第1話 悪魔の従者様は人さらいがお好き
またまた新連載させていただきます
そうですね今回も20話くらいを予定しておりますわ。
私の中では完結済なのでご安心を
時々の更新で失礼いたします。
早乙女加奈子は今、人生最大の危機を迎えていた。
そもそもの原因は加奈子自身にあるのだから文句は言えないはずなのだが、この時ばかりは自分の愚かさよりも、助けてくれなかった神や仏を恨んだ。と言っても、信仰心なんかこれっぽっちもないんだけど。
原因は知っている、昨夜緊張しすぎてうまく眠れなかったからだ。
スマホのアラームは鳴ったような気がする、お決まりのあと五分、と思ったような気もする。スヌーズ機能に頼りすぎて再び目を開けた時のあぁよく寝た感が逆に恐ろしくなり一瞬で眠気が吹き飛び枕もとのスマホを見ると、就業開始時間の十三分前だった。
暖かめのシャワーを浴びて、髪をつややかに乾かしながらポットのお湯を沸かしコーヒーを淹れ、焼き立てのトーストにスクランブルエッグとカリカリのベーコンとオニオングラタンスープの朝食、この日のために新調したスーツに身を包み、ヘアスタイルもばっちり決めて、早乙女加奈子念願の会社員デビュー。
のはずだった。
身支度にかまっている余裕なんてない、とりあえずスーツをひっ掴んでアパートの階段を駆け下り、駐輪場に置いてある自転車のチェーンを外すのももどかしく、引きちぎる勢いで地面を蹴り、ペダルを高速回転。
家から駅まで自転車で五分、そこから六つ目の駅で降り歩いて四分。時刻表によるとあと三分で次の電車が来る。
二十分に一本の電車だ、ただでさえ間に合わないのにそれを乗り過ごすと確実に大遅刻だ。
入社式早々に遅刻するなぞ何たる失態。
恰好なんか気にしない、通勤コースにと決めていた広くて安心な道ではなく、ここは危険を冒して近道になる細い裏道、しかもその先ホームへ入るには、道なき空き地を雑草をかき分けて進まなくてはいけないが、間に合わなくなるよりはましだ。
両親は私の七歳の誕生日に亡くなった、そのあとは祖父母のもとに引き取られたが、中学の時雄に相次いで逝ってしまい、その後は知らない親戚に引き取られたりしながら、なんとか高校卒業までやってこれた。
この春から、小さい会社ながら無事に就職も決まり、一人でやっていかなければいけない、不安と期待の膨れ上がった新生活がスタートする。それなのに。
「そんな社会人一日目の大切な日に、なんで遅刻なんてしてるのよぉ!」
スカートがめくれ上がるのなんか気にしていられない、電動アシストなんて買う余裕もない、上り坂も必死になってペダルを踏む。
古い民家と民家の間をぬけ、キキキーと派手な後輪の摩擦音を響かせながら、ドリフトよろしく猛スピードでコーナーを曲がると、遠くで踏切の音が聞こえた、乗るべき車両が迫ってきている、でもここを曲がればもうすぐゴールだがんばれ私!
ドギャン‼
自転車の前輪が何かにぶつかったような衝撃があって、その勢いでか弱い私の体は自転車ごと弾き飛ばされ、地面にケツから着地した。
「っー・・・痛ったぁ~」
何なのよこんな日にぃ~。
おしりの痛さに耐えながら目を開けると、足元にチークブラシ、ぶつかった衝撃でカバンの中から飛び出したのだろう、自転車は後方に吹っ飛んで、タイヤとペダルがカラカラと回っていた。
さらに目線を前方に向けると、誰かいた。グレーのパーカーを着た人物が倒れている。
「だ、大丈夫ですかっ!」
大変だ、自転車で人をはねてしまった。
痛みでまだ起きれない自分のケツなんかどうでもいい、とにかくこの人を何とかしてあげなくては!
