11.スライムはドレスに着替えた(上)
私はスライムを連れて、王太子宮に向かった。
スライムは王宮に入るのは初めてなのだろう。
私に手を引かれながら、珍しそうに王宮内を見ていた。
「王太子殿下、ご活躍のお話は、王太子宮にまで届いております」
王太子宮の侍女頭が、私を心配そうに見ていた。
この者は、元は私の乳母だった男爵夫人だ。赤子を産んですぐに、流行り病で夫と赤子を亡くした。私の母が男爵夫人の境遇を知って、私の乳母に取り立てたのだ。
「今夜、魔王討伐の祝賀会がある。この女勇者を、舞踏会に出られるような姿にしてやってくれ」
私が命じると、侍女頭はスライムを驚きの目で見ていた。
スライムが『麗しの従騎士』にしか見えないのだろう。
「お美しい方ですが……、女性……、なのですか……?」
侍女頭ですら、スライムを女性と見抜けないとは……。
私はだんだんスライムが本当に女性なのか不安になってきた。
「はい。女性です」
スライムが遠慮がちに答えた。
よかった……。本人がそう言っているのだから女性なのだろう。
スライムも、まさか自分の性別を誤ったりするまい。
「そうなのですか……。ダンスはおできになるのですか? 男のパートしか踊れないといったことは……」
ああ、まあ、そうだよな。スライムは男装の護衛剣士だった。ダンスで女性のパートを踊れない可能性だって高いよな。
「ダンスでしたら、男女どちらとしても踊れます。ご安心ください。今度、一曲お相手しましょうか?」
スライムが侍女頭に笑いかけると、侍女頭は「あ、あら」と言って顔を赤らめた。
私のスライムが、女性を口説き落としてまわる色男のようになってしまっている……!
人間の女性に転生したスライムは、この若さですでに多くの女性を泣かせているだろう。
ジゼロック侯爵家も罪なことをする……。
「勇者様のドレスは……」
侍女頭が考え込んでしまった。
スライムはドレスなど一着も持っていなさそうだ。
父には王妃以外に妻はなく、私には妹もいない。
「私はこの格好でも踊れますが……」
スライムが精一杯、気を遣ってくれている。
実に良い子だ。
だが、そういう問題ではないのだ……。
「ドレスが必要でしたら、娼館の姐さ……店主が持たせてくれたものが、騎士団の部屋に置いてあります」
「娼館……」
侍女頭が思わずという感じで復唱した。
「はい。娼館を守る筆頭護衛剣士をしておりましたので」
スライムがまた、まぶしい笑顔で侍女頭に笑いかけた。
侍女頭は、「あら素敵」とまた頬を染めた。
この者は水色のプルプルしたスライムだったのに……。
なぜ爽やかな笑顔をふりまいて、中年の女性を虜にしているのだ……。
侍女頭はすぐに侍女に命じて、騎士団のスライムの部屋にドレスを取りに行かせた。
田舎の娼館が用意したドレスか……。
王宮での舞踏会で使えるような品物ならば良いのだが……。
あまりに安っぽかったりしたら、他で調達しなければならなくなるぞ。
「では、お嬢様、こちらへ」
侍女頭がスライムを風呂に連れて行った。
花びらが浮いた風呂に入れて磨き上げ、髪を梳いて、結いあげて、淑女に仕立ててくれるのだろう。