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二章 : 永遠は無味な文字に挟まれ ... 後

聳える本棚の中、空いた穴を埋めるように、一度は捨てた本を戻した。



「ん……?」



起こされた風に舞い上げられて、耳の真横をはらりと紙片がすり抜ける。

褪せて色彩の抜けた絵が、ぼんやりとランプに照らされた。



「あ……」



兄、さん。口を突いた言葉は真っ直ぐに、その絵の一角に向けられる。

仏頂面で、背表紙の角に重い本自身を支えさせ、長い指で手伝う黒衣の人。

拾い上げると崩れそうな、古い写真は記憶に似ていた。

思わなければ何時の日か、想えなくなりそうな、怖さ。

けれど、想い続ける事は、鎖となり十字架となる。



―――――おれは、まだいい。けれど、



此処に映っている笑顔の、幾つが消えたことだろう。

感情が一気に弾けたあの日、人の心には限りがあるような気さえした。

心を空にしたその後の、無理に人らしく振舞おうとする人を見て。

先ほどちらりと見た窓ガラス。映った自分に表情は無く、此れが今のリアル、ナチュラルだった。

もう“あの様”には笑えない。涙は、流せたとしても。



裏を返すと持ち主らしい、サインのような日付が黒く書かれていた。

青い世界が目に眩しい、生き生きとした今の季節だ。皆が、其れを享受している。


兄と、親しかった“聖者”と、自分。

明るく笑う少女は自分の妹で、その傍らにいる“彼”も、微かだが柔和に笑っている。

一つが欠けてしまった今、此の絵は、もう描けないだろう。

ピースが外れた状態じゃ、パズルはしようとも思わない。



「けど……でも、そうだよな」



写真の中でも顔を背けている兄は、手繰り寄せる記憶の中でも何時も、突き放すように背を向けていた。

只管に追っていたあの頃。置いて行かれた事も、多い。

「祈咲の面倒でも見ておけ」と、絶対的な声で命じて。



―――――未だ、守るべきものがある。



失った物は大き過ぎた。けれど、未だ残されている。

覚束ない足取りで自分の後を、歩いている其れはきっと“標”ではないけれど。


掛け替えの無いものに、変わりは無い。



「代わりに……なってやんなきゃ、な」



此れで何度目になるだろう。

吹っ切ったような笑みを溢して、彼はその部屋を後にした。

吹き消したランプが生んだ闇から、橙に色付く光の方へ。

此れでもおそらく暗いだろうが、殆ど明かりの無い部屋に慣れた目。

若干眩し過ぎる廊下に顔を顰めて瞬きをする。


壁に掛けられたランプが点々と照らす廊下を真っ直ぐに、絨毯を踏み締め歩いて行った。


所々の玉が切れて、ムラのある明かりを見向きはせずに。



長い廊下から階段を下り、広い厨房へ入っていく。


三人暮らしで埋めた屋敷は、二人で住むには広過ぎた。

払い切れない埃は溜まり、使われない部屋は増えていく。

物音ひとつ聞こえない、がらんと空いた虚しい屋敷。其れでも、離れられないのは。


肘掛の椅子だけでなく、此の場の主であった、兄の、果刹−はたせ−の、影が多いから。



「よし、……やるか」



隣の部屋から木霊する、時計の針が刻む音と、街の方から微かに響く、深くも薄い鐘の音を聞き。

慣れ切った素振りで少年は、掛けてあるエプロンを手に取った。

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