「す、すぐに救急車呼びますから!」
チークブラシだけではない、カバンの中身は予想以上に散らばっていた、スマホはどこだ。
四つん這いのまま、おたおたと探していると、やっと見つけた、震える手で急いで番号を押すと、お巡りさんは落ち着いた声で今の時刻を教えてくれた。
違う違うそうじゃない!
さらに焦っていると、倒れていた人物が、むくりとおしりを上げ、背中から立ち上ががるのが目じりの向こうに見えた。
頭にすっぽりとパーカーの帽子をかぶっているので、表情までは見えないが、けがは大したことはなさそうだった。
良かった――なんて安心している場合じゃない、自転車ではねたのだ私がこの人を、その賠償を誠心誠意償わなくてはいけないだろう。
「ご、ごめんなさい、お怪我はありませんか、もしどこか痛むのでしたら……」
ところがパーカーの人は、何も言わず私に向かってゆっくりと歩いてきた、少し前かがみ気味の背中、その手にはなぜか太い鉄パイプを引きずりながら持って。
「え?」
パーカーの陰から見える瞳が赤く光っているのが見えたかと思うと、持っていた鉄パイプを高く振り上げ、こちらに向かって振り下ろしてきた。
「ヒヤぁ!」
おしりの痛みをこらえて何とか寸前のところでかわすことが出来たが、赤い目が完全に私をとらえている。
何こいつやばいやばいやばい、たかが自転車でぶつかったくらいでそんなに怒ることないじゃないか。
パーカーは、低いうなり声のような息を吐きながら、再び鉄パイプを振り下ろしてきた。
恐怖で足がすくんで、もう動けない。
なんて不運な人生だったの私、交通事故で亡くなったお父さんお母さん、親戚たちに厄介者扱いされていた少女時代、あんなに大好きだった彼氏にこっぴどく振られた高校時代、今朝だってあと五分の誘惑に負けてしまってこの惨劇。
もしここで私が死んだら、だれが嘆き悲しんでくれるだろう、天涯孤独の悲しい人生だったなぁ、今度生まれ変わったらもっとましな人生を
『頭を下げたまえ!』
突然後ろから聞き覚えのない声がして、反射的に頭をかばうように地面に這いつくばると同時に前髪がめくりあがるほどの爆風が起きた。
何がどうなっているのか頭が追い付かないまま、少しでも気を抜くと飛ばされそうな勢いに何とか耐えぬき、恐る恐る顔を上げると、目の前に靴が。
何だろうともっと顔を上げると、黒い長いコートをまるでマントのように風になびかせて、男の人が背を向けて立っていたのだ。
「誰⁉」
その向こうにいたはずのパーカーの人物は、もうもうと立ち込める煙の向こうに消えていた。
何が起こったのか、もしかして助かったのかな私?
黒コートは肩越しに振り向いて、地面に這いつくばったままの私を見下ろし、苦虫を嚙んだような表情で大きく舌打ちした。
チッって何、私何かした⁉自転車で人とぶつかったことは認めるけれど……
「仕方ない、逃げるぞ」
「え?」
というわけで私は今、何の変哲もないカフェの片隅で、この見知らぬ黒コートの男性と向かい合って、コーヒーなんぞを注文しているわけで。
店の中は四人ほどのカウンター席と、四人掛けと二人掛けのテーブル席がいくつかあり、白い壁と木の柱が落ちつける空間を演出し、四角い窓から差し込む光が柔らかく店内を包み込んでいた。
「あ、あの……」
話しかけようとしたら、店員さんがコーヒーを運んでくれた、テーブルに置かれたカップは流線形が美しい花柄のアンティーク調、今の私に似つかわしいカップに戸惑っている。
カップの中で、黒い液体が軽く波打ちながら香ばしい香りを漂わせている。
でも私はこの状況にどうしていいのか訳が分からず、カップに口をつけながら眉間にしわを寄せている、向かいに座る黒コートの男におそるおそる声をかけた。
「あの……」
「何だ」
目線だけをこちらに向けられた。
