一世一代の名演技
「よしあと少しでここを通るぞ」
俺達は早朝早起きして街道にて準備をしていた。
アリシアが考えた作戦とはこういうことだ。
ズバリ『行き倒れ作戦』だ。
俺は街道で倒れてしまい助けを求めているという設定。
そして手を差し伸べてきたら体に触れることができるというわけ。
さすがはアリシアだ。まさか俺に行き倒れの役をさせるとはね。
だけど正当法じゃ一撃死で終わりなんだからこうでもしないとしょうがないってわけだな。
しかしそれを抜きにすると悲しいぜ。まさかこんな役をしないといけないとはな。
それもこれも転生者とかいうクズ共が悪いんだ。
絶対に狩ってやるからな。
「演技の練習をするのじゃ! わしに何か言ってみるのじゃ」
まだ時間があるのでアリシアを通りかかる人と見立てて俺の演技を見てくれるという。
よし俺の華麗なる演技を魅せてやるか。
「そ……そこのお人。助けてください。食料も尽きもはや動くことすらできません。どうか、どうかお助けください」
どうだ俺の熱演。
これなら例え血と涙も通っていない畜生でも足を止めて手を貸してくれるはずだ。
「それは大変なのじゃな~。ではな~」
スルーして普通に先へ行ってしまうアリシア。
え? これで手を貸してくれないのか?
俺は叫んだ。
「助けてください! こんなに困っている人がここに倒れているんですよ! 助けてください!」
アリシアは立ち止まって俺に向かって叫んだ。
「カットじゃカットなのじゃ。そんなに元気な行き倒れがいるわけないのじゃ」
「だってアリシアが助けてくれないからつい。俺の演技そんなに酷かったか?」
「演技は良く出来たのじゃ。でもわしは元魔王なんでな。こういう行き倒れは助けない主義なのじゃ」
「……いや演技しろよ」
「わしはわしなのじゃ」
「もういいよ……ありがとうアリシア。何となくリハーサルにはなったよ」
「どういたしましてなのじゃ」
こうして本番を迎えることになった。
やっと向こうから歩いてくる奴らが見えてきた。
「よしやるぞアリシア。一度きりのチャンスを活かすぞ」
「頑張るのじゃ。陰で見守っておるぞ」
「お、おう。もし俺が死にそうになったら何とかして助けてくれよな」
「まかせろなのじゃ。だけど保証はできないのじゃ~」
「おいおい頼むぜ。心臓がバクバクなんだぞ今。来る前に死にそうだよ」
「さっきみたいにやれば大丈夫なのじゃ。きっと」
俺は人生初の大舞台に高鳴る胸を抑えながら街道に倒れこんだ。
服もボロボロの物に着替えて顔も泥だらけにした。
これならどこからどう見ても立派な行き倒れだ。
あとはうまくセリフが言えるかどうかだけだな。
足音が近づいてくる。まだ目を開けていて大丈夫だな。
そしてあいつらの会話が聞こえる。
「ジャック様。温泉良かったですねぇ~」
「そうだなぁ。気持ちよかったなぁ」
エルフの巨乳が胸を腕に押し当てながらジャックに話している。
クソがどんな道中だよ。
旅の時は常に奇襲警戒しないとだめだろ。
各自警戒する方向を分担して備えるのが当然のルールだろ。
それを何だあの陣形は。
俺はあんなふうに和気あいあいと歩いて旅をするなんて誰からも教わってないぞ。
それもこれもチートから来る余裕なのか?
そしてやっぱり舐めているんだろうな全てを。
「次はどこ行くんですか……?」
「次は魔王配下の四天王の一人がいるところへ行こう。そしたらまた温泉だ」
「今度は入ってきちゃだめですよ」
「わかってるよハハハ」
さっきとは別の腕に巨乳を押し付けながら魔法使いの女が話す。
ちょっと無口キャラで巨乳というタイプみたいだな。
理想だろこんなの一つの理想の完成体だろこんなの。
あと四天王を倒すのは当然なのかよ。
魔王配下の四天王といえば俺の世界じゃ相当な実力者で通っていたぞ。
恐らくこの世界の一般の力の者からしたらそのぐらいのレベルなんだろう。
だけどこいつと来たらまるで倒すことが前提で話している。
それはおかしいだろうが……。
すぐ温泉の話題を持ち出すのも腹が立つ。
あんなに楽しそうな入浴をまたする気か?
