チートとかいう力 俺は許さない
「チート?」
思わず声に出してしまった。俺が思っている事は伝わるというのに。
今まで生きてきた中で一度も聞いたことがない力だ。
一体なんのことを言っているのだろうか。
力っていうぐらいだから魔法のことかな?
しかし転生勇者なら持っている力という言い方は気になるな。
しかもわざわざ強力と言うぐらいだ。
【そうです。チート。本来の意味は騙す事、不法行為。ですが彼らの力を表すチートという言葉の意味は違います。その意味は『あり得ないほど凄い力、決してあり得ないような力』の事を指します】
魔法ではなかったのか。しかし元々の意味が騙す事って勇者が持っていい力じゃない気がする。しかもあり得ないほど凄い力って具体的にどういうことだよ。
そんな力を転生勇者は全員持っているっていうのか?
にわかには信じられないな。
【まぁ見てみれば分かります。彼の戦いを】
彼の戦い? 俺の予想ではたぶんそこら辺の魔物に一発でKOされると思うぞ。
無残に敗れ去り、死肉を漁られ、雨風に晒されて朽ちていく哀れな死体が目に浮かぶ。
ていうか絶対そうなってほしいんだが?
【ほら見なさい。そろそろ始まりますよ。アイツの転生勇者としての初めての戦いが】
転生勇者は最初の難関である魔物が住む森に入っていた。
ここは話によると魔物が住み着きすっかり人が行き来することはなくなった場所だという。
出現する魔物は大したことはないそうだが。だがそれはあくまで魔物と戦う者達の基準での話である。例えば普通の一般人レベルで考えたら決して勝てるレベルではない。
普通に殺されてしまうレベル。
つまり転生勇者の身体的能力からすると一般人と変わらないのだからやはり普通に殺されてしまうレベルということになる。
俺はニヤニヤして見守ることにした。
さぁ魔物達よ、哀れな転生勇者の最期を俺に見せてくれ。
転生勇者が魔物と遭遇した。
魔物は狼タイプか。
あのタイプは仲間を呼んだりするし、基本的に複数で襲ってくるタイプで厄介なんだよな。しかも普通の狼ではなく魔物だ。恐らく魔の力が宿っていることだろう。
まぁ俺なら余裕で倒せるけどね。
だって修行にはああいうタイプとの遭遇を想定した内容もあったし。
対複数の戦い方はコツがあるからそんじゃそこらの戦士だって殺されてしまうぞ。
転生勇者は何故か余裕をこいていた。
「これが魔物か。何だか面倒くさいなぁ」
などとほざいているではないか。
はぁあああああ!?
既にお前相手の間合いに入っているんですけど? 何普通に歩いて近づいてるの?
よく相手を観察して迂闊に動くなよ。
基本的に戦いは先に動いたほうが不利なんだが?
まぁいいか。これでアイツは終わった。今に噛み殺されるぞ。
無論俺は助けるつもりはないが。
【チートと呼ばれる力。しかとその目で確かめなさい。貴方はその力を相手にしなければならないのですから】
ええ?
嘘だろ。こいつ力なんてないよ。
だって今死ぬもん。
俺には分かる。生粋の生まれながらの勇者の俺には分かること。
いくらなんでもここから逆転は不可能だろ。
「ふん。俺の力魅せてやるぜ!」
すると転生勇者は剣を抜いて軽く一振りした。
その瞬間俺の目がイカれたかと思うような光景が目の前に広がったのである。
……。
目の前の木々が吹っ飛んでるじゃん。
そう木々が吹っ飛んでいたのである。
何度も言うが転生勇者の目の前にあった木々が跡形もなく吹っ飛んでいたのである。
「これが俺の力だ」
とか言って勝ち誇っている転生勇者。
勿論今の今まで目の前にいた魔物の姿などそこにはなかった。
広がるのは恐らく剣撃により吹っ飛んだ魔物の残骸。
そして綺麗に切れた木。
【見ましたか? これがチートの力なのです】
これがチートの力だと……?
いったいどんな仕組みだ。
こいつの力の根源は何だ。
俺だって魔法ぐらいは使える。そして剣術だって自信がある。達人と言っていいレベルだ。
しかしこのような力は使えないし、見たこともない。
魔法ではこのような力はあり得ない。
そして驚いたのがこれだけの力を使ってなお、転生勇者は何の消耗もしてないということだ。
これだけの力を使うのならばそれに対応する物、例えば精神力とか体力とかを消耗するはずだ。
なのに見る限り別に力を使う前と何ら変わらない。
むしろふてぶてしさとドヤ顔で余計に調子乗ってる。
はぁあああああ!?
あーイライラする。
あいつどうやってあんな力を手に入れたんだ?
もしかして俺が気づいてないだけで実はかなりの修行を積んでいたのか?
俺の目が節穴だったということか?
【いいえそうではありません。彼は何の努力もせずにただ転生しただけであのような力を手に入れたのです】
なんだと……!?
