第九話 【紅の少女と白の少年】
時は王国暦、四百十八年。季節は、冬の真っ只中。
先日までは、北方大陸全土で雪が降っていた。
しかし今日という日は、大陸のどこもかしこも天候は快晴で、ギラついた太陽が雪を反射している。
そんな幻想的な大陸の正午。
ジュピテイル王国領の一つ、フォクス領に一人の少女が降り立った。
「此処がダンジョン【グリモン】がある街かぁ……なかなか悪いところじゃないわね」
眼前、薄く雪積もる街並みに向かって、少女はアーモンド型の黒眼を巡らせると、そう凛とした吐息を溢す。
少女の容姿はとても綺麗――否、美しさの中に苛烈さを感じさせる少女だった。
それはおそらく、彼女の髪色と瞳がそう思わせる要因なのだろう。
赤より真紅。まるで、常闇の中で炎を更に高温で燃やしたような紅の髪。それを、彼女はポニーテールにして纏めている。
長い睫毛に縁取られたアーモンド型の黒瞳も、意思の強さが垣間見え、その苛烈さを助長させていた。
身長はおよそ百六十センチ。
服装は、丈が脛までに及ぶ、黄色みの強い白の外套を羽織っている。
そのシンプルな造りの外套の胸には、これ見よがしにと強調された白色の片翼が描かれていた。
「――へっくち。それにしても寒いわね。なんでこんなにも寒いのよ!」
ズズっと鼻を啜る彼女の現在地は、中央区にある一番大きい広場だ。
立派な背の高い時計塔が聳え立つそこは、夜になれば有名な告白スポットとして機能する。
しかしながら、現在は昼間であり、通常の日なら此処はただの憩いの場でしかない。
彼女は自身の背に背負った、デイパックから古びたパンフレットを取り出す。それを流し見ると、形の良い細い眉を悩ませた。
「それにしても、事前に調べていたのと、若干雰囲気が違うっていうか、人が多すぎるっていうか……」
確かに、彼女の言った通り人は多い。
埋め尽くすとまではいかないが、平日の真っ昼間だというのに、広場は喧騒で溢れていて活気があった。
無論、それだけでない。
そこかしこに出店がでているし、昼間だというのに酒を片手にしてる人もチラホラ居る。
「……わかんないけど。――まっいっか!」
悩ませていた眉を戻し、彼女はパンフレットをパタンと閉じる。――と、瞳をキラキラと輝かせた。
そして――
目前に見える、出店へと颯爽と走りだした。
もうそりゃ、いかにもルンルンって感じで。
「探索者協会に行く前にちょっと、ちょっとだけ。ほんのちょっぴりだけ寄り道っ!」
そうして、足に伝わってくる雪を踏む感触に驚きながらも彼女――クレハは、此処に来た目的を一端空の彼方へと押しやり、人混みの中へとまみれていった。
◇◆◇◆◇◆
正午を過ぎた探索者協会のエントランス内。
平日ともなれば、大勢の職員と探索者が行き交い、活発な様相を見せただろう。
しかし、今は閑散としている。
総勢百名以上いる筈の職員は六名程度しかおらず、探索者に限っては誰一人とも居なかった。
そんな普段と違った協会の中で、一人の紅色の少女と一人の受付員が何やら言い争い――一方的に少女の方が、鬼の剣幕で詰めよっていた。
「ちょっと! それってどういうことなのよ!」
「で、ですからね。先程もご説明した通り、今は冬祭りの最中でして。
この街では十五年前からその祭りを、誰しもが目一杯楽しもうという事になっており、一部の探索者様以外のお仕事はお断りしています。
その方達も全員出払っていて……。ですので、今現在、お客様――クレハ様に対応できる方は、いらっしゃらないのです」
「そんなの知らないわよ! この時期に祭りがあるなんてパンフレットに書いてなかったじゃない! それに聖誕祭とかならわかるけど、それでも殆どの人が休むなんてありえないわ!」
困惑しながらも、丁寧に現状を説いていく受付員。ただ、それはあまり意味を成してないようだ。
なんのこっちゃと。紅の髪の少女――クレハは、理解するどころか激昂している。頬に照り焼きか何かのタレを付着させながら。
そんなアホっぽいクレハの話を真面目に聞く職員は、『パンフレット』の部分の言葉にピクリと反応する。そして、おずおずと、
「えっと。少なくとも十年前には、確実に記載されていたと思いますが……あの、一体何時のパンフレットを参考になされたのでしょうか?」
その受付員の問いに、クレハはふふんと胸を張ると、先程見ていたパンフレットをデイパックから取り出した。
「これよ!」
「ちょっ……。 ク、クレハ様。これは、さすがに古すぎますよ……」
受付員はクレハがドンと、勢いよくカウンターに置いてきたパンフレットを見て、困惑の声を露にする。
それも仕方ないというか、当然の反応だろう。
なにせ、そのパンフレットの発行日は、王国歴三百八十年に発行されたものだったからだ。
受付員は依頼書と、何故か誇らしげなクレハを交互に見ると、疑念の眼差しを向けた。
「本当に十八――。コホン。いえ、兎に角ですね。クレハ様。
祭りが終わるか、今現在お仕事を御願いしている探索者様がご帰還するまでは、此方ではこのお仕事を対応することができません。
ですので、他の国から回って行ったらどうでしょうか?」
「嫌よ! 今、わたしは勝負してるの! どっちがこの役目を早く終わらせるかっていう真剣勝負よ!」
「そう申されましても……」
受付員が代案を出しても、クレハは頑なに自身の意見を代えようとはしない。
強情というより、彼女は融通の聞かない性格のようだ。
そんなクレハに、受付員は困り果てているようで。どうしたもんかと、難しい表情で依頼書に目を落とした。
そうして押し黙ってしまった受付員。
その姿に、おそらく痺れを切らしたのだろう。クレハは、血色の良い薄い唇を尖らせる。
「もー、わかった。わかったわよ! じゃぁ聞くけど、お祭りって、後何日くらいで終わるの?」
と、その言葉に面を上げた受付員は、若干ひっきつった表情で、
「……え、えっとですね。冬祭りは、都合七日間開催されます。その開催日は昨日で……つまり、後むい、六日後になりますっ!」
ぎゅっと、目を瞑り受付員は言う。
何かに身構えるように。
そして、その判断は正しかった事が直ぐに証明された。
たちまち黒眼を吊り上げて、不機嫌になっていくクレハ。身体をワナワナと震わせながら、
「――――――っ! 本当に――――もういいわ! 自分で協力してくれる人探してくるから!」
最初こそ、鼻をピクつかせながら我慢していたクレハだったが、最終的には我慢できなかったみたいだ。
彼女はそう咆哮し、ダンと一度地面を力強く踏むと、くるりと踵を返す。
そして、出入口の方へと肩を怒らせながら歩いていく。
そんな彼女の後ろ姿を、受付員はホッとしながらも、珍獣でも見るかのような視線で見送った。
◇◆◇◆◇
「なによ! 折角、五日間もかけてジュピテイル王国まで来たのに! 焼き鳥は美味しかったけど……こんな場所なんて知らなかったわ!」
協会のエントランスに続く廊下。白い床は良く磨かれていて清潔だ。ただ、閑散としている為、その甲高い怒声はよく響く。
発生源は勿論、先程の少女クレハによるもの。
床に視線を落としながら歩くクレハは、尚も唇を尖らせている。
歩くスピードは速く、前に足を出す度にポニーテールが荒々しく左右に揺れ、今の彼女の心情を代弁しているようだった。
「このままじゃ……」
と、視線を上げた先。
クレハの双眸に緑色の看板が写った。
描かれているのは三つの絵。上に左矢印があって、その下にティーカップとハンバーグが白のペイントで描かれている。
その看板の前まで向かうと、彼女は腕を組んで足を止めた。
「喫茶店……? ――――うん。ちょっと疲れたし、今後の方針を決める為にも、ちょっと休憩もありね! さすがわたし。天才だわ!」
妙案だと、独りでに納得したクレハは矢印の方角へと曲がる。
そうして束の間歩き、見えてくるのは茶色の扉。彼女はそこに到着すると、
「……随分とばっちいのね」
ジトーっと、その扉を見やり明け透けに言うクレハ。
確かに彼女の言う通り、扉は年期が入っている。
傷は勿論のこと、拭いても落ちなかったのだろう頑固な汚れや、何かのシールをはがした跡があって。
見る人によっては彼女のように汚いと感じたり、あるいは趣があると、そう感じさせる外見をしていた。
「まったく、なんなのよ。この探索者協会は……」
言いながら、クレハは扉を開いた。
中はクレハの想像通り――ではなく。
いくつもの長方形のテーブルが列を成したそれは、喫茶店というよりは食堂とか言った方が似合っている。
そんな食堂めいた場所は、エントランスより寂れていた。人が一人しかいない。
奥にカウンター席があるのだが、そこに受付員と同じような黒い服を着て、その上にピンク色のエプロンを掛けている人間がポツンと。
従業員……なのだろうか。しかし、その格好はお世辞にも似合っているとは言えない。
なぜなら着用している人間が、可愛らしいエプロンと真逆の容姿をしていたからだ。
大柄でハゲ頭。そして中年で顔は厳つい。
ともあれ、その人も店がこんな状態じゃ手持ち無沙汰なのだろう。
椅子に座りながら眠っていた。酒を左手に、右手の指を鼻の穴に突っ込みながら。
クレハは、そんな中年を視界に入れてツカツカとカウンター席まで向かった。
そしてたどり着き、音を立てて勢いよく席へと座る。
しかし、目前の中年は反応がない。随分と深酒しているようだ。
漂ってくる酒気に、眉を悩ませるクレハ。
彼女は、何を思ったのか。
その中年の右手を取ると、上へと躊躇なく押し込んだ。瞬間――――。
「――ぶひんっ!」
苦鳴を上げて、中年は強制的に起床。
鼻に指を突っ込みながら、意識の覚醒していない虚ろな茶色の瞳を、目前のクレハへと向けた。
「――――。ごひゅうもんは?」
「ミルク、暖かいの」
鬼畜の所業をしたというのに、どこ吹く風のクレハは注文を告げる。
すると、中年は以外にもテキパキと動き出した。
寝ぼけまなこを擦りつつも、手を流しでちゃんと洗い、そして温めたミルクをクレハへと差し出す。
「あいよ。しっかし、こんな時期にお客さんとは珍しいな」
「ふん。ここの探索者はゴミね!」
顔の厳つさとは違って、温和な笑みを浮かべてそう言う従業員に、クレハは待ってましたとばかりに、不満をぶつけた。
それを従業員は、何を藪から棒にと不機嫌になることもなく、むしろ心配するような視線で、
「おん? どうした嬢ちゃん、何かあったのか?」
「そりゃ、もうありありよ! 依頼をしに来たっていうのに、祭りでいないなんてありえないわ!」
「あー、なるほど。嬢ちゃんは知らなかったのか。まぁ、怒る気持ちはわかるが……京に入ったら京に従えって言葉もあるし、折角の機会だ。懐に余裕があんだったら楽しんだらどうだ?」
八つ当たりぎみに放たれたクレハの言葉に、頬をポリポリと掻きながら宥めるように言う中年。
おそらく、この従業員は面倒見の良い人間なのだろう。
「わたしは急いで――――」
何かを言いかけて、クレハは口を開閉させる。
彼女の黒瞳は中年のピンクのエプロン――その左胸に着いているバッジに釘付けだ。
「ねぇ。なんでソレ。受付の人と違うの?」
確かに違う。受付員は、何かの樹をモチーフにしているのを着けていた。
対して、中年の着けているものは樹こそあるものの、その樹の下で大勢の人が握手するような絵が描かれている。
「ん? あぁ、これか。良く気づいたな嬢ちゃん」
「いいから、なんでよ!」
違うとはいえ、細やかな相違。それに気付いたクレハは、良く周りを観察する人間なのだろう。
とはいえ、忍耐力はあまりないようだ。せっかちな彼女は早くしろと、目前の中年へ訴えている。
と、その従業員も彼女の性格をなんとなく理解したのだろう。
「まぁ、落ち着け」と言って、人好きのする笑みをクレハへと向けた。
「嬢ちゃん。これはな。昔あったとされる伝説の樹。――オリブハートが描かれているんだが、何故か知ってるか?」
「知ってるわよっ。馬鹿にしないで! その樹の前で、四人の大魔法師が誓いを立ててできたのが探索者協会でしょ?」
それは、世間一般的に語られる逸話だ。
実際、嘘か真か。四百年以上も前のことなので、真相は定かではない。
しかし、歴史書にはそう残されていて、どの大国でも必須科目として触れられる事柄である。
「その通りだ。博識だな嬢ちゃん。んで、そんなことから協会の人間は、全員このモチーフを着けることを決められているんだが……」
中年は思い出すようにそう紡いでいく。
聞くクレハは、早くも焦れているようだ。貧乏揺すりをしている。
それを目に止めた中年は、どこか懐かしむよな暖かい音色で、
「これは、フォクス支部限定のでよ。ダンジョンに潜って駆け出しに教えを説く――つまり、指導員としての証みてぇなもんなんだよ」
「でも、今は祭りで探索者はいないんでしょ?」
暗に、なんでいるのと問うてくる黒の双眸。中年は酒を一口だけ飲むと、照れくさそうに、
「あぁ。まぁ、本当は俺も休みなんだが……。こういう時に限って、駆け出しっていのは無茶をするもんでな。勝手に素潜りに行って落ちっちんじまったら、寝覚めが悪りぃ。だから居るんだよ」
「ふ~ん」
居る理由は優しいもの。
やはり、中年は見た目と違って良い人のようだ。とはいえ、ソレはソレ。
クレハは興味なさげに相槌を打ち、そして一泊の間。何かを閃いたのだろう。背筋をピンと伸ばした。
「丁度良いわね。えっと……」
しかし、なぜだろう。その先を言い淀むクレハ。
彼女は黒の双眸をゆっくりと上へ上へと持ち上げ――――中年のピカピカの頭にてその角度は止まった。
そして――
「お願いハゲさん! わたしとダンジョン――」
と、手を合わせてお願いをするクレハの言葉は、途中で途切れることになった。
なぜなら、目前の中年から拳骨が飛んできたからだ。
「誰がハゲだ! 俺の名前はラカントラマだっ!」
「あだーっ」
そうして、その拳骨はものの見事にクレハの頭に落ちる。
大分痛いようだ。
クレハは、頭を抱えながら「星が、星が」と目尻に涙浮かばせている。
いきなり人が変わってしまったハゲ――ラカントラマは、振るった拳を見て何度か頷く。
おそらく改心の一撃だったのだろう。
ともあれ、ただそれだけじゃなく。ラカントラマは何かを思い出したようで。
未だ痛みに頭を抱えるクレハを見やり、ニタリと
「一人、居場所知ってるぜ。協力できそうなヤツをな」
その救いの一言に、クレハは非難をそっちのけで、頭を抱えながらラカントラマを見た。
「教えて」
「いいぜ。ソイツは今――」
◇◆◇◆◇
日が陰る頃、ラカントラマに人物の居場所を教えて貰ったクレハは、その場所に着いた。
「本当に、こんなところにいるの?」
目前に聳えるのは灰色と白の石山。
ラカントラマによると、最近見つかった鉱山らしいが、その人物はここで働いている、ということらしい。
地理的にはフォクス領の端も端。
辿り着くのに都合四時間かかった為か、クレハの紡ぐ言葉に力なく。疲労が溜まっている様子だった。
「これ、中に入らないとなのよね?」
坑道の入り口の前に立ったクレハは、その中を覗くように爪先で立つとそう呟く。
大きくくり貫かれた丸の穴の奥は、正しく深淵そのもので孤独感があった。
「ううん。平気、大丈夫。行くのよわたし。急がなくっちゃだもの」
頬を両手で軽く叩き、自らを鼓舞したクレハは歩を坑道の中へと進める。
恐る恐る――まるで、これから悪事を働く盗人のように。
そうして、彼女は暫く歩いた。
坑道の中は外の印象と変わらず、冷たい。
工事用のランプで多少照らされてはいるが、返ってそれが不気味さを際立たさせていた。
「もしかして……休みって、探索者だけじゃなくて全員なの?」
周囲に視線をくべながら、クレハは疑問を中空へ投げ掛けた。
無論、返ってくる返事はない。
だが、その言葉を立証するように、トロッコやドリルっぽいのが点々と転がっているにも関わらず、人の気配は微塵も感じられなかった。
――本当にいるのだろうか?
