エリンジウム【SF】
Xに掲載していた掌編を、一日一話ずつ投稿していきます。
現在約30作ほど。
「ねえ。地球に帰ったら、結婚してくれる?」
それはちょうど、宇宙船の窓から地球が見えた時だった。
私は自分で口走ったその言葉に、すぐさま後悔する。
初めて見る地球に感極まって、思わず、本心が漏れてしまった。
案の定彼は、なんとも言えない微妙な顔で、口元に苦笑いを浮かべる。
「そんなことを言わないでくれ。分かってるだろう」
その言葉の先を、私は知っている。
『俺には妻子がある。お前のことは、ただの仕事上のパートナーにすぎない』
どうやら彼にとっては、ベッドを共にするのも仕事のうちらしい。
どうしたってこの恋は、報われるわけがない。
窓の外の地球は夜に沈んでいて、都市の明かりがまるで蛍の群れのように輝いて美しい。
美しいはずなのに、最低な気分だ。
私は何も言わず、ゆっくりと息を吐き出した。
ふと、窓の外に小さな島が見えた。
夜明けの気配に照らされて、徐々にその姿を現すその島は、口うるさい両親と、息苦しい人間関係があるだけの、とうの昔に捨てた母国。
その時、地球の影から太陽が顔をのぞかせて、眩しいほどの光で地球の輪郭をぼかしていく。
母国はあっという間に、光の波に飲み込まれてしまった。
その光景は、これまで見た何よりも、美しかった。
そうだ。
私は夢を叶えた。
宇宙に出て、地球をこの目で見ることが出来た。
もう、十分だ。
無事に地球に戻れたら、国に帰ろう。
今の私には、立派なキャリアと実績がある。
あの国に戻っても、きっと上手くやっていける。
そっと、彼の手が私の肩に触れた。
さも私の機嫌を取るような、そんな不快な雰囲気だ。
私はさっとその手を払い除けて、笑顔を作る。
「さあ、仕事にかかりましょう」
意表を突かれたような彼の顔に溜飲を下げて、私は無重力の船内を進んで持ち場に向かう。
もうあの男の愛は必要ない。
彼はただの、仕事上のパートナーなのだから。
【解説】
スパイシーでメタリックな雰囲気のエリンジウム。
最近ではドライの花材としても人気ですね。
和名では松笠薊と言います。
刺々しい花姿が周りを拒んでいるように見えることからか、花言葉は「秘密の恋」「秘めた愛」。
他にも「光を求める」「厳格」「独立」といったものもあります。
エリンジウムの枯死した根に生えるキノコが、あのエリンギ。
エリンギの花言葉は「宇宙」と言われています。




