捕食者と被食者
「グレイ!こんな時間にどこ行くの」
「ラスリ…」
呼び止める声に振り向くと、怒った顔の幼馴染がいた。
「ちょっとそこまで」
「そこってどこよ。まだ夕方よ?起きるには早すぎるわ」
「君には関係ないだろ。それよりそんなに大きな声を出さないでくれ。皆はまだ寝ているんだ」
それだけ言うと脱兎の如く森へと向かった。
――いた
夜の帳が降り、煌々(こうこう)と輝く月が空に君臨している頃に見つけた。
月明かりを全身に浴びる彼女を。
この世にこれほど綺麗なものがあったのか…。
きっと古代エジプト人が猫を崇拝したのは、その美しさの虜になったからではないか。
グレイは回りきらない頭で考えていた。
どれほどの時間、彼女を見つめていただろう。
口にくわえていたものを落としたその静かな音で我に返った。
(そうじゃないだろう!もう見るだけじゃ嫌なんだ)
「あの…っ」
ふるふる頭を振って意識をはっきりさせると、大きく深呼吸をし声をかけた。
緩慢にこちらを見る彼女と目があった瞬間、身体が震えた。
「あのっ、僕は溝鼠のグレイといいます。貴女にこれを…」
震える声を押し隠し、差し出したのは一輪の紅色の薔薇。
「その綺麗な御髪にはえると思って」
大きく輝く瞳に自分の姿はどう映っているのだろう。
彼女はじっと、足元に置かれた真っ赤な花を見ていた。
「私、猫よ?」
「知っています」
「貴方、ねずみよ?」
「わかってます」
ふっと息を漏らし、彼女は視線を逸らした。
「早く帰りなさい坊や。でないとその紅い紅い液体の放つ匂いに誘われて、私は貴方を食べてしまう」
―――それでもいいの?
遠くを見つめるその瞳は爛々と輝いていた。