間章 : 儚い全てに君が重なる
無防備にたゆたう夜更けの雲を、風が無慈悲に押し流す。
雲。曖昧で、無垢な―――雲。
不確かに、風に押されるままに、空をゆったりと歩む様と、夜が更ければ簡単に黒く、日が落ちる頃は容易く赤に染まる白は、ひょっとするとあの散り行く花のひとひらよりも、あの子に似ているのではと思う。
あの子の形もまた、止まらない。不安になるほどに虚ろで。
―――――せめて、掴まえておければ。
ふっとその手を空に差し伸べ、我を取り戻して喉を鳴らした。
決して捕えられないもの、此処も、あの子と変わらない。
あの子は檻の中に居るのに、其処に入れる事は何度でも出来たのに。
結局、腕からは零れ落ちてしまう。
あの子は決して、其れを望むことは無かったのに。
何度、ああして巡り合ったろう。
何度、そして失ったのだろう。
いつでも彼女は儚くて、いつでも唯一愛おしかった。
恋慕の言葉は綺麗過ぎる、もっと純粋な人の心。
常日頃醜いと揶揄する、人の。
「今度は……今度も、いなくなるの?」
次は、彼の面影を追って。
目を離したらいつの間にか、何処かへ消えてしまうのではと。
「キサキ」
『此処にいるよ』と言った、あの日の“君”は遠い過去。
今度は隠れ鬼のように、暗がりを探しては、見つけて。
嘘つき。そう言って笑った、あれは二度目ほどだったろう。
思えば君は嘘ばかりで、僕が本当に望んだことは、一度も叶ったことが無い。
君には叶えられるのに。其れを、君は知っていたのに。
「それでも、もし、君が………」
世界なんていう鳥籠の、外を望むと云うのなら。
小鳥以上に自由な雲の、行く手を遮る術は、無くて。
「でも……」
内側から締め付けられる、胸元をきつく、握りしめる。
苦しげにも聞こえる掠れた音で、長く大きく息を吐く。
ゆっくりと息を吸い込むと、閉じた目を開け冷たいそれで、広がる景色を無情に見据えた。
「やらない」
吐き捨てるように、紡ぐ。“世界には決して”。今日も、誓う。
何度苦渋を味わったか。何度、悪夢に苛まれたか。
思い出す度に世界も人も、在りもしない神も恨めしくなる。
最後まで此の檻の中で。次は必ず守り通すと。
風が、声を上げて泣いた。