神が許しても俺が許さないだろ。
あ、そろそろ俺が見えるころだな。目を閉じて備えないと。
「見てください。誰かあそこに倒れていますよ」
この声は皇帝の一人娘だな。
よしよし期待通りの反応だぞ。
「ああそうだな。それで次の温泉ではさぁ」
あれ? まだ温泉の話題を続ける気なのか。
もうすぐ側を歩いているな。よし話しかけるぞ。
「そ……そこのお人。助けてください。食料も尽きもはや動くことすらできません。どうか、どうかお助けください」
俺は手を伸ばして助けを求めた。
さぁつかめ。掴むんだ。そうすればお前は終わりだ。
「助け? ちょっと歩けば街があるよ。じゃそういうことで」
それだけであった。
俺にかけた言葉はそれだけ。
……こいつに人の心はないのか? 俺は死にそうなんだが?
俺の演技が悪かったということはないはずだ。
セリフも噛まずに言えたし表情だってばっちり決まった。
なのにその言葉を俺にかけるのか?
手を差し伸べて身を起こすぐらいもしてくれないのか?
失敗だ。完全に失敗した。
死ぬことはなかったがこの展開は予想してなかった。
と嘆いていたその時。
「大丈夫ですか? さぁ立ってください」
一度は通り過ぎた皇帝の一人娘が俺のところへ戻ってきて手を差し伸べてくれた。
なんということだろうか。
この娘だけは人の心がまだ残っていたということか。
俺はいちおう演技を続けた。
「あ、ありがとうございます。本当にありがとうございます」
白い小さな手を掴ませてもらい俺は立ち上がった。
そしてさらに食料を俺に分けてくれるという。
「これ、少ないですけど食べて下さい。さっき言ってた通りあと少しで街がありますからね」
なんという慈悲深い心。
俺は感動した。当初の目的は失敗に終わったが。
「ありがとうございます。勇者様のお仲間ですよね?」
「いちおうそうです。では私は先を急ぐので」
「すいませんでした。この御恩は一生忘れません」
こうして小走りで彼女は去っていった。
柔らかくて暖かい手だったなぁ。
生涯の伴侶にするならああいう娘がいいな。
ってそういうことじゃなくてだな。
次の手を考えなければならなくなってしまった。
振り返っても完全に俺達の姿が見えなくなるまでその場で待った。
「名演技じゃったの」
「ごめんよアリシア。せっかく考えてくれたのに。転生者はやはり普通の人ではなかった。まさかあれほどまでに冷徹だとは。全然うまくいかなかったよ」
俺はアリシアに頭を下げた。
アリシアの作戦は全く悪くなかったからな。
「でも収穫がなかったわけではないぞ」
俺の頭をポンポンと叩くアリシア。
それは慰めてくれてるのかな。
「え? どういうこと? 俺は触れることができなかったからチートは健在だよ」
「最後に一人の女の子に触れたのを覚えておるか」
最後? 皇帝の一人娘のことだな。
「ああいい子だったな」
「あの子、完全に洗脳が解けたみたいじゃ」
「まさか俺が触れたことによってか?」
「そうなのじゃ。恐らくもう操られることはないと思うのじゃ」
洗脳という言葉は思いつかなかった。
確かにそれが一番ぴったしくる表現だ。
あの女の子達の目は明らかに普通の状態ではなかった。
「つまりアイツのチートを解除できたのか」
「元々抵抗力が強かったみたいじゃの。だから触れたことがきっかけで完全に解けたのじゃ」
「そうかそういうことか。じゃあこれからあの娘はどうなるのかな?」
「恐らくチートが解けたことによって本当の姿が見え始めているとのではないかの」
俺の力はそんなきっかけになるなんて思いもしなかったな。
これは意外な展開になってきたぞ。
「つまり転生によって作られた偽りの姿ではなく。転生前の本当の姿が見えてくるということだな。それは楽しみだな。いったいどんなリアクションをするのだろう」
「今、本当の姿を見られるのはあの子だけだからの。わしやお主もまだ知らない姿が見えているはずじゃ」
あの子は元々そういう素質があったのだろうか。
本当の姿を見るための力の素質が。
「とりあえず追いかけるか。まだ遠くへ行ってないはずだ」
「たしか魔王配下の四天王を倒すとか言っておったの」
「よし走るぞ!」