そう、内心でラカントラマを疑いかけた途端、音がクレハの耳朶を震わせた。
「――っ。なによ!」
ビクリと、反射的に大声を出したクレハ。
彼女は、それを出し終えると恥ずかしそうに周囲を見渡して、コホンと空咳を一つ。
そうして、改めて形の良い耳を済ましてみる。
すると音は、確かな輪郭となって聞こえてきた。
カーンカーンとまるで鐘を打つような音。
確実に人がいると悟ったクレハは、いそいそと歩き出す。
坑道は奥へ奥へと行くにつれ、先程よりも明度が低くなっていく。音のほうに向かっているのに、中々辿り着くことはできない。
クレハは、焦れる思いで駆け出した。
額には汗が滲んでいる。
それでも中々暗闇は晴れてはくれず、彼女は果てのない終わりに泣き出しそうな表情で、駆け続けた。
五分? 十分? わからない。
でも、響く音は次第に大きくなり。
その先を望んで彼女は必死に無言で走り、そしてついに光明を見つけた。
「はぁ、はぁ。ふー。――――あの人かな?」
膝に手を当て息を整えたクレハは、音の発生源。目前を見据えて首を傾げる。
そこには、ツルハシを岩に向かって振る少年っぽい人がいた。
身長は百七十五センチ位。髪は雪のような白で、体型は中肉中背。
顔は髪が長くて良く見えないが、髪さえ整えれば悪くないなと思うクレハだが――。
「でも、聞いた雰囲気と違うような……髪は白だけど」
彼女が事前に聞いていた情報は、確かに髪は白というもの。
ただそれに加え、件の人は元気いっぱいの溌剌とした少年との事で。瞳も空色だし、ラカントラマは見れば解ると言っていた。
しかし、目前の少年の髪こそ一致しているものの、纏う雰囲気はどんよりとした重いもの。
瞳も長い前髪が隠していて、その色を確認することは叶わない。
「は、話しかけずらいなー。もうっ」
気付いてくれ。と言わんばかりに唇を尖らせるクレハ。しかし、目前の少年は岩にツルハシを打ちつけるのに夢中で、ちっとも此方に目をやってくれない。
なので――
「こうしてまごついていても仕方ない。……よしっ。――あのー! そこの白い髪の人、ちょっとだけいい?」
確認のために声を大にしてクレハは問いかけた。
すると、少年も此方に気付き、白い髪を散らせながら振り向く。
空色の眼が、綺麗な眼が、白い髪の隙間から覗いた。
「――あ」
そこで、クレハは確信する。
彼がそう。ラカントラマの言っていた少年。ニクス・エルウェで間違いないと。
しかし、どうしたんだろうか。
少年――ニクスはクレハを見て固まった。石のように微動だにしない。
「……えーっと。仕事中悪いんだけどさ。ちょっとだけ――」
そう、クレハが躙り寄った途端――、
突如、ニクスは脱兎のごとく自身の背後へと駆け出した。
「はえ?」
唖然とその行方を見守るクレハ。
何故というよりは空白だ。
その一秒後、なんとか脳が現状を認識し、クレハに信号を伝達する。
即ち――追いかけなくていいのと。
「ちょ! 待ちなさいっ。せめて話しを聞いてからでしょーが! ――てか、足はやっ。速すぎるでしょっ!」
そうしてその信号に従い、いきなり逃げ出したニクスの後をクレハは追った。
白髪の少年、ニクス・エルウェの走る速度、身体能力に驚きながら。