「あ、あの、えっと、何が起こったのか、説明してくれるの、でしょうか・・・・・・?」
長い足を自慢するかのようにテーブルからはみ出して足を組み、歳はおそらく三十代前半といったところか、目鼻立ちも整っていて、ハーフか俳優かモデルのようだ、黒い光沢のあるシャツに肌触りのよさそうな黒いスーツ、胸元には赤いネクタイが妙に映えて、ファッションやブランドの事なんかよく解らないけれど、見るからに高そう。
「ほう、何から知りたい?」
甘いマスクによく似合うつやのあるいいお声だ、これは女にモテるだろうな。
――って、知りたいのはそこじゃない。聞きたいことはいっぱいある。
まずはあのパーカーさんはどうなったの、この人はどこからきて、なんであの時爆風が起きて、何がどうなってこうなったのか。
「あ、あなたはいったい何者なんですか?」
実はあの時、爆風が起きてパーカーさんの姿が見えなくなってしまった後、この男は、腰が抜けて動けなくなった私を、そのまま小脇に抱えて、あろうことか空を飛んだのである。
身長百五十センチ台の小柄とはいえ、体重はそこそこウンニャラカンニャラな、そんな女子を小脇に抱えただけでもすごいのに、二三歩助走をつけ、大きく地面を蹴ったかと思うと、もうもうと煙の上る住宅街を見下ろせる高さまでジャンプし、屋根から屋根を飛び越え、このカフェの玄関前へと降り立ち、悠々と中へ入っていったのである、私を脇に抱えたまま。
「ほう、私のことが知りたいと?」
逆バンジーとバンジーを命綱なしで体感した私のほうはいまだ心臓バクバクして意気が上がっているというのに、この男は何事もなかったかのような涼しい顔と落ち着いた声でコーヒーを一口すする。
「もちろん知りたいです、それに何が起こったのかも」
消防車のサイレンの音が遠くに聞こえる、さっきの爆発のせいなのかな。
「なら教えてやってもいい、私は――」
男がそう言いかけた時、一瞬サイレンの音が大きくなったので何事かと目線をずらすと、後方のドアが勢いよく開かれた。
新たな客が入ってきたのかと思ったのもつかの間、その客はわき目も振らずにこちらに向かってズカズカと歩いてきたかと思うと、目の前の男の隣にドカリと座った。
「もぉ、ひどいじゃないっすかぁ、俺を置いてさっさと飛んで行っちゃうなんて!」
新しく入ってきた男は、襟のない黒いシャツに黒いレザーパンツ、赤くて長いコートがかっこいいと思える二十代前半くらいの目つきが少しチンピラっぽい青年だった。
「お前ならこれくらいの距離は大丈夫だと思ったからな」
黒いコートの男性は優男な兄貴分なら、赤コートは手下のチンピラといったところか、それにしても何なんだこの二人は。
「しかし驚いたなぁ、あのテッドが俺たちを裏切ろうとしていたなんて」
「あぁ、だが奴の暴走を食い止められてよかった、デリック、お前のおかげだ」
「お⁉いやぁ、ダニエルさんが、以前から怪しいって言ってたじゃないですかぁ」
私を完全に無視して話し出す男二人、内容は全くわからないが、どうやら赤いコートのチンピラさんはデリックと言い、脇に抱えて空を飛んだ黒いコートの優男はダニエルというらしい。
外国の方なのか、顔だって日本人離れした西洋風のイケメンだし、スタッフさんがコーヒーを運んできた時に、軽く手を上げてサンキュー、なんて言ってるし、でも二人の会話は流ちょうな日本語だ。
「それにしてもさっきのダニエルさん容赦なかったっスよね、あんな派手に爆破させて、お陰でデットの奴、粉々じゃないっすか」
「謀反は重罪だからな、徹底的に仕留めなくては意味がない」
「テッドだって俺と同じ戦闘員だから、そう簡単に倒せるわけねぇって思ってましたけど、あれじゃぁ再生だって不可能っすよね」
「あ、あの~」
さっきから私の事は、ほったらかしにされている気もするので、遠慮気味にちょっとだけ声をかけてみた。
