一話・冒険者登録とすってんころりん
取り敢えず、ドアノブを回してギルドにはいる。
古き良き木造建築のギルドは、中に入ると、モワンとした酒の匂いがする。
俺は酒の匂いが嫌いだ。前世を含めて昔から大の甘党で、未だにキムチ並みの辛いものは食えない。そんで、酒の何処がいいのか分からん。
今は朝から少し昼に移りかけたぐらい。
ついでに言うと、この世界にきっちりした時間の間隔はない。誰も気にしていないのだ。何でだろう。
朝の――前世の感覚で――大体六時ぐらいに起床の鐘が鳴る。これは、大体どこの街でも教会が鳴らす。教会はどこの街にもあるからだ。因みに、この国の国教はベイ・デン教。三神教とでも言うべき宗教だ。細かく言うとめんどくさいので言わないが、何か三人の神様が作った世界ということらしい。
王国の最大の敵対国家は、アームダルト神聖帝国で、此方はクラーマ教という唯一神教を信仰している。前世で言うなら、アームダルトはキリスト教やイスラム教で、俺の住むラベンハール王国はゾロアスター教か?いや、ちょっと違うか。
まあ、いい。
取り敢えず、今は、教会が鳴らす、起床の鐘と真昼の鐘の間だということだ。
寝坊したからこの時間になった。
・・・てへ。
さあ、気を取り直して、冒険者登録だ。
まっすぐ歩いて、受付嬢の所に行く。
茶髪をツインテールにしている可愛らしい受付嬢だ。
年頃は俺と同じか少し上かな?
「どうなさいました?」
カウンターに着くと、受付嬢が優しく話しかけてくれる。うん。いい。癒しになる感じだ。
「冒険者登録をしに来ました」
「・・・え?えっと、もう一度言っていただけます?」
「冒険者登録をしに来ました」
受付嬢は、目をぱちくりさせて聞き返してくる。聞き取れなかったのかな?
「あのぉ・・・冒険者登録は十五歳からしかできませんので・・・お父さんたちには話しましたか?」
「・・・・・・俺、十五なんですけど・・・」
受付嬢は、大きくのけぞって驚きを示した。リアクションの大きい面白い人だな。しかし・・・ここでもこれか。はぁ。
「あの、本当ですか?」
「・・・」
俺はスッと鞄から市民証を出した。
市民証は銅でできたバッジの様な見た目で、市民全員が持つ魔道具の一種だ。出産後に役所に届け出を出すと、これを渡されて、市民として登録される。
この市民登録をしなかった場合、両親が判明する場合は、両親に脱税で罰金もしくは懲役、判明していない場合は、孤児院か教道院に預けられるし、犯罪歴が有る場合は、強制労働刑になる。年齢に応じて、強制労働の期間は変わる。
意外と抜け道が多いが、しっかりとした制度だ。ただ、貴族家で、市民登録をしない者はいない。暗部がとても優秀だからだ。
取り敢えず、市民証をギルドの保有する、認証機器で測ると、俺の正確な生年月日が出る。丁度、十五歳だ。
「し、失礼しました」
「いや、いいですよ。よく間違えられますしね」
哀しいことだが、俺はよく年下に見られる。
しかも、三つぐらい下に。
理由はすごく簡単だ。
そう、俺は、すこぶる身長が足りない!まるでだるま落としでもされたかのようだ!