何の努力もせずにあのような力をただ与えられたというのか?
俺のように全てのを犠牲にし青春を捨てひたすら修行したのではなく、アイツはただ転生しただけだと?
いい加減にしろよ転生勇者。マジで許せないんだが。
そうか、だからチートと呼ばれる力なんだな。
力の内容を表しているのではなく、力の本質を表している言葉だったのか。
たしかにずるいし不正だしあり得ない力、チートだな。
【そしてこの後転生勇者がどのような行動を取るのかに注目しなさい。そして目に焼き付けるのです。転生勇者という存在の本質を】
俺はさらにこの転生勇者の旅についていった。
森では何度か魔物に襲われたがその度に軽く剣を一振りし倒していた。
しかし過剰な力の行使が多すぎる。
おかげで森は大荒れだ。
そこまでする必要はあるのか?
【強大な力を何の努力もせずに手に入れるということがどういうことか分かりましたか? 大いなる力には大いなる責任が伴う。貴方もどこかで聞いたことがあるでしょう】
そうだ。世界の常識だ。
あいつからはその責任というものを感じられない。
やっぱりクズだわ転生勇者って。
そう何度再確認したことだろう。
森を抜け魔王城へと突き進む転生勇者。
まったく疲れを知らない様子だ。
しかもまた衝撃の一言を呟いた。
「面倒くせぇなぁ。走るか」
そしてその瞬間超高速で走りだした、
そう、チートである。
そしてあっという間に魔王城についてしまった。
何ということでしょう。
そもそも勇者ってのはいきなり魔王の元に行くものじゃない。
世界を混沌に陥れている様々な悪を倒しながら、仲間を増やし、人々の心を癒やしながら希望となり旅をしていくものだ。
そうやって光はまた強くなる。
だけどこいつは違う。
こいつと数日過ごして分かったことがある。
こいつは世界の平和とか人々の笑顔とか希望とか光とか、そんなものどうでもいいんだ。
自分が全て。
魔王を倒すという行為だけが目的なんだろう。
そして自分が大好きでたまらないみたいだ。
強すぎる力に完全に自惚れている。
【どうやら真理に辿り着いたようですね。急ぎましょう。転生勇者は魔王を一撃で倒そうとしています】
また一撃か。
どんな敵でも一撃で倒してしまう。
まったく風情もあったもんじゃないわ。
【人々を長きに渡り苦しめていた魔王をいきなり転生してきた異世界からの者が一撃で倒してしまうということ。それがどんなに危険なことか分かりますね?】
ああ俺には分かるぞ。
そもそも世界のバランスを考えたらそういう魔王はその世界でちゃんと生まれた勇者が倒すべきだ。そうしなければならない。
【そうです。その通りなのです。私はそのような勇者を『ナチュラル勇者』と呼んでいます。貴方もナチュラル勇者だったのですよ。残念ながら転生勇者によって死ぬことになりmしたが】
ナチュラル勇者。いい言葉だ。
その世界で自然に発生した人と力で魔王を倒すことが大事なんだ。
その美しい流れをぶち壊す転生勇者。
本当に許せない存在だ。
【魔王城へ辿り着いたようです。魔王を殺すのだけは止めなければなりません。戦いの準備はいいですか?】
ああ望むところだ。
いつでも来い。
正直チートはかなり強大な力なので苦戦を強いられることだろう。
しかーし、俺はナチュラル勇者だぞ。
あんな力には負けはしない。
きっとこの世界の神だって味方してくれるはずだ。
魔王と対面し話しかける転生勇者。
魔王城に突入してここまで数分。
魔王配下の四天王などはやはり一撃で倒してしまったようだ。
「魔王よ。言い残すことはあるか」
「何だ貴様は。この世界の勇者なのか? そんな力の存在聞いたことがないぞ」
「ごちゃごちゃうるさいな。死ね」
こうして魔王に対し剣を振り下ろす転生勇者。
その瞬間に俺は転生勇者に向かい叫んだ。
「おいやめろクズ野郎!! お前は勇者なんかじゃない。ただのクズだ」
転生勇者の動きが止まる。
そして俺のほうへ振り向いた。
「何だお前。いいところだったのに邪魔するなよな」
相手は俺だぜ。
だがその前に魔王にちょっと説明しておかないと。
「魔王よ。俺はアンタには用事はない。そこにいる似非勇者に用事があるんでな。ちょっと借りるぞ」
魔王はわけもわからなくて混乱している。
だがとりあえず魔王も一撃で死ぬところを助けてもらったことになるわけだ。
「あ、ああ。分かった」
とりあえずこれで魔王のOKはもらったので俺が相手になれる。
「場所を変えよう。魔王城が壊れれしまう」
「ふん。お前も一撃で終わりにしてやる」
俺達は場所を魔王城近くの平原にした。
ここなら何も壊れる心配はない。
【さぁ転生勇者を止めなさい。戦うのです。転生勇者狩りの始まりです】
戦いのゴングが鳴った。