「あぁ?」
チンピラ手下デリックさんが、はじめて私に気付いたかのような表情で私を見た。
「何だお前は」
私を訝しげに見るその表情と口ぶりはガチのヤーさんだ。
「そうだった、忘れるところだったよ」
一瞬で忘れられる尊大だったので私。
ダニエルさんは、優雅なしぐさで香りを楽しむように、静かにカップを置きデリックさんに言った。
「こいつがあの時、テッドに体当たりをかました、勇敢で命知らずの人間なのだ」
体当たりした、って何
「へぇ、こんなか弱いナリして」
カップを持ったままふんぞり返っているデリックさん、何その上から目線。
くどいようだけど、あそこにはたまたま通りかかっただけで、ただの近道しようとしただけで……
その時すべてを思い出した私は全身の地が一気に逆流するのを感じ、大きな、でも声にならない悲鳴を上げて弾かれるように立ち上がる。
大変だ、こんなところでのんきにお茶している場合じゃない。
「何だ騒々しい、茶くらい静かに飲めんのか」
「落ち着いてなんかいられないわよ、ここどこよ、今何時よ!」
カフェにあるアンティークな振り子時計は、もうとんでもない時間を指している、今から行ってどうにかなるものなのか、とりあえず電話して、そう事故に巻き込まれたと正直に言えば、まだ何とかなるかも!
大急ぎでカバンから取り出したスマホの画面は、着信のお知らせで埋め尽くされていた。
留守電に録音が残されていたので再生する。
予想通り、何度連絡しても電話に出ない私を非難する内容、そして最後に
『どんな理由があろうとも、こんな大切な日に無断欠勤するような人は、信用できません、明日からもう来なくっていいです』と。おそらく私の上司になるであろう人の冷たい声。
絶望しかない。
「無論、次の攻撃を仕掛けようとした私の邪魔をしたともいえなくもないが、捨て身の攻撃が功を奏し、奴にスキが出来た、一応感謝している」
力なくソファーに体をうずめる私に、空気を読まないダニエルさんの声が聞こえた、まるで他人事のように。
彼からすれば他人事なんでしょうけどね。
「だからって、攫ってくること無いじゃない」
「だけどお前あのままあの場にいたら、爆破事件の犯人にされちまっていたぞ、それでもいいのか?」
「はぇ、どういうことよ」
二人の話によると、今までも派手な戦闘や爆破騒ぎを起こした際は、その責任を自分たちではなく、誰かに擦り付けてきたのだとか。
「意味わかんない、私を犯人に仕立てようとするなんてできるわけないじゃない?」
「うちの組織を甘く見るな、お前がいくら否定しようが、言い逃れできないほどの証拠はそろうように細工をし、生活の根本から作り変えることだって可能なのだ」
「何それ、ひどすぎない?」
私はたまたま通りすがっただけなのに、犯人に仕立て上げられるなんてたまったもんじゃない、自転車で引いたのは私だけど。
「しかし、お前には恩義があるからな、無下に扱えぬと判断したからな、感謝しろ」
「感謝て……」
それに私が犯人じゃないってことは、ほかのだれかが犯人に仕立て上げられるってことじゃないの、何も関係のない人を巻き込むなんてひどいこと。
「今回は、すぐそばの民家からのガス爆発ってことにした、案ずるな、あそこはもともと空き家だ、見捨てられ老朽化したガス管の事故だったということにした、誰もとがめは受けぬから安心しろ」
「じゃぁ、私がいてもそういう結果になっていたんなら放っておいてくれてもよかったじゃない」
「そうしたかったのだが、お前は、デットの姿を見ている、何も知らないお前が見たままの証言をすれば、警察も混乱するであろう、その前に保護したというわけだ」
「保護……」
要するに、ただのガス爆発で一件落着したかったのに、余計なことを言いかねない私の口封じをしたわけかぁ。
納得いかない。




