。
乗り心地にかんしては、本物よりもむしろ優れている。
それに、俺が支えるから振り落とされることに関する問題は無い。
「………ゴーレムだ。乗れずとも振り落とされることは無い」
「違えよ、何の心配してやがる!」
「………言葉通りの意味だが」
グラヴノトプスは顔を赤くしながら睨みつけてきた。
ちなみに、今の彼女は甲冑を着用していない。
代わりに黒を基調とする、主に魔族軍の将が着用するという軍服に身を包んでいる。
甲冑姿が印象的だったので、今の服装は新鮮に感じる。
服装を変えたのは、この方が砲筒を扱うのに適しているからだという。
確かに、身軽で動きもほとんど阻害されないその格好の方が、火砲を扱うには適しているだろう。
「俺のことバカにしてるよな?」
「………いや」
「なんだよ、その間は!? やっぱりバカにしているだろ!」
グラヴノトプスは忙しない。
このツッコミは、ラプトマの一件以前から見られる。
恨みを抱く相手だろうが、何かあれば突っ込まずにはいられない気質なのだろう。
先ほどからツッコミを受けているが、俺の方は別にボケたつもりはない。
先ほどの間に関しても、ただ別のことに思考を割いていただけである。彼女のことをバカにしていたという意思はない。
その否定をいちいち口にしていたら会話のキリがないだろうし、時間も余計にかかることになる。
「…………………」
会話を切り上げ、ふくれっ面になっているグラヴノトプスにゴーレムを近づけて、その体を持ち上げた。
「って、何すんだよ!?」
いきなり持ち上げられて慌てるグラヴノトプスの意見を無視して、そのまま俺の前に乗せる。
グラヴノトプスの横から手を伸ばして手綱を握り、ゴーレムを出発させた。
「ちょっ、ちょっと待て!」
「拒否する」
「拒否るな!」
軽々と持ち上げられてしまったのが恥ずかしかったのか、それとも純粋に現状の待遇を怒っているのか。
顔を赤く染めながら、グラヴノトプスが喚いているが、その声には恨みの感情はなくどこか楽しげな声色に聞こえた。
「ち、ちか………近い………」
「悪いが我慢してくれ」
「このっ………こっちの気も知らないで………!」
グラヴノトプスがまだ何やらブツブツと言っているが、止めるつもりも降ろすつもりもない。
そのままゴーレムを進める。
グラヴノトプスは収まりの良い位置に座った。
ゼロに近い距離だが、俺に比べると小柄なグラヴノトプスならば視界の妨げにはならないし、こちらは全身をほぼ隙間のない鎧に覆われているので大丈夫だろう。
「しばらく駆ける」
「えっ!? いや、待て待て待て! まだ心の準備が–––––––ヒイィ!?」
ひとまず、街道を外れた草原を方角を見失わないように進んでいくことになる。
グラヴノトプスに一声かけてから、準備ができていないという彼女の意見無視して、ゴーレムを全力で走らせた。
「口を閉じておけ、舌を噛む」
「そ、その前に止めろオオオォォォォォ!」
グラヴノトプスの叫び声が響く中、馬型のゴーレムは疲労知らずの脚力を発揮して街道から外れている草原を駆けていくのだった。