はぁ。
「冒険者登録ですね。ええっと、此方の質問に正確に答えていただきますね。それをこの機会に打ち込んで、ギルドバッジを作りますので」
ギルドバッジとは、ラノベで言う冒険者カードの様なものだ。
ランクに応じて色が変わる、冒険者ギルドの紋章入りのバッジで、ギルドの機器にかざせば、個人情報が見れる。その上に、ギルドの預金制度にも使えるらしい。なくした場合は、弁償金を払ってもらうらしい。また、遺言がない場合、クエストなどで死んだら、預金はギルドに接収されるそうだ。
凄く丁寧に話してくれる。
これ・・・受付嬢の性格なのか、俺の容姿のせいなのかによっては凄い落ち込むぞ・・・
「はい。ありがとうございました。ギルドバッジの完成です。ランクは、貢献度と呼ばれる、ギルド側で独自に制定した基準で上がりますので、悪しからず。ランクは、下から順に、緑、紫、黄、青、赤、白、黒、翠、紺、蒼、紅、銀、金、虹となります。頑張って上を目指してくださいね」
「ありがとうございます」
「では、クエストは、あちらの大看板に張り出していますので、お好きなものを選んでください。適性ランクも示していますので、自分でリスクとリターンを考えて選んでくださいね。あと、五年以上クエストを受けていなければ、冒険者登録を解除いたします。また、七年以上音沙汰がなければ、死亡したものと判断し、預金はギルドで接収いたします。しかし、翠ランク以上のクエストになりますと、クエスト挑戦から十年で死亡と判断します」
「分かりました」
懇切丁寧な説明ありがとうございます。
ここで、俺が気になったのは、自分のランクの一つ上までしか受けられないと言う様な決まりがないことだ。
前世の愛読書たちはそういうのがテンプレだったのに、この世界のギルドは放任主義の様だ。
「因みに、私はリエアと申します。何か用があればお申しつけ下さい」
「分かりました」
こうして、俺は晴れて冒険者になった!
未だに十二歳ぐらいにしか見られないのが哀しいが。
「ふむふむ。ゴブリンの駆除が適性青、腐り花の採集が紫ねえ。ここは無難に緑のランクをしようかなと思ったら、この仕事しかないとはなあ」
俺が手に持っていたのは、緑色の用紙だ。そこには、城壁補修の手伝いと書いてあった。
「緑だとろくに戦えないって扱いなんだな。別に、戦えなくはないのに・・・」
そう呟いた瞬間、世界が回った。
ああ。世界が回ったのだ。くるんくるんと。
いや、正しい擬音を付けるならば、すってんころりん、と。
俺はこけていた。
ああ、俺はこけているのだ。現在進行形で。
俺は、こけながらではあったが、かなり興奮している。
いや、別にマゾではないぞ。怪我しそうだから興奮しているわけではないからな!
マジで!信じて!
で、興奮している理由だが、俺は受け身を取ろうと体を丸めかけた時、俺の足がニヤニヤしていた酒臭い男の脚絆に引っかかっているのを見た。
俺はこう思った。
こかしてくれるなんて嬉しい!と。
・・・いや、そんなわけあるかァ!
誰だ、今俺に変な台詞吹き込んだ奴!出てこいやオラ!
はあ。戻ろう。俺はこう思った。
(これ、テンプレだ!ギルドに登録したばっかりの新人主人公を虐めて、主人公にやり込められるか、颯爽と現れる実力者に主人公が助けてもらう奴!スゲェ!体感できるなんて!)
変な奴ということなかれ。
俺は、助けてもらおうかな、と思ったが、考え直した。
ここで、俺一人でやっちまえば、カッコイイんじゃないかって。
因みに、足ひっかけられてから、ここまで一秒半。フィア姉さんに鍛えられた身体能力を持ってすれば、この程度の困難など、簡単に超えられる。
まずは用紙を持っていない左手を床に着き、ひっかけられている右足を軸に、前に出していた左足を後ろにずらして、酒臭い先輩冒険者の足を掴んだ。
「フッ!」
一息に力を込めて、思い切りよく、倒立した。
もちろん、足を掴んでいるわけだから、先輩冒険者をそのまま持ち上げることになる。
身体能力を向上させる魔法を使わなかったら無理だが、考えている途中に発動しているので問題ない。
鎧を着こんでいるがために、凄い重い。だがしかし!俺はこれでも家族一の怪力だ。小さい体に反して、大きいものでも持ち上げられる。その俺が身体能力を向上させているのだ。頑張れば家でも持ち上げられる!・・・安い家なら木造だしな。
先輩冒険者は、あれよあれよという間に空を舞い、ギルドの床に叩きつけられる。
叩きつける寸前に、足を開いていたから、問題なく、ブリッジの態勢へ移行。そのまま、腹筋を使って立ち上がった。俺は、パンパンと服をはたいて、キランと目を光らせて言い放つ。
「ふっ。足を引掛けたいのなら、己が投げられる覚悟をしてからにするんだな!」
バーン。
決まった。俺はそう思った。
そしてこの時、俺は冒険者生活が名実ともに始まった感覚